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事故情報 自閉症児託児活動「れもん」で

 大昔の話です。

 特別支援学級にいた頃。



こんにちは。
 kingstoneです。

 福祉センターに行ったら、各部屋の問題が、指摘されました。

A号室 ブラインドが故障
    ドアストッパー(くさび型のゴム)が無くなっている。

B号室 床にマジックの跡
    ブラインドが故障

C号室 ホワイトボードマーカーのふたが無くなっている。

 床のマジックの跡は気がつかなかったな・・・・
 部屋が空いてたらジフ(研磨剤)をつけてこすって消してきたのだけど、今日は使ってはりました。

 くさび型のゴムは???
 A号室は中学生のみんなだったから、んなもの持って行くような生徒さんはいないと思うけど・・・どっかにまぎれこんだかな?

 ブラインドに関しては

「もしお金がかかるようでしたら保険を適用して下さい。壊したのは私です」

と言っておきました。ほんま私がやったことにしないとややこしくてしかたが無い。保険の書類を書く時にね。

 ま、今後気をつけましょう。

よくある疑問というか反対に対する反駁(少し今のもつけ加えて)

 大昔の話です。

 特別支援学級にいた頃。


 よくあるTEACCHや視覚支援に対する疑問や反対に対するある方の反駁(昔のもの)に、私が今考えることもつけ加えます。


・自閉症の子ども(大人)は,ルーティンで学習するとそこから抜け出せなくなるから,(ルーティンで学習することは)ダメなのではないか?
      ↓
 抜け出す方法を教えていないからだ.抜け出す方法も合わせて教えていく必要がある.

 抜け出すってか、その場で、何を考えて行動するか、を伝えられればいいのかな。ハルヤンネさんがよく使う例えは「冬に窓やドアを閉めきることを教える」そしたら「夏も窓やドアを閉めきる」みたいなのがあります。これは「寒い時は閉める」「暑い時は開ける」を伝えて自分で判断できるようにすればいいのか?いや、最近はエアコン使ってたら「夏も閉めきる」か・・・

 まあ、いろんな場合があるよなあ。

 そんな時は「4コマメモ」とか「おにぎりメモ」とか使って、行動の理由を説明する、なんてどうだろ。それも普段からの視覚支援があってのことですね。



・カードを使ったコミュニケーションは非人間的ではないか?
      ↓
 カードが大事なのではなく,視覚的手がかり=視覚的サポートが大事.

「カード」を使おうが「音声言語」を使おうが、非人間的なものは非人間的。人間的なものは人間的。今はもう「手話は非人間的」なんて言う人いないっすよね。また全盲の方に「墨字の書類」を示して「これが読めないなら人間じゃない」なんていうことを言う人もいないでしょう。要するに本人さんにわかる手だてでつきあおうというだけ。



・普段やることが決まっていることでは言葉がけで一人でできるのに,なぜあえて絵入りのスケジュールを使わないといけないのか?
      ↓
 普段やることが分かっているからこそ,練習しやすい.スケジュールを習得しておくことにより,急な変更でもスケジュールを変更することで対応できる.

 別に「絵入り」とも決まってません。人により「字・文」だったりしますから。

 また「言葉がけで一人でできる」は「言葉がけ(指示)がないとできない(全然一人でじゃない)」場合もよくあります。もひとつ言えば、それこそ音(何か言われた!)と言った人の体や腕・指の動きで動いているだけで「音声言語は理解できていない」場合だってある。

 現在の世の中、自分でわかるスケジュールを使わないで動いている人のほうが少ない。

 でもって、スケジュールがあり、それを理解できるからこそ、スケジュールの変更にも対応できるわけですね。



・絵や写真を多用して,学校を出てから社会で通用するのか?
      ↓
(通用しないとは)大間違い.世界は確実に視覚的構造化が進んでいる.一番遅れているのが学校だ.

 これは地下鉄・病院・船などを見ればわかること。

「れもん」のこれまでと今後 自閉症児託児活動「れもん」

 大昔の話です。

 特別支援学級にいた頃。



れもんの今まで1 

 kingstoneです。

 先日、「れもん」の今後のことでちょこっと書きました。
 でもって、今までの経過を書いておきますね。

 もともと「れもん」は、ある意味で学校での実践での私の欲求不満と私のしんどさ、その二つのものの解消として始めました。

 まず欲求不満は、知的障害特別支援学校の中でいろいろTEACCH的な取り組みをしよう、とした時に校外学習にしろプールにしろ調理実習にしろ、「何やこれは」と思うような実践しかなかなかできない、もっとほんまに社会参加になるような余暇活動をやりたいよな、みたいなところですね。

 後、レスパイトについても、保護者からSOSが出ても、学校の教師としては動きにくいやないか。でもボランティアグループの活動とすれば動きやすいよなあ、というのもありました。

 しんどさの面はもっと切実で、まあある意味、私は学校の中では最初はまったく理解・共感されず、、そして当時はクラスの中ではある程度協力者はできるけど、その外では反対されるか理解されないか、のどちらかでした。もちろん研究会に先生方を誘うけれどどなたも来て下さらない。(お忙しいのでしょう。また当時はTEACCHを名前を聞くだけで、毛嫌いする方も多かった。またつらいことに、激しく攻撃されるのは、よく勉強されてるしかもいい先生だな、という方が多かったですね。現在はかなり誤解も解けてきてるみたいですが)

 またある地域の障害児教育に力を持つ某教授には目の敵みたいにされる。

 そんな中で私のいごこちを良くするには保護者の方に勉強して頂くしかないかな、という思いがありました。

 もひとつ言うと、5年6年とある程度実践が成果を上げて来たかなと思えるお子さんたちと離れる(つもりだったんですねえ・・・でも私を取って下さる学校がなくて異動できなかったんだけど)にあたって、その保護者の方にいろいろ知って頂いて、保護者からいろいろ要望を出して頂かないとちょっとつらいかなあ・・・・と。

 ま、最初は知的障害特別支援学校の、しかも私の担当していた学年のお子さんだけについて、託児をして研究会に保護者が参加して下さったら、と思っていました。

 で、そんなことを考えていた時に、学生さんの○○さんと□□君が私のクラスを見学に来て下さったのですね。そこで意気投合して「ボランティアグループを作ろう」という話になったわけです。



れもんの今まで2

 でもって、□□君たちは自分の大学で、私は個人的なつながりや、口こみや、大学(△△大学・AA大学・BB大学・CC大学・DD大学・EE大学)を回ったり、実習に来た学生さんを口説いたりしてボランティアさんを集めたわけね。

 で、まあ最初は10人足らずの参加者だったのだけど、すぐに参加希望者が増えて来ました。もちろん否やは無くて(でももともと研究会とは別組織と明確にしてあったし、ほんとに口コミで広がる部分だけね)勉強に来て下さる保護者が増えるのは単純に嬉しかったのね。

 最初は私、保護者の方に「今度お越しになりませんか」と営業もかけてたもんね。

 で、ほんま知的障害特別支援学校時代は結構リクルートに割ける時間もあったし、準備に割ける時間もあったし。

 しかしだんだんボランティアさんも増え、リピート率も他のボランティア団体の話を聞いている限り高いのだけど、でもつねに不足気味、いつもぎりぎりまで電話をかけ続けている、という事態になってきました。

 ほんま、「次の時は絶対楽になるぞ」という期待はいつも裏切られてました(笑)

 で1年たった頃にはかなりばててました。そう・・今信じられないですけど、会計も荷物の準備もリクルート・コーディネート・受付現場のしきり、全部一人でやっててんもんなあ・・・


れもんの今まで3

 というわけで、ばててきて、2001年3月にFFさんちに保護者の一部の方・ボランティアの一部の方に集まって頂き、組織として動くようにして頂きました。

 会計や受付・荷物運搬を分けたのね。
 syunさんに無任所でオールマイティで動いて頂いてる。
 インテーク(予診)じゃないけど初参加のお子さんなどに当たって頂く方(医師)も機能してますね。

 リクルート・コーディネートや当日のしきりも分けようと試みました。一応ボランティア募集ではAA大学グループとBB大学グループはある意味で自立的に集めて下さってます。

 GG大学グループはHHさんのご助力でかなりの数が来て下さってます。ただ毎回の確認は私が個人的に電話連絡をしてます。

 他はほとんど個人的電話連絡とメールです。

 まあそんなこんなで続けて来ましたが、ふー、マンツーマンの維持とプールに入る人を作ろうとすることでいつもひーひー言ってました。


れもんの今まで4(成果とできなかったこと)

 さて成果(?)です。

 まず、私個人としてめちゃ面白かった、というのがあります。
 ほんまいろんなお子さんに出会えて、ごっつい勉強になりました。
 つまり「1」に書いた「私の欲求不満の解消」はかなりできた。

 ある地域の教育界に居場所が無いような思い、のあたりはどうでしょうか?
 これはまだまだ途中という感じではありますが、まあ徐々に楽になりつつある、というあたりかな。

 担任していたお子さんの保護者だけでなく、知的障害特別支援学校の他の保護者も参加して頂けたり、別の学校の保護者の方も参加して頂け、研究会で勉強して頂けました。

 で、何が嬉しいって、これは「れもん」のせいってわけじゃないけど、

「某地区TEACCH親の会」で勉強して下さる保護者まで出てきた。

これって公的な託児(学校や療育施設)の時間にやって頂いている勉強会じゃないですか!!

 あと、私個人としてはいろんなネットワークがまたできた、ってのがあります。でもって、ボランティアさん同士は、やっと今回の方式でネットワークができ始めるかな??

 できなかったこととしては・・・
 レスパイト系は全然できなかったな。
 ガイドヘルプ活動も。
 やっと「勝手に余暇活動」をしたくらいで。
 「岡山自閉症児を育てる会」のAAOみたいな活動を、ってのはほんま全然できませんでした。



今後のれもん(私案)

 今後のれもんについての私案です。

 私個人としては、私が全て音頭をとって活動する、受付に申し込まれた方は全てお受けする、というのはちょっと疲れました。

 またこれは私の精神的弱さなのですが「人手が足りない」と思うとくよくよしてしまい、それだけで疲れてしまい何週間も何も手に着かない、ということも結構ありました。

 いろいろな事業と複合させ、「仕事とする」(つまり教師をやめる?)っちゅうのもちょっと自信ないし・・・・

 そこで例えば保護者の方が主体となって何かをする、その時のスタッフとして動く方のお子さんの託児やガイドヘルプに限定して、その時にボランティアに入ったり、ボランティアを集めるお手伝いをする、という程度であればできるのではないかなあ、と思っています。

 あと、来年度は夏のキャンプを計画していますよね・・・

 いえ、もちろん「今までの形で」とどなたかがおっしゃり、やって下さるということであるなら、何らかのお手伝いはできます。

 まあ、今まで書いてきたのを読んで下さればわかるように、私は「私利私欲」で動いているわけですね。だからこそできた、みたいなところがあります。「今までの形で」ということを他の方が主としてやられるという時に私を動機づけたような「私利私欲」との合致があるだろうか?というのはうーむ、ですね。

 ところで、以前にOさんが「れもんの打ち合わせだけのメーリングリスト」ということを発案して下さってました。

 今日、ボランティアさんと「れもん」の終了後お茶してまして、

「今まではkingstoneさんを通じて他のボランティアさんとつながっていたのだけど、れもんのメーリングリストを使って参加者さん(保護者)と直接のニーズのやりとりができないか」

という話が出ました。

 面白いな、と思います。
 今日やってみたれもんの形態と含めて新たな展望が見えるかもしれません。

 また参加者を募集して、試験運用してみたいと思います。