MIKEのブログ
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気になる言葉 <第855回>

第八節気の『小満(しょうまん)』です。

日を追うごとに気温が上がって、万物が次第に長じて天地に満ち始める時季になります。本来の意味は、麦の穂が実りはじめ、ホッと一安心(少し満足)という意味から「小満」と言われてきたとのこと。

小満の頃は梅雨に入る前の「走り梅雨」という日が続いたりします。そのために昔から田植えの準備を始める目安とされてきたようです。

このあたりでも、今まさに田植えの真っ最中です。近頃はもっぱら田植え機の仕事で、昔のような「早乙女が、、」という風情はありませんが、それでも田植えの時期になると何となく初夏という季節を実感できる爽やかな景色になります。

 

<写真1>

 

薫風が吹くこの時季になると思い出す、わがふるさと出身の児童作家、新美南吉の詩があります。『窓(まど)』という作品です。

 

窓をあければ

風がくる、風がくる。

光った風がふいてくる。

 

窓をあければ

こゑがくる、こゑがくる。

遠い子どものこゑがくる。

 

窓をあければ

空がくる、空がくる。

こはくのやうな空がくる。

 

 

朝散歩の景色は新緑から万緑へ、そしていろんな木の実も同時に目に入ってくるようになります。

その一つが桑の実です。お蚕さんの葉をとるための桑の木は背を小さくしていますが、そのまま伸ばしていくと、5~10mの高さにもなり、この時季になると実をつけ始めます。

これが桑の実です。マルベリーとも言われますが、子どもの頃は熟して赤黒くなった実を採ってはおやつ代わりに食べたりして遊んだものです。

大して甘くなく、むしろ甘酸っぱい感じでしたが、甘いものに飢えていたのでしょうか。

 

<写真2>

 

桑の実やそれぞれ語る幼き日 (上原光代)

桑の実や腹を空かせし少年期 (原田達夫)

桑の実や子分一人の餓鬼大将 (藤野力)

 

 

 

今週の<気になる言葉>は、医師として作家としてユニークな活躍を続けている鎌田實さんの言葉です。

シニアになると誰でも物忘れがひどくなってきます。誰もが通る道、とは言うものの何となく寂しいような悲しいような気分にもなったりします。

そんなとき読んだ鎌田實さんの本の中にあった「でも、そんなことをイチイチ気にしていたら、老いなんて楽しめない。

忘却力は老いの特権と考えればいいんだ。」という言葉に救われるような気がしました。

そうですよね、人間すべてのことを記憶して忘れることができないなんて、却って不幸かもしれません。

辛いことはすぐに忘れ、楽しかったことだけを覚えていればいいのではないでしょうか。この歳になって、忘れては困ることはメモしておけばいいだけのことですから。

お互い「まっ いいか!」で行きたいものです。

 

 

 

今週の<旅スケッチ>は、新緑の季節を楽しむ夫婦の様子です。

 

 

場所は信州の高原です。思わず深呼吸したくなるような新緑の景色の中でのんびりした時間を楽しんでいるようです。

空には大きな雲が初夏の空に浮かんでいます。

思わず時間が止まったかのような雰囲気があり、夫婦の姿が何だか影絵のようにも見えてきます。

最近、季節の光とか雲に興味があり、絵の中に取り込もうとしています。雲というのは描くのが意外に難しく、その立体感や動きを出すために色や形を工夫しているのですが、

結構むずかしさもあります。

山あいの新緑の雰囲気を楽しんでいただければ、、、と。

 

 

 

今週の<朝の散歩道>の一枚目は、散歩の途中あぜ道で襲って来るケリの様子です。

 

 

初夏になるとケリが田んぼの中に巣をつくり卵を産んで、育雛(いくすう)をします。

頭や首は灰色、お腹は白色背中は茶色で、足や嘴は黄色で、大きさは34~37cmくらいです。畦道を散歩しているとけたたましい鳴き声を上げて空中を飛んできて「キキーッ」と威嚇します。時にはつがい同士が協力し、敵を威嚇、攻撃することがあります。

縄張りやヒナを守ろうとするいわゆるモビング行動ですが、威嚇行動がこれほどすごい鳥は他にはないそうです。

怒りの形相が見えるほど近くまで襲ってきます。まるで昔見たヒッチコックの『鳥』という作品のような怖さがありますね。思わず、首をすくめてしまうほどです。

もちろん人間だけではなく、自分良い大きなカラスとかイタチのような動物にも攻撃するそうです。

これもこの時季の風物詩の一つです。

水札(けり)の子の浅田に渡る夕かな (暁台)

 

二枚目は、この時季になると道端や畑の中至る所にに鮮やかな黄色の花を咲かせる大金鶏菊(オオキンケイギク)の様子です。

 

 

秋に咲くコスモスや夏場に見られるキバナコスモスに似ているため、一瞬「きれいだな」と思って見てしまうのですが、あまりの強さに、環境省から在来種に悪影響を及ぼす植物として特定外来生物として指定されているいわゆるお尋ね者なんですね。

栽培、運搬、保管、譲り渡しなどが認められると、「懲役3年以下、もしくは300万円以下の罰金、法人の場合は1億円以下の罰金」に処せられるとか。

大麻のもとになる「ケシ」と同じ扱いだそうです。

この花は、別名「特攻花」とも呼ばれていて、特攻基地だった海軍航空隊鹿屋基地周辺に多く群生し、毎年、特攻隊の出撃が始まった3月下旬ころから発芽し、出撃が続いた

6月ころまで咲きほこることから「特攻花」と呼ばれるようになったのだそうです。

また、出撃を控えた特攻隊員たちに女将や娘たちが手向けた花だという話もあります。

 

特攻花愛でる老母に夏は来ぬ (読み人知らず)

雑草も金鶏菊も背比べ (白桂)

通学路金鶏菊の花明かり (うらなり)

 

 

 

 

1.「忘却力は老いの特権と考えればいい」

                 -鎌田實(医師、作家)ー

 

覚悟はしていたのですが、団塊の世代の先頭集団の中を走ってきた私も、70歳台の半ばになり、ご多分に漏れずモノ忘れがひどくなったり、運動能力が大幅に低下したりしています。そんな寂しい思いをしているとき目にした同年者、鎌田實さんの『ピンピンひらり』という本を目にして勇気づけられる思いがしました。その中の一つを紹介します。

 

ぼくは、忘却力には自信がある。本屋で立ち読みしていて、なかなかおもしろい本だなと思って買い求めたら、自宅の本棚に同じ本があったなんてことがある。

本棚の前で、一瞬がっかりするが、すぐにそれも忘れてしまう。同じ本を何度も新鮮な気持ちで読めるのだから、まあいいか、とも思っている。

田村隆一の詩集なんか、何度感動したことか。映画俳優の名前がのどまで出かかって、なかなか出てこないことがある。でも、そんなことをイチイチ気にしていたら、老いなんて楽しめない。

 

私も本が好きで、月1~2回は名古屋の丸善で本を選び、買い求めてくるのがリタイヤ後の楽しみの一つになっています。そこで困るのが鎌田先生と同様、すでに本棚にある

本をまた買ってしまうことです。

最近では出かける前に直近買って読んだ本をスマホで撮っておき、出来るだけ重複を防ぐように多少の努力はしていますが、古い本まですべてチェックするわけにはいかないのが現状です。

しかし、それこそモノは考えようで、鎌田先生の言うように何度も新鮮な気持ちで取り上げた本に感動できるわけだから、「まっいいか」とも考えています。

 

そもそも人間はコンピュータではないので、適当に忘れるように出来ているわけです。だからこそ、いろんな辛いことにも耐えていけるのではないのでしょうか。

そう考えるとこの忘却力も「老いの特権」ではないかと思えてくるから不思議です。過去の経験から、忘れてしまっても困ることはさほどない、と開き直れば、もっと楽になれます。

それに、本当に大事なことなら記録しておけばいいだけですからね。

さらに言えば、忘却は新しい記憶のための第一歩であり、それを怖がる必要はない、と。

 

それではまた。

 

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