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知的障害養護学校での違和感

 大昔の話です。

 あっ、今は養護学校とは呼ばないのですね。
 特別支援学校ですか。
 まあでも大昔の話ですので、このままいきます。

 知的障害養護学校に異動して私は混乱しました。

 それまでパソコン通信の障害児教育フォーラムで、饒舌に発言して
いました。でも発言できなくなりました。目の前に展開していること
をそのまま書いたらめちゃめちゃ危険な気がしたし。何をどう書いた
らいいかもわかんないし。

 特に自閉症のお子さんと、どうつきあっていったらいいかわから
ない。

 学校内でも研修は特に無かったと思います。
 夏休みの教育委員会主催の研修は、確か「自閉症児の指さし行動について」
とかいうような、実践には何の役にもたたないようなものでした。

 じゃあ自分で勉強したらいいじゃないか、というようなものなのですが、
異動初年度はパソコン運用について期待されていて、研修も「知的障害
養護学校でのパソコン利用」みたいなグループのチーフにされ、とても
時間が無かったのです。言い訳ですが。

 でも学校内の抑圧的な雰囲気、教師の子どもに対する威嚇的な行動は
目にすることがあり、違和感はありました。

 
 で、後年、ある筋から、その少し前にその学校は暴力を使っているのでは
ないかとマスコミに張られていた、ということを聞きます。私は全然知らな
かった・・・

 ひょっとしたら当時の校長は内々で教育委員会から「暴力をやめさせてくれ」
との命を帯びて来られていたのではないか、という気がします。いや、そう
思いたい、という気持ちがあります。

 私などが暴力を目にする以前に「体罰はやめるように」ということは、
折りにふれ言っておられましたから。

知的障害養護学校に異動した時

 大昔の話です。

 肢体不自由養護学校から知的障害養護学校に異動しました。

 肢体不自由養護学校で、パソコンなどの機器の導入をしていましたので、
そちら方面を期待されたのだと思います。

 行ってすぐに違和感を覚えました。

 私は肢体不自由養護学校では、動きの少ないあるいはほとんど無いような
お子さんの、動きを増幅し、コミュニケーションを支援する活動をしていま
した。中から引き出そうとしていたわけですね。
http://homepage3.nifty.com/kingstone/physical/jissen.htm
こんなことです。

 ところが、知的障害養護学校に行くと、とにかく枠にはめて動き出さない
ようにしないと日々が過ごせない?!正直そんな印象を持ちました。

 学校全体の雰囲気も何か抑圧的だし、私もその流れにいなくてはおられない。

 でも入ったクラスの主任の先生は、集会の時子どもたちが並べなくても、
「いいのよ。叱らないで」と言うような方で、そのおかげで私は1年目を
生き延びることができたような気がします。とても素敵な方でした。

 後から考えてみると、その先生もすごく上手に視覚情報を使う方でした。
 自閉症のお子さんを洗濯物を干す活動に誘う時「洗濯物を干しに行こう」
って声をかけながらハンガーを見せるとか。

 ただ「視覚情報が大事」とかいうことは、教えてもらうことはなくて、
その先生と子どもたちとの動きを「すげえ・・名人技(どういう技なの
かは実は私はわかっていない)」と感心するだけでした。

 そしてその先生のように子どもたちとつきあえる方はたぶん他には
いなかったと思います。

 私は自閉症のお子さんとどう付き合ったらいいのか、わからないまま
でした。

 そのお子さんがハンカチを畳むのが好きだ、というのがわかってハンカチ
を大量にもちこんだりしましたが。でもそのお子さんにとって、学校生活は
決してここちいいものでは無かったと思います。

 そのお子さんにとっては、当時導入されたMACにタッチパネルをつけた
ものでジャカジャカジャンケンをするのが唯一楽しい時間だったかもしれ
ません。



年賀状

 年賀状を出さなくなりました。
 ごめんなさい。

 親戚関係は妻が一括で印刷してくれるので、出してますけど。

 下さる方には本当に悪いんですが。
 書くエネルギーが出ないんです。
 経済的なこともあります。

 去年までは、年賀状が来たのを見るのも嫌でした。
 でも今年は頂いた分については素直に嬉しかったです。
 
 ああ、新人Aさんも二人目のお子さんができたんだ、とか。

 でもお返事はしませんでした。
 ごめんなさいね。

 ああ、書けてすっとした。