私的文体論(その1) ~語り手の立ち位置~ | 『Go ahead,Make my day ! 』

『Go ahead,Make my day ! 』

【オリジナルのハードボイルド小説(?)と創作に関する無駄口。ときどき音楽についても】

えー、まだノロノロとペースをつかめないでいる「Left Alone」ですが。
物語のターニング・ポイントは見えつつあるのですが、そこへ至るまでに経なくてはならないエピソードがまだいくつもあるという事実に項垂ております。(まあ、自分でやってるのですが……)
 
さて、以前からよく言われていることではあるのですが、わたしの文体の硬さ(堅さと表記されることもありますが、ここではコレに統一)について。
完結・未完を問わずいくつか書いている作品の中で、「Part-time Lover」以外ではほとんどすべての作品で受けるこの評価。(「Part~」では何も言われなかったので、あれだけは例外的に硬くはなかったと評価されているのでしょうけど
ところでこの硬さ、どういうところからきているのかというと、
 
・文章の組み立て方「何々だけど何々」という条件付構文の多用、「~なのは何々だからだ」という物事への理由付けの多さ)
・言葉の選び方(どちらかといえば普通の会話文脈ではあまり使わない副詞、熟語の多用)
・文語的な口調「~じゃなかった」ではなく「~ではなかった」など、口語的でない表記の多用)
・比喩、オノマトペが少ない
 
といったところじゃないかと思うのですね。
いわゆる語り口の問題としては、これらを修正するのは実はそんなに難しいことではないような気がします。まあ、真奈の語りはあれで形が出来上がってるんで、いまさら変えるわけにもいきませんが。
では、これに留意して先日載せました(そしてやっぱり硬いと評価されているであろう)習作「through the rain パイロット版」 を書き直してみるとどうなるか。
実際にやってみました。
 
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 明け方の三時を過ぎたばかりのサナトリウムのロビーは、まるで誰かが息を殺して何かを見守っているようにひっそりとしていた。
 何を見守っているのかは考えるまでもないような気がする。わたしの母親は夜勤専門の看護師をしていて、明け方に帰ってきたとき、彼女の目には疲労じゃない暗い翳が見え隠れしていることがときどきあった。この時間、朝が来るのを待ちきれなかったように亡くなっていく患者は多いのだという。
 わたしと、わたしの雇い主を呼んだ男も、いつそうなってもおかしくない老人の一人だった。
 建物の中なのに吐く息はうっすらと白い。空調は落とされていた。こんな時間に院内をうろつく入院患者などいないからだろう。
「――玲(あきら)、こっちよ」
 美樹が言った。ロビーの一番端、自動販売機の前でプカプカとタバコをふかしている。
 こんな時間だというのに、身だしなみにはまったく隙がなかった。ポール・スミスのブラックスーツの上にアクアスキュータムのショート・トレンチ、足元は革のロングブーツだ。肩口まであるストレートの黒髪と、きりっとした顔立ちを際立たせている切れ長の目。クールなポーカーフェイスがいかにもやり手の弁護士っぽく見える。
 彼女のところへ近づいた。
「クライアントは?」
「容態は落ち着いてるみたい。さっき、主治医の先生から面会の許可をもらったわ」
「死に損なって、ようやく腹が決まったってわけね。だからってこんな時間に呼び出すことないのに」
「まあね。それにしても遅かったじゃない。そんなラフな格好にノーメイクの割には」
「これでも結構急いだんだけどね」
 美樹はわたしを見て眉根を寄せていた。フリースとデニム、ダウンジャケット、スニーカー。最後の一つ以外はユニクロだ。
 じっとりした視線は知らんふりでやり過ごした。美樹がわたしの身なりに文句をつけるのはいつものことだ。
「だいたい、こんなところにこんな施設があるとは知らなかったんだもん。ナビにも出ないから、捜すの大変だったのよ」
「ここのこと、話してなかったかしら?」
「具体的なことはなんにも。いつか、機会があれば連れて行くって口約束だけ。ランチが美味しいって話じゃなかったっけ?」
「そうだったわね」
 美樹は口の端に薄い笑みを浮かべた。携帯用の灰皿で吸殻をグリグリと押し潰す。
 ロビーには他に誰もいない。分煙機の電源も落とされていて、美樹は近くの小窓の一つを細く開けて、そこからタバコの煙を逃がしていた。明るくなればその窓から糸島海岸が見えるはずだ。
 エレベータで病棟の三階に上がった。
 廊下の灯りも落とされていて、明るいのはナース・ステーションだけだ。その前を通るとき、美樹は中にいる若い男の看護師に目配せをした。
 彼はわたしを見て、わかった、という感じに小さくうなづいた。ここには健康状態は悪くても経済状態が悪い患者はいない。中にはどこの誰だかはっきりしない見舞い客には会いたくないという患者もいる。彼はただ病人の看護のためにいるわけじゃないということだ。
「ここよ」
 美樹はまるで自分の部屋に入るような感じでドアを開けた。ネームプレートには”原岡修三様”と記してあった。
 ちょっとしたホテルのような造りの病室だった。
 そんなに広くはない。暖かい色合いの灯りがカーテンを淡いオレンジ色に染めている。患者の身体を少しでも暖めようとするようにエアコンがせっせと息を吐き出している。うっすらと漂っているのはアロマキャンドルの香りだった。
 それでも病室には付き物の鼻をつく薬の匂いや、ベッドの上の男から感じられる死の匂いは消せていなかった。
「起きていらっしゃいますか?」
 美樹が言った。小さな衣擦れの音がした。
「……ああ、沢村先生」
 ベッドの真ん中に声の主が横になっている。細くてかすれた声。喉の奥にひっかかるような雑音が呼吸と一緒に聞こえてくる。身体が異様に細く見えるのはベッドが大きすぎるからじゃなかった。
「さっきから眠ろうとしてるんだが、どうしても眠れない。薬のおかげで痛みはそんなでもないんだが。怖いのかもしれないな。眠ったが最後、二度と目を覚まさないかもしれないことが」
「そんな……」
 美樹は言葉を続けなかった。礼儀としての否定――それはやんわりとした肯定だった。
 彼の病状については事前に聞かされていた。
 拡張型心筋症とかいう心臓の疾患で、根治させるには心臓移植しか治療法はないらしい。もちろん、この国ではドナーなんかまず見つからないし、もし見つかったとしても原岡氏の体力では移植手術には耐えられないだろう。ちょっと前のテレビドラマで取り上げられた”バチスタ手術”という手は、実際にはあんなに簡単にできるものではないのだそうだ。
 つまり助かる見込みはないということだ。
 そして六時間くらい前、彼は発作を起こしていた。
 今回は医療スタッフの素早い対応で、原岡氏は一命を取り留めることができた。
 ただ、次はどうなるかわからない。それが彼がわたしたちを呼んだ理由なのだった。
「……そちらが?」
 老人はわたしを見た。わたしは軽く会釈した。
「お話ししたウチのスタッフです。上原玲。――玲、こちらが説明した原岡さんよ」
「上原です。生憎、名刺の持ち合わせがないんですが」
 名刺はこの前切らしたまま注文していなかった。美樹の咎めるような一瞥は無視した。
 原岡は土気色のカサカサした頬に小さな笑みを浮かべた。
「失礼だが、アキラさんというから男性だとばかり思っていたよ。あなたが沢村先生のところで、その、探偵をなさっているんだな」
 うなづいた。一応、公安委員会に届けは出してある。なさっている、というほど立派な仕事かどうかは別としても。
「お嬢さんの行方を捜して欲しい、とのことでしたが?」
「そう――娘を捜してもらいたい」
 老人の目にその一瞬だけ、若かったときを思わせるギラギラしたものが見えた。
「死ぬ前に、どうしても会っておきたいんだ」
 
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えー、そのー。
いくらかは読みやすくなってるような気はしますが、物語の(というか、このシーンの)重苦しさを差し引いても、そんなに変わりませんね。(苦笑)
 
実はこの「through the rain パイロット版」もそうだし、真奈の語りもそうなのですが、わたしの文体の硬さにはもう一つ、大きな要素があるのです。
それは真奈や玲の語りには非常に客観描写が多くて、一方、それほど硬くはない(ですよね?)由真の語りは主観描写が多いという違いです。もちろん、100パーセントどっちかに偏るというわけではなくて、その割合が真奈は大幅に客観描写に、由真は主観描写に寄っているということなのですが。
特に真奈の語りは三人称の地の文並み(つまり、ものすごく客観的)なのですよね。自分自身が感情を爆発させるシーンですら、ある意味では不自然なほどに冷静に状況を語ったりしてますから。

 
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「……ごめんなさい」

 アタシは言った。
「えっ?」
「ごめんなさいって言ったの!!」
 アタシは癇癪を爆発させるような勢いで続けた。怒鳴ったといってもいいくらいだった。
「……何か、お前に謝られるようなことがあったか?」
 アタシは村上を睨みつけた。
 彼にその経歴と幸せだった結婚生活を投げ出すようなことをさせたのはアタシの父親であってアタシじゃない。今度のことだってそれが遠因であってアタシが責任を感じる必要など何処にもない。村上はそう思っているのだろう。
 そうじゃなかった。アタシの心の中にはそうまでしてくれた彼を、父を告発した裏切り者として恨み続けたという事実が抜けない棘のように刺さったままだった。
「どうして、何にも言ってくれないの!?」
 アタシは言った。自分でも驚くほど激しい口調だった。
「父さんの事件のときだってそう。本当のことを話してくれてれば、あんなにあんたを恨まずに済んだ。そうやって何でも自分一人で抱え込んで、何でもないよって顔するのが格好いいとでも思ってるの?」
 村上はしばらくアタシの顔をじっと見詰めて、魂を吐き出すような深いため息をついた。
「お前が何と言おうと、これは俺の問題だ。――悪いが帰ってくれ」
「嫌よ。絶対に嫌。あんたが本当の気持ちを話してくれるまで帰らない!!」
 村上の目が怒りで煌った。
 しかしそれはすぐに消えて、いつもの深く昏い井戸のような眼差しに戻った。
 乱暴な手つきでジャケットを掴むと、村上は「出かけてくる」と言い残して部屋を出て行った。
 アタシはたった一人で取り残された。
 

(「Left Alone」第5章より)

 
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 恭吾は返事をしなかった。

 あたしはモルツに手を伸ばした。一口飲んで、もう一度、大きく深呼吸した。必死で平静を装っても、心臓が早鐘のように激しく打ち続けている。
 身体を起こして、恭吾の身体のほうに向き直った。タンクトップから剥き出しになった肩は筋肉でゴツゴツしている。服の上からじゃ分からなかったけど、胸板もすごく厚い。首から上と下で別の人のようだ。
 これまでで一番近くで恭吾の顔を見た。左の眉の中に短い傷がある。ボクシングの試合で切った痕だろうか。瞳の色が少し薄いのも初めて知った。すべすべしてるような口の周りにちゃんとヒゲが生えている。やっぱり男の人なんだな、と思った。
 身体に巻いたタオルの胸元に手を掛けた。そこのわずかな引っ掛かりをはずすだけで、タオルはあたしの身体から滑り落ちてしまう。
「驚いたな。まるで一昔前の映画みたいだ」
「茶化さないで」
 恭吾は薄く笑った。
 彼の手がゆっくりと伸びてきた。あたしの頬に優しく触れて、そのまま髪をかきあげるように耳を覆った。それは一段とゆっくり首筋に降りていって、もう一度、顎の線に沿って頬に戻ってきた。親指が慈しむような優しさであたしの唇に触れた。
 恭吾はジッとあたしの目を覗き込んだ。

 あたしはやがて、静かに目を閉じた。 
 

(「Part-time Lover」第9章より)

 
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それぞれ真奈と由真が村上恭吾に迫る(まったく意味が違いますが……)シーンですが、この比較をすると分かりやすいのではないかと。

真奈の語りは、その大部分が”内面の思考”と”事実”で構成されています。そして、それはおおよそ誰が見てもそう見える形で描写されていて、彼女の主観はそれほど介在していません。自分の内面に関してすら、彼女はひどく自己分析的に(言ってみれば他人事のように)語っています。

一方、由真の語りはほとんど”自分”(自意識と言い換えても可)と、自分の目に映るものの”印象”で構成されています。”事実”についても、由真の解釈が介在しています。

実はこれが同じ一人称でも、真奈が読者に相対してストーリーを語っているのに対して、由真は読者と目線を共有しているという、語り手の立ち位置の違いなのですね。

そして、一般的には由真の視点の置き方のほうがより共感を呼ぶ(真奈の語りはどうしても距離を感じさせる)ということなのではないかと。


これ、一応はわざとやってることでして、それはわたしが書く物語の大半は「Part~」「優しい嘘」以外はどれも)ハードボイルド・ミステリとして書かれていることが理由だったりします。

何故かと言うと、ミステリの語り手は自意識の発露としての語りとは別に、読者に物語の情報を伝える報告者としての側面を持っているからなのですね。もちろん、一人称ならではの「語り手の語彙」というフィルターはかかっているのですが、それでも真奈はできるだけ主観を排した「事実」を述べるミステリ・ノベルの語り手なのです。特に「砕ける月」は主人公である彼女自身の事件ではなく、彼女はどうしても外側から事件を俯瞰する観察者の立場にあるわけで。
そして、これは同時に彼女のキャラクターにもかなり影響を与えている部分があります。
わたしの中では榊原真奈というキャラは「ウダウダと考え込んでばかりいる、割とウェットなひと」なのですが、読み手の方にはずいぶんとクールでドライな印象を与えているようです。まあ、あれだけ自分の内面を他人事のように突き放して語ってれば、そう見られるのもむべなるかな、という感じですけど。
一方で由真の語りが(同じくわたしが書いたにも関わらず)それほど堅苦しく見えないのは、言葉遣いの柔らかさやプロット自体がそれほど難しくないことを差し引いても、ストーリー(の大部分)が彼女に「客観的な状況説明」を求めていないからでして。
あのお話は基本的に「由真の目から見てどう見えるか、由真がどう感じて考えるのか」というプロットになっているので、書き手であるわたしは彼女目線での語りに終始することができたわけです。ですから、もし由真の視点でミステリを書こうとすれば(真奈ほどではないにしても)客観描写の硬さが入ってくるか、あくまでも由真の主観で事件を描写するかという選択を迫られるのです。
ただ、そうであればあまり「他人の事件」は描きにくくなるのですがね……。
 
さて、そんなこんなで自分の文体の分析なんかしてみましたけど、こういう視点の問題というのは他にも掘り下げ甲斐のある創作考のネタだったりしますね。創作をされている方も、そうでない方も、もし小説における視点の問題で何か思うところのある方はぜひご意見をお聞かせ下さい。

 
(またはわたしに「コレについて考察してみろ」という要望を寄せていただいても結構ですよ。 ← さりげなくネタ希望……)