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相棒 劇場版Ⅱ



 入場料分の価値は十分。

 映画の最後のスタッフロール、水谷豊がトップ。それは当然として、ラスト(トリ?)は岸部一徳なんですね。国村隼かと思った。

 全体に「組織と人間」がテーマかな。

 予告編の動画の最後に「あなたの正義を問う」と出て来ます。そういう意味で私は石倉三郎のやってた役に感情移入します。組織のために少しは手を汚して来た。それを理由に懲戒解雇される・・・

 私自身、「正義」より「長いものに巻かれろ」的なところがありましたから。

肢体不自由養護のパソコン導入3
 
 私には「税金の無駄遣い」とわかっていながら業者・行政・教育委員会と妥協しようとしたのですね。校長の一言で回避できましたけど。(業者は別として、行政・教育委員会は私の考えを「オタクが趣味に走った税金の無駄遣い」と考えていた可能性は高い)

 まあ、いろいろあります。

光り輝くあしたへ フォアミセスに載った漫画

for Mrs. (フォアミセス) 2011年 01月号 [雑誌]/著者不明

¥600
Amazon.co.jp

フォアミセス2011年1月号 巻頭100ページ 特集「光とともに・・・」が遺したもの

「光り輝くあしたへ ぼくは元気に働くとうふ屋さん」 河崎芽衣画


--------- ネタバレ含みます ---------------

 実話に基づいている。

 相葉奈央子さん、洋介さん、の間に生まれた勇人(ゆうと)君は逆子で超未熟児で生まれ重い障害を持つ。その後、女の子瑠菜(るな)さん、男の子隼也(じゅんや)君が生まれる。しかし隼也君が成長するにつれて何かおかしいと感じる。最初の診断は「知的な遅れ」。通常学級に就学。小学校3年生になる直前、通常学級についていけなくなり、近所の特別支援学級のある学校に転校。その頃また診断を受け「広汎性発達障害。自閉症です」と診断される。
 転入先の特別支援学級での担任が武田仁先生。武田先生に「光とともに・・・」を紹介され、ひとつの希望となる。
 いろいろありながらも隼也君は(たぶん特別支援学校高等部)を卒業し、その頃、武田仁氏が学校を退職して始めた「とうふ工房」で働くようになる。それは「光とともに・・・」で出てきた「元気で働く大人になります」そのものだった。

 というような話になるかと思います。


--- 以下はおたく話です。で、批判めいた部分もあるので嫌な方はスルーで ----

 漫画を読んで思い浮かぶことなど。

 隼也君の3歳児検診の診断。医師は「自閉症」については気づいていたかもしれませんね。あの時代だと、まだまだ「自閉症という診断名は言ってはいけない」と考えていた可能性があります。あと診断に自信が無かったかもしれない。小学校3年生直前に診断したお医者様は「幼い時だと知的な遅れに自閉症の特性が隠れていたり、出ていなかったりで、診察時に診断できないこともあるんです」と言われているわけですが。

 まあ、後から思い出してのことを描いているので、よくはわかりませんが、3歳児検診以前の隼也君の描写は既に自閉症の特徴を出して描かれています。

 しかし「知的なおくれ」・・・これは過去実際に使われた言葉ですし、今も使われたりするかもしれない。で、擁護する意味で「この人は劣っているのではないのです。発達がゆっくりなだけなのです」というふうな言い方がされることもあるのですが、何か変な感じがするなあ。

 小学校に入学し、通常学級での授業参観で隼也君が教壇にくっつけて座らされていたのを見て奈央子さんがショックを受ける場面があります。「先生はどうして相談してくれなかったの」という思いをもたれます。

 う~ん・・・この部分では少し教師に同情してしまう。通常学級の担任だと、授業中落ち着けない子がいたらまずこういう手を考えるだろうなあ。時代的にも特別支援教育とか言われる前だし。また言われていたとしても診断名も対策も無いみたいだし。

 まあ、今だと「相談と合意」は大切だし、されるようになってるかな。

 この漫画は、河崎さんが武田仁さんと相葉奈央子さんに取材して漫画にまとめはったものでしょうね。ですから河崎さんが注目せず、また武田さんや奈央子さんが強調されなかった部分は描かれていないと思います。その上でですが、

「見てわかるもの」での対応が描かれていない(実際に無かった可能性もあります)のは少し不満です。通して読んでいて隼也君は音声言語ですべてやりとりしてうまくいく方では無いような気がしますが。ここに出てくるのは「音声言語」「具体物」「繰り返しやらせる」ですね。

 また隼也君からの表現や選択は出て来ない。

 ところで(たぶん)特別支援学校高等部に入って初めての先生との出会いや授業。(これも実際には取材されてはおらず奈央子さんの記憶などで構成しているだろうし、正確かどうかはわかりませんが)

先生「相葉隼也くん。僕は誰ですか?」
隼也「吉田先生・・・」
先生「(写真とか見せるのではなく。また首からかけたIDカードを見せるのでもなく)それは中学校の先生です。僕は石橋先生です。」
隼也「石橋先生」
先生「石橋先生”です”」
隼也「石橋先生”です”」
先生「今日は何の授業がありましたか?」
隼也「・・・音楽」
先生「音楽はありません。国語の授業をしました。教えてくれた先生は誰ですか?」
隼也「・・・・」

 これは私には「いじめ」に見えます。少なくとも特別支援学校で隼也君のような生徒と行なって「良い」やりとりでは無い。ただし、こういう光景が「普通」にあったことは事実です。まあ、このエピソードがあったことかどうかは、上にも書いたようにわからないわけですが。しかし河崎さんや取材を受けられた方の頭の中にこのようなイメージがあったのは事実でしょう。そして今でも「普通」にされているやりとりかもしれません。

 何らの「見てわかる手だて」なしで音声言語で問いつめて行く。

 1988年の映画レインマンの最後に近いシーンを思い出します。
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レインマンより。

 それから、最後の方の彼の処遇を決めるシーン、で措置を決める人がレイモンド(ダスティンホフマン。自閉症役)に何度も質問をします。で弟(トムクルーズ)が

「もういい、やめろ。(ALL WRIGHT,ALL WRIGT)」
「彼を辱める事はない」

というシーンが出てきます。

 処遇を決めるシーンのセリフは英語に堪能な方が教えて下さいました。

No, no, all right, all right.
You made your point, OK?
You, you don't have to humiliate him.

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 個別懇談会で先生から

「ただ友達に対して少し言葉が乱暴ですね。それから人の名前や自分のやったことを憶えるのが苦手でまちがったことを言ってしまい、結果的にウソをついたことになったりします。これでは対人面で問題になりますし就職も不利になります。でもくり返し憶えさせることで克服できるでしょう。あの子たちは磨けば光る原石ですから」

 ここは「いい場面」として描かれているようです。私には???手だてが「くり返し」以外、何も示されていない。

 とうふ工房にて、支援員さん(?ジョブコーチ?従業員さん?)との会話。朝、やってきて隼君がぬっと立っている場面。

員「(後ろに立っていたので驚いて)隼也君・・・!?」
員「隼也くん。入ってきたらあいさつをしましょう。おはようございます」
隼也「おはようございます」

 うーん、よくはわかんないすけど、全体を読んでいて隼也君に「おはようございます」を言ってもらおう、というのは厳しいような気がするのですが。特別支援学校の子が地域校の特別支援学級に交流に行き、「おはようございます」を言うように強制され、その1日であと2週間くらい激しいチックが出たことがあります。


隼也 箱を2つ一度に運ぼうとして危ない状況に。
員「ダメッ・・・! 危ないっ!」
隼也「(どうしていいかわからなくなり歩きまわりながら)危ない・・・危ない・・・危ない・・・」
員「大きな声を出したごめんね。落としたら危ないから一つずつ運ぼうね。」
隼也「・・・・」

 「一つずつ運ぼうね」はいいですね。「危ないから」はわかりにくいだろうな。絵で描けばまた別かもしれないですけど。こういうシーンでは「責任持ってやってね」はわからず混乱させ「○○を□□に置きます」と具体的な指示ならよくわかる、というようなことは

自閉症でOK! VISUALメッセージライブラリー2

に出てきます。10年以上前の冊子です。

 あととうふを買って下さったお客さんに「ありがとうございました」と隼也君に言ってもらうのに「隼也くん『ありがとうございました』は?」と「指導」するシーンも出てきます。これで隼也君が言えるようになったみたいに描かれています。

 う~ん、どうかなあ。私なら私がやって見せての「モデリング」と、「お話ツイン」や「4コマメモ帳」で絵とセリフを描いて「お客さんに袋を渡す時に『ありがとうございました』と言います」というのを伝えるかな。

 全体に「見てわかる手だて」が出てこないのが、すごーーく気になりました。

 なお、障害のある人の職場を広げようという武田仁さんの実践には敬服するばかりです。私も引退した人間だし、実際に「やっておられる」人に何も言うことはありません。

 ただ、漫画を描かれた河崎さんにはよくおわかりにならなかったこともたくさんあるだろうし(それは当然のことです。専門家では無いでしょうから)特に特別支援学校高等部やとうふ工房での「指導」というか、「自閉症の人への関わり方」の部分で、これを「いい話」と思われたら困るので、いらぬことを書かせて頂きました。何かもう「いつの時代のことなんだ」という感じがして。

 「光りとともに・・・」は少なくとも、ここに描かれている地点よりは前に進んでいたと思います。

syunさんの講演(たぶんsyunさんが生まれて初めてのもの)

 大昔の話です。

 特別支援学級にいた頃。


 syunさん、どうもです。
 kingstoneです。

 うう、帰ってきたらデスクトップのメールの調子が悪くてストレスたまる、たまる・・・・・

>参加されてた方、何か感想でもあったら教えてください。

やっぱりあれだけたくさんの写真と、まとまった時間での話があるとよくわかりました。

「今、ここでできることで、楽しいこといっぱいしようよ」

っていうことやなあ、と思ってお聞きしていました。

 ほんま、いろんなところからまた声がかかると思います。
 「まぼろし」なんて言わないで、これからも講演にどんどん行きはって教えてあげたらいいなあ、と思いましたです。