いにしえ?の安中貨物
こんばんは。ゆうづるです。
安中貨物つながり記事で恐縮です。
私が安中貨物の存在を知ったのは「鉄チャン」を始めてから結構経ってからのことでした。「鉄チャン」を始めた頃は常磐線のヌシだったEF80・81の写真を中心に撮っていましたが、安中貨物の存在など知る由もなく常磐線沿線で目の前を通るEF80・81牽引列車を構図・バランスなどは二の次でただただ「機関車だけ撮れればいいや」的な考えで撮影していました。
当然、出来上がった写真はお恥ずかしい写真ばかりなのはお察しの通りです。
EF80・81を中心に撮っていたということはその中に「安中貨物」もあるだろうと思い、大量の稚拙な写真を物色していたら1~2枚ですが出てきました。見苦しい写真ですが御笑覧ください。
1982年2月 EF80牽引の安中貨物を撮っていました…
1984年1月 当時は安中貨物であることに気づかず、「EF81牽引の貨物列車」という認識でした。これが安中貨物であることに気づいたのはかなり後になってからでした…トホホ。
今だったら両毛線での直流機牽引のシーンも記録していたことでしょう(笑)
それではまた。
安中貨物(再掲&再編集)
こんばんは。ゆうづるです。
本日朝の泉着の列車で半世紀にわたり運行されてきた通称「安中貨物」が終焉を迎えました。
荷主である東邦亜鉛(株)の事業再編による亜鉛精錬事業撤退に伴い輸送する財源がなくなるため、運行終了になったものです。
亜鉛精錬事業終了の報を聞いた瞬間「安中貨物も運行終了する」と瞬時に理解し大変残念に思いました。
とうとうその日が来たわけですが、今まで普通に走っていたものが今日をもって走らなくなるのはとても空しいものですね。
タキとトキを連ねて走るその姿は全国でも唯一無二の存在でしたので、またひとつ特徴ある列車がなくなるのが信じられない気持ちです。
こうした特徴ある列車でしたので私は何十回とこの列車を撮影しに行きました。本腰を入れて撮るようになったのは機関車がEH500になってからでしたが、EH500はコンテナ列車を牽く機会が圧倒的に多い中この安中貨物はコンテナ列車にはない姿でしたのでかなりの魅力を感じていたからかもしれません。
2020年に弊ブログで安中貨物を取り上げていましたので、その時の記事を再度投稿させていただくこととし、記事UP後に撮影した写真も何枚か紹介させていただければと思います。
御笑覧いただければ幸いです。
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今日は通称「安中貨物」を取り上げてみたいと思います。
安中貨物とは福島県にある東邦亜鉛の小名浜製錬所から群馬県の安中製錬所の間をほぼ毎日往復している貨物列車のことを指します。
小名浜から安中まで亜鉛精鉱(亜鉛の原石ですね)をトラ25000で、一次産品の亜鉛焼鉱をタキ1200で運んでいます。
帰りの安中から小名浜までは荷はなく空で貨車を回送しています。
事業所が定期修繕などで操業を停止することが年に何回かあり、その時は長期運休か荷がほとんどない(貨車数両)状態になりますが、操業中はタキが最大12両、トキが最大6両の18両編成で走り、それは壮観な貨物列車になります。
この列車の歴史は古く、1969年より運行を開始しました。
小名浜からのルートは福島臨港鉄道~常磐線~水戸線~両毛線~信越線というルートで設定されましたが、2008年より水戸線~両毛線ルートの貨物列車廃止に伴い、安中行が常磐線~東北線~高崎線~信越線というルートに、小名浜行が信越線~高崎線~東北線~武蔵野線~常磐線というルートに変更されました。特に安中行は午後のゴールデンタイムに都心を走り抜けるという大変面白い被写体でしたが、2015年からは安中行も武蔵野線経由となってしまいました。
と、講釈はこれくらいにして安中貨物コレクションをどうぞ。1983年から2020年の間に撮った写真たちです。
機関車も貨車も時代の流れで代わっていきますが、御笑覧いただければ幸いです。
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以下は安中貨物の近影です。
写真が大変多くなってしまいました。すみません…
それではまた。
北陸の主EF70
こんにちは。ゆうづるです。
一昨日実施された門司機関区での有料展示会でいまは無きEF70のマスコンキーが展示されたとの記事を目にしました。
門司機関区でEF70の形見が大事に保管されていたことは非常に貴重なことで、門司機関区の皆さんの機関車に対する深い愛情を感じずにはいられないありがたい出来事だなと感心してしまいました。
EF70といえば北陸本線の交流区間で活躍した電気機関車ですが、両端の直流電化区間に挟まれた北陸本線のみに限定された運用だったため交直両用のEF81に押され、後年は余剰車が多く発生した形式でありました。
そんなことから九州で活躍していたED72・73の代替として同じ60Hz用であったEF70に白羽の矢が立ち、一部のEF70が門司機関区に転属していきました。九州でEF70の形見が見られるのはこんな経緯があったためです。
その後北陸では大量のEF70が解体され、九州に渡った仲間も主力のED76と比べ使い勝手が悪かったためか数年で余剰車となりJRに承継されることなく全車解体されました。
形式消滅してから約40年が経過し決して人気絶大な機関車ではありませんが、北陸本線の一時代を築いた「北陸の主」としてここに紹介したいと思います。
1983-9 加賀笠間付近にて
1961年に登場した1・2次車(1~21号機)です。前照灯が白熱灯1灯のスタイルで後年写真のようなシールドビーム2灯(ブタ目)に改造されました。
1983-8 同じく加賀笠間付近にて
1964年の北陸線電化区間延伸に伴い増備された3次車(22~81号機)です。前照灯や側面明り取り窓のHゴム化などの変化が見られます。
1983-9 同じく加賀笠間付近にて
1968年のブルトレ「日本海」運転開始に伴い22~28号の7両に対し20系牽引用の追加装備を施し1000番代に改造・改番されたグループです。
1981-9 門司駅付近にて
九州に渡ったのは61~81の21両でした。門司転属後は鹿児島線・長崎線が主な活躍の場所でブルトレさくら・あさかぜ等も牽引しました。
1981-9 八幡付近にて
ED76と重連で貨物列車を牽引するEF70です。今やこの場所(通称八幡の大カーブ)も車両もすべて跡形も残っていません…
1983-8 金沢駅にて
形式写真風で1枚
1999-7 碓氷峠鉄道文化むらにて
現存している唯一のEF70、1001号機です。文化むら開館直後だったのでこうした写真が撮れましたが、その後展示物の増加に伴いこの構図では写真が撮れなくなりました。
碓氷峠とEF70は何の縁もゆかりもないですが、高崎で計画されていた電気機関車博物館?構想の展示物として高崎に保管されていた1001号機を文化むらに持ってきたものと思います…
1997-12 高崎に保管(留置?)されていた頃の1001号機(許可を得て撮影)
貴重なEF70が解体されずによかったよかった…
毎度毎度長い記事で申し訳ありません…
それではまた。
EF65の貨物列車
こんばんは。ゆうづるです。
今年3月のJRグループのダイヤ改正詳細が出てきました。
JR貨物の機関車関連ではEF64 1000番台の重連運用の終焉やEF66運用の激減、貨物EF65の運用終了のニュースがトピックスでしょうか。
その昔北は東北・高崎線、西は山陽線までと今のEF210桃太郎のように直流区間であればどこでも見られた機関車EF65…
形式消滅するわけではありませんが、ひとつの時代の終焉を感じさせずにいられない出来事と思います。
そんな訳で例によって過去撮影したEF65貨物の写真からチョイスしてみました。御笑覧ください。
番台区分消滅して久しい0番台からは21号機です。
JR化直後の機関車不足で復活し青白塗装になりましたが後年一般色に戻されました。
青白化された際に移動した正面ナンバーはそのままでしたのでかえって目立つ存在になりました。
P型500番台からはセカンドナンバー502号機です。
栄光のブルトレ牽引を解かれてから久しい時期の撮影です。この後青白の更新色になり廃車となりました。
写真の526号機は上越線運用充当に際しつらら切りを追設されたグループです。EF81 133~136に施工された上越線乗入改修に似たような改修内容ですね。
当の上越線運用はすぐに解消され里運用に戻りましたが、これも逆に目立つ存在になりました。
PF型からは1118号機です。
JR化に際し東日本に承継され貨物を牽引することはなくなりました。後年レインボー色に変更されたのは有名ですね。
国鉄時代の「たくさんいるPF型」のうちの1両の頃の撮影です。
それではまた。
門司のローピン
こんにちは。ゆうづるです。
2024年もあと2日。あっという間の1年でした。
電気機関車界も新型機関車への置換や用途廃止などで国鉄時代のものがどんどん引退していきました。
私が追い続けているEF81型も例外ではなくいろいろな機関車が役目を終えました。
そんな中、門司機関区のEF81はある程度まとまって配置されておりそのバリエーションの多さもあって撮影する方からすれば「何が来るか?」楽しい被写体でもあります。
今回は今や貴重な存在となったローピン3両のうち引退したEF81 403と引退間近の406にスポットをあててみたいと思います。
403号機は1976年に130号機として誕生。その後1986年に403号機に改造されて以来九州一筋で運用されてきましたが今年5月に検査切れで離脱。
406号機は1976年に132号機として誕生。403号と同じく1986年に406号機に改造されました。一時期富山機関区に転属し日本海縦貫線でも活躍しましたが、富山機関区のEF510配置により門司に戻り現在に至ります。
今年12月に検査期限の6年を迎えましたが休車期間を考慮すると来年3月位までは走るものと思っておりました。
しかし不幸にも12月に脱線事故の当該車となってしまい、その処遇が注目されております。悲しいですが検査切れも間近で来年のダイヤ改正で定期運用がなくなることが予想されるため復帰は難しくそのまま離脱するものと思います…
この2両の改造前写真と改造後の活躍の数々をどうぞ。写真多めですみませんがお付き合いください。
改造前の日本海縦貫線での130号機
1986年改造直後の403号機です。
続いて
同じく改造前の日本海縦貫線での132号機
1986年改造直後の406号機
日本海縦貫線に里帰りした406号機のシーンです。
運用線区の関係でスノープラウも装備していました。
そして古巣の門司に戻ってからの活躍の数々です。
皆様良いお年をお迎えください。
それではまた。




















































