給食の思い出2
大昔の話です。
給食を食べさせられない駄目な教師として日々過ごしていました。
ある校外学習の日、ある自閉症のお子さんがお弁当の中の嫌いな
肉を残していました。その時、校内のリーダー的な先生がすぐ側を
歩いて通りかかりました。ただ通りかかっただけです。声もかけな
ければ、指示もしていません。そのお子さんを見つめてすらいなか
ったと思います。
しかし通りかかっただけで、そのお子さんは自分で肉をフォーク
(だったけか・・)で取って口の中へぱくっと放り込みました。
(すごい!!)
そしてその先生が通りすぎるとペッと肉を吐き出しました。
・・・・
何か違うよなあ、と思いました。
でも、私自身まだどうしていいかわかりませんでした。
給食についてもだし、他のことでもです。
そう言えば、その12月だったっけ。
それとも翌年だったかなあ。
ある方が、村松陽子Dr.と会う機会を作って下さいました。
私は学校での悩みを縷々述べました。
その時、村松さんは
「科学的にやりなさい。太田のステージから勉強を始めては」
と教えて下さいました。しかし私は
「お医者様であり科学者ならば、子どもの口に食べ物を押し
込んではいけないという論文なりデータなりを出してくれ
なければ教師は動けないじゃないか」とひたすら食い下がって
いたような気がします。きっと困られたろうな(苦笑)
今から考えると馬鹿みたいですけど、当時は必死でした。
給食の思い出3
給食を食べさせられない駄目な教師として日々過ごしていました。
ある校外学習の日、ある自閉症のお子さんがお弁当の中の嫌いな
肉を残していました。その時、校内のリーダー的な先生がすぐ側を
歩いて通りかかりました。ただ通りかかっただけです。声もかけな
ければ、指示もしていません。そのお子さんを見つめてすらいなか
ったと思います。
しかし通りかかっただけで、そのお子さんは自分で肉をフォーク
(だったけか・・)で取って口の中へぱくっと放り込みました。
(すごい!!)
そしてその先生が通りすぎるとペッと肉を吐き出しました。
・・・・
何か違うよなあ、と思いました。
でも、私自身まだどうしていいかわかりませんでした。
給食についてもだし、他のことでもです。
そう言えば、その12月だったっけ。
それとも翌年だったかなあ。
ある方が、村松陽子Dr.と会う機会を作って下さいました。
私は学校での悩みを縷々述べました。
その時、村松さんは
「科学的にやりなさい。太田のステージから勉強を始めては」
と教えて下さいました。しかし私は
「お医者様であり科学者ならば、子どもの口に食べ物を押し
込んではいけないという論文なりデータなりを出してくれ
なければ教師は動けないじゃないか」とひたすら食い下がって
いたような気がします。きっと困られたろうな(苦笑)
今から考えると馬鹿みたいですけど、当時は必死でした。
給食の思い出3
給食の思い出1
大昔の話です。
私の異動した知的障害養護学校でその頃は、給食は出された物は
全部食べさせるのが良しとされていました。食べさせられない教師
には「できないやつ」と評価される暗黙のプレッシャーがありまし
た。
多分味覚も感覚的に健常な人とは異なっているため、好き嫌いの
あるお子さんの口に極めて上手に食物を突っ込める方が「さすが
ベテラン」と評価されていました。
あと手で突っ込まなくても、何とも言えぬ威嚇(迫力?)で、
食べさせるのが上手な方もいらっしゃいました。(ただその方
も、最初は有無を言わせず無理矢理突っ込んだのかもしれない
とは思っています)
私は・・突っ込んだこと、あります。
そうしなければならない、と思っていました。
でもうまくいかなかった。
情けなかったです。
この時のまわりの雰囲気というかプレッシャーというか。
ごく普通の人が、戦場でまわりの雰囲気で虐殺に荷担してしまう、
という気持ちがよくわかります。
あっ、この文だけ読んだ方は暗い気持ちになってしまいますね。
えっと、前向きの教訓としては
「もちろんいろいろ食べられた方が良いにこした事は無いけれど
偏食で死ぬことは無い。食べられない物があってもいいじゃん」
と覚悟を決め、保護者としては「あっ、食べられない物があっても
いいですからねえ~」と教師にしっかり伝えておく、というのが
良いのではないかな。
おっと、文が飛躍しすぎか・・・
で、続きます。
給食の思い出2
私の異動した知的障害養護学校でその頃は、給食は出された物は
全部食べさせるのが良しとされていました。食べさせられない教師
には「できないやつ」と評価される暗黙のプレッシャーがありまし
た。
多分味覚も感覚的に健常な人とは異なっているため、好き嫌いの
あるお子さんの口に極めて上手に食物を突っ込める方が「さすが
ベテラン」と評価されていました。
あと手で突っ込まなくても、何とも言えぬ威嚇(迫力?)で、
食べさせるのが上手な方もいらっしゃいました。(ただその方
も、最初は有無を言わせず無理矢理突っ込んだのかもしれない
とは思っています)
私は・・突っ込んだこと、あります。
そうしなければならない、と思っていました。
でもうまくいかなかった。
情けなかったです。
この時のまわりの雰囲気というかプレッシャーというか。
ごく普通の人が、戦場でまわりの雰囲気で虐殺に荷担してしまう、
という気持ちがよくわかります。
あっ、この文だけ読んだ方は暗い気持ちになってしまいますね。
えっと、前向きの教訓としては
「もちろんいろいろ食べられた方が良いにこした事は無いけれど
偏食で死ぬことは無い。食べられない物があってもいいじゃん」
と覚悟を決め、保護者としては「あっ、食べられない物があっても
いいですからねえ~」と教師にしっかり伝えておく、というのが
良いのではないかな。
おっと、文が飛躍しすぎか・・・
で、続きます。
給食の思い出2