楠板本尊に関するこれまでの記事 4

 

14.

弘安二年の板御本尊に関する記述 1 | 明るい未来へ弟子として生きる

①大聖人の御書に「大曼荼羅」なる語も御書9箇所に記載されています。

しかしながら、「本門の戒壇の本尊」「板本尊」「板曼荼羅」なる表現は使われていません。

従って私自身は、「本門の戒壇の本尊」なる言葉は、大聖人も、日興上人も想定しなかった後付けの造語だったと推定しています。

②日興上人の「御本尊七箇相承」「御本尊三度相伝」の両書とも日蓮大聖人より日興上人に伝えられたとされる書(堀日享上人の判断、富要集1巻)なのですが、「仏滅度後二千二百三十余年の間一閻浮提の内未曾有の大曼荼羅なり」と仰せであり、弘安二年御図顕とされる板本尊に書かれている「仏滅度後二千二百二十余年」とは異なっています。両書とも「本門の戒壇の本尊」「板本尊」「板曼荼羅」の記載はありません。

 

 

15.

弘安二年の板御本尊に関する記述 2 | 明るい未来へ弟子として生きる

「富士一跡門徒存知の事」「五人所破抄」「日興遺誡置文」など、日興上人御筆の古文書にも、「本門の戒壇の本尊」「板本尊」「板曼荼羅」なる表現は使われていません。

重須本門寺の学頭、三位日順上人の「本門心底抄」には「本門の本尊」「本門の戒壇」「一閻浮提の内未曾有の大曼荼羅」との文章はありますが、「板本尊」「戒壇の本尊」の記述は出てきません。
 

 

16.

弘安二年の板御本尊に関する記述 3 | 明るい未来へ弟子として生きる

日道上人の「三師御伝土代」では、年代順に記されているが、弘安二年の項がなく、従って「板本尊」等の記述もありません。また「仏滅度後二千二百三十余年の間」と板本尊の添え書きと違う見解を述べています。

 

 

17.

観心本尊抄文段より『仏滅年紀』 | 明るい未来へ弟子として生きる (ameblo.jp)

弘安二年御図顕とされる「楠板本尊」は、「仏滅後二千二百二十余年」となっており、日寛上人は、「仏滅後二千二百三十余年」を推奨されています。結局、日寛上人御自身は「楠板本尊」が秘蔵の為に真面に見ておられないか、「楠板本尊」の仏滅年紀が変更されているか、のどちらかなのでしょう。

 

 

18.

妙法曼陀羅供養見聞筆記より『仏滅年紀』 | 明るい未来へ弟子として生きる (ameblo.jp)

此処でも日寛上人は「楠板本尊」の御相貌とは、異なる仏滅年紀「仏滅後二千二百三十余年」を主張されています。これは、どういう事なのでしょうか。

 

 

 

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