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文部省の課長さんは滅茶苦茶えらい

 大昔の役にも立たない話です。

 これもパソコン導入の番外編です。

 久里浜の特殊教育総合研究所で、文部省の課長さんの授業が
ありました。興味深い内容でした。そして最後に
「何かありましたらいつでも電話して下さい」と優しくおっしゃって
下さいました。

 学校に帰って、いよいよ予算がつくということになりました。

 ちょっとわからないことが出て来ました。
 国なのか自治体なのか。入力装置は認められるのか。(肢体不自由
養護で入力装置が認められなければ大変困る)

 学校は教頭先生の座っている前に電話があります。

 電話を取り、文部省に電話をかけました。
 課長さんにとりついで頂き、質問をしました。
 すぐに明快な答えを頂き「ありがとうございました」と言って
受話器を置きました。その瞬間

「馬鹿野郎!!何てことすんねん。課長やぞ。課長。わしらでも
 会議でお会いしても話もできひんねんぞ!でなあ、お前みたい
 なのがおるとなあ、お会いした時に、○○君は頑張っています
 ねえ、言うて皮肉な笑いをされるねんぞ!!」
教頭に無茶苦茶怒られました。

 私はひたすら謝るしかありませんでした。

 知らなかった・・電話して下さいと言われてもしちゃいけない
なんて。

肢体不自由養護のパソコン導入2

 大昔の役にも立たない思い出話です。

 久里浜・特殊教育総合研究所の情報処理コースでは必死に勉強
しました。私はウツ以外にも病気があります。時間が無いとの思い
がありました。(でも、思った以上に生きてますけど)

 でも私以外の情報処理コースの人も夜昼休日無く勉強していました。

 他のコースの人たちは、ソフトボール大会で交流したりしてはり
ましたが、情報処理コースの人は参加せず「やっぱりおたくや」と言わ
れてたりしました。そう言われるのが悔しいと、後日交流してはった
人もいたな。

 私は肢体不自由教育における機器利用の1点に絞って勉強しました。

 そのため「盲学校でのパソコン利用」という授業は抜けさせて頂いて、
自習していました。いや、現場に戻ればどんなニーズがあるかわからいのに、
視野が狭いのはわかってましたが。

 それが研究所で問題になっている、という話が聞こえて来ました。
 う~~ん、ちゃんと理由を言わなかったしなあ・・・

 後日「BASICで作るデータベース」という授業がありました。
 当時、私はWorksというデータベースソフトを既に使っていましたし、
データをテキストにしたり、Excelに読み込んだりということもできました。

 そこで授業担当の方に、「あの~私、ここまでできますんでこの授業は
休みたいんですが」とお願いしました。すると
「まあ今回はいいでしょう。でもこんなことをすると教育委員会に報告
 しなければならなくなりますよ」とおっしゃいました。

 私は「どうぞ。ただその前に私の肢体不自由養護学校でやっている
実践のビデオを見て下さい。あの子たちが私が帰るのを待っているん
です。どうか肢体不自由の勉強をさせて下さい」と言いました。

 何もおっしゃいませんでした。

 ロッカーを隔てて、その方から見えない所に座っていた研究所の方が
うんうんうなづいてはりました。

 ま、結局不問になったみたいです。

 ただし、翌年のコースから、始まる時に
「授業を休んではならない」という注意書きが増えたそうですが。




 

肢体不自由養護のパソコン導入1

 大昔の単なる話です。

 MACだ、98だ、TOWNSだ、といろいろあった頃。
 DOS/Vは少し彼方にあったころです。

 私はMAC-LCとMAC-CLASSICⅡを自腹で学校に持ち込み、
実践を始めていました。その他、EPSON(98互換機)TOWNS,MSX
等を家で購入したり頂いたりしてました。ああMSXは実践に
使ってたな。
参照http://homepage3.nifty.com/kingstone/otaku/kounyurireki.htm

 その頃はいろんなことがありました。

 同僚は「お前の単なる趣味やな」

 PTA会長さんに「パソコン使ったらいろんなことできますよ」
と言ったら「はは、英語と数学ができないと使えないんでしょう」

 たまたまどこかでお子さんにMAC-COLORCLASSICを使わせた保護者
は(たぶん私が自腹で持ち込んでるなんて知らずに)
「先生!!あんな素晴らしい物、なぜ学校に無いんですか!!」
叱られてしまいました。

 そんな、こんな様子を見ていた校長先生。
 この校長先生、後でわかったのですが、若い頃は大がかりな
意思伝達装置も作ったことがあったそうです。あんまり実用に
はならなかったみたいですが。

だから、私のやろうとしていることの意味がお分かりになったので
すね。

「君、久里浜(特殊教育総合研究所)行かへんか。知的障害コース
やけど情報処理コースも同時にやってるから覗くくらいできるやろ」

で、2つのコースのプログラムを見せて頂くと
「これ、私のやりたいのは情報処理コースですやん。こっちに是非
行きたいです」と言うと校長先生は「う~ん」と言いながら向こう
へ行きはりました。

 数日後「情報処理コースに行って来い」
 教育委員会とかけあって下さったのでした。