「日蓮大聖人の出世の本懐」の本意と捉え方 5

 

 

大石寺歴代僧侶の捉え方 4

 

 

大石寺26世 日寛上人の捉え方

 

 

日寛上人(生没1665-1726年)は、日蓮教学の興隆や大石寺の堂塔伽藍建立に尽力し、9世法主の日有上人と共に大石寺中興の祖と仰がれた人物であり、現在の創価学会の授与本尊は、享保5(1720)年作の本師作成の書写本尊です。

 

 

「弘安二年の本門戒壇の御本尊は、究竟中の究竟、本懐の中の本懐なり。既にこれ三大秘法の随一なり。況や一閻浮提総体の本尊なる故なり」(観心本尊抄文段、『日寛上人文段集』452頁、聖教新聞社刊 【漢文】富要集4巻221頁、創価学会発行)正徳5(1715)年6-10月作、祖滅後433年

現代語訳:弘安2年の本門戒壇の御本尊は、究竟(きわめて優れている事物)中の究竟であり、本懐の中の本懐なのです。既にこれは三大秘法の随一です。ましてや一閻浮提総体の本尊であるからです。

本文には「大聖人の出世の本懐」は記載されていませんが、重要文書として掲載しました。この前文で、仏滅年紀「二千二百三十余年」について、色々と理由を述べられて『弘安元年已後究竟の極説なり』と説明されていますが、何故か日寛上人は「楠板曼荼羅」の相貌に書かれているのが「二千二百二十余年」である事を理解されていないのです。

 

 

「問う権実・本迹は是れ常の所談なり、第三の種脱相対の文理如何。答う此れ即ち宗祖出世の本懐・此に於て若し明らかなる則は諸文に迷わざるなり、故に且く一文を引いて其の綱要を示さん、稟権抄三十一に云く『法華経と爾前の経とを引き向えて勝劣浅深を判ずるに当分跨節の事に三の様あり、日蓮が法門は第三の法門なり、世間に粗夢の如く一二を申せば第三をば申さず候』等云云。」(三重秘伝抄、『六巻抄』12-3頁、創価学会発行)享保10(1725)年3月作 祖滅後443年

現代語訳:問います。権実・本迹は通常の話題です。第3の種脱相対の文証及び理証は何でしょうか。答えます。此れはつまり大聖人の出世の本懐であり、此れについて、明らかである規則・を用いれば諸文に迷わないでしょう。だからしばらく一文を引用してその綱要を示しましょう。稟権抄31に『法華経と爾前経とを比較して、教えの勝劣・浅深の判断に当分跨節(当分は「そのまま、そこで」の意、跨節は「節にまたがる様に深く一重立ち入る」の意)を用いると三様の法門があります。日蓮の法門は第三の法門であり、世間の人は粗夢の様に、第一及び第二法門は説明できますが、第三法門ついては説明できないでしょう』等とあります。

日寛上人は、此処で大聖人の出世の本懐が、第三の法門にあると仰せの様です。

 

 

「問う正しく種脱相対の一念三千とは如何。

答う此れ即ち蓮祖出世の本懐・当流深秘の相伝たり、焉ぞ筆頭に顕わすことを得んや、然りと雖も近代他門の章記に窃かに之を引用す、故に遂に之を秘すること能わず」(三重秘伝抄、『六巻抄』55頁)

現代語訳:問います。正しく種脱相対にある一念三千とは何なのでしょうか。

答えます。これは即ち大聖人の出世の本懐であり、当流の深秘の相伝です。どうして筆頭に顕わしているのでしょうか。しかしそれでも、近代他門の章記に密かにこれを引用しています。だからとうとう、これを秘密にすることはできないのです。

他宗でも使用されている「一念三千の法門」が、大聖人出世の本懐と解釈されています。

 

 

「答う教主釈尊の一大事の秘法とは結要付属の正体・蓮祖出世の本懐・三大秘法随一の本門の本尊の御事なり」(文底秘沈抄、『六巻抄』101頁)享保10(1725)年3月作 祖滅後443年

現代語訳:答えます。教主釈尊の一大事の秘法とは結要付属(法華経神力品において、釈尊が本化上行菩薩に妙法蓮華経を付嘱した事をいう)の正体であり、大聖人の出世の本懐は三大秘法随一の本門の本尊の御事なのです。

ここでは、「戒壇本尊」ではなく、広く「本門の本尊」でまとめています。

 

 

「問う又原殿御返事に云く『日蓮聖人出世の本懐・南無妙法蓮華経の教主釈尊・久遠実成如来の絵像は一二書き奉り候えども未だ木像をば誰も造り奉らず候、入道殿御微力を以て形の如く造立し奉らんと思し召し立ち候も御用途も候わず、乃至御力も契給わずんば御子孫の御中に造り給う仁・出来し給うまでは聖人の文字に遊ばしたるを御安置候え』云云、此の文如何、

答う蓮師出世の本懐・前に門徒存知を引くに全唯の両字宛も日月の如し、故に知りぬ一体仏に望みて且く久成の仏像を以て出世の本懐と云うなり、例せば爾前に望みて迹門を本懐と為すが如し、是れ真実の本懐に非ざるなり、学者応に知るべし猶是れ宗門草創の時なり設い信心の輩も未だ是れ一徹ならず、是の故に容預之を誘引し故に事を子孫の中に寄せて意は実に造立を制止するなり、若し強いて是れ本懐と言わば開山曷ぞ之を造立せざるや。」(末法相応抄、『六巻抄』187-8頁)享保10(1725)年作、祖滅後443年

現代語訳:問います。また原殿御返事には『日蓮大聖人の御出世の本懐である南無妙法蓮華経の教主釈尊、久遠実成の如来の画像を、一人・二人がお書きになられた事はあるけれども、いまだ釈尊の木像は、誰も造ってはおられません。入道殿(波木井氏)が「微力ながら釈尊の木像をその形の通りに造立したい」と思い立たれたのを、何の使い道もなく、また御力も(後継に)約束されていなければ、御子孫の御胸中に造られている仁(他に対するいたわる心)が出現されるまでは、大聖人の文字でお書きになられている物(御本尊)を御安置なさい』とあります。この文は何なのでしょうか。

答えます。大聖人の出世の本懐は、前に「富士一跡門徒存知の事」を引用して、(日蓮仏法が)全てを包摂し唯一であるとの二文字を有し、まるで太陽と月の様です。だから知ってください。一体仏と比較して少しの間は、「久成の仏像」を用いて大聖人の出世の本懐と言うのです。例えると、爾前教と比較して迹門を本懐(最終目的)とする様なものです。これは、真実の本懐ではありません。学者が本当に知ってください。なおこれは、宗門の草創の時であり、また信徒も未だ信心一筋になっておらず、だから余裕のある態度でこれを誘い込み、わざと子孫の将来ため(身内の事情)と言い訳して、真の目的は実に造立しようとする事を制止させることです。もしも強いてこれを本懐と言うのであれば、開山日興上人はどうしてこれを造立しなかったのでしょうか。

日寛上人は、「大聖人の出世の本懐」が「仏像造立」ではなかった事を述べておられます。

 

 

「この本尊の功徳、無量無辺にして広大深遠の妙用あり。故に暫くもこの本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱うれば、則ち祈りとして叶わざるなく、罪として滅せざるなく、福として来らざるなく、理として顕れざるなきなり。妙楽の所謂『正境に縁すれば功徳猶多し』とはこれなり。これ則ち蓮師出世の本懐、本門三大秘法の随一、末法下種の正体、行人所修の明鏡なり。故に宗祖云く『此の書は日蓮が身に当る一期の大事なり』等云云。」(観心本尊抄文段上『日寛上人文段集』443頁)享保6(1721)年作、祖滅後439年

現代語訳:この御本尊の功徳は、無量無辺にして広大深遠の妙用(不思議な働き)です。だから少しの間でも、この御本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱えれば、そうすると直に祈りとして叶わない事は無く、罪として滅しない事は無く、福として来ない事は無く、理として顕れない事は無いのです。妙楽大師のいわゆる『正境に縁すれば功徳なお多し』とはこれなのです。これはつまり日蓮大聖人の出世の本懐とは、本門随一の三大秘法であり、末法下種の正体であり、法華行者の修行成果の明鏡になるのです。だから大聖人が言いました『此の書は日蓮が身に当る一期の大事なり』と。

大聖人の出世の本懐を「三大秘法の建立」とした事は、間違いとは思いませんが、視点を「民衆仏法の確立」としなかったのは、教義が重要と思われたからでしょうね。

 

 

「本門の本尊と戒壇と題目の五字となり文。これを本門の三大秘法と名づく。また宗旨の三箇と名づくるなり。これ則ち蓮祖出世の本懐、末法下種の正体なり。故に宗門の奥義此に窮まり、当家の秘事これに過ぐるはなし。」(取要抄文段『日寛上人文段集』588頁、聖教新聞社発行)享保2(1717)年2月作、祖滅後435年

現代語訳:御文を引いて、本門の本尊と戒壇と題目の五字となる文である。。これを本門の三大秘法と名づけます。また宗旨の三箇と名づけます。これ則ち日蓮大聖人の出世の本懐であり、末法下種の正体なのです。故に宗門の奥義はこれで頂点に達し、当家(大石寺)の秘事はこれ以上に超える事は無いのです。

この文章で「楠板本尊」に結びつけなければ、ほぼ、納得します。

 

 

「三大秘法は但蓮祖出世の本懐なるのみに非ず、忝くも釈尊出世の大事、多宝・分身の証明・舌相の本意、本化を召し出すの本意、天台・伝教の内鑑の本意なることを文義分明なり。豈この三大秘法を信ぜざるべけんや。」(取要抄文段『日寛上人文段集』591頁)

現代語訳:三大秘法は単に大聖人の出世の本懐であるだけでありません。ありがたい事に釈尊の出世の大事でもあり、多宝仏・分身仏の証明・広長舌相の本意、本化の菩薩を呼び出した本意、天台・伝教の内鑑(心の内面を鏡に映す様に見る)の本意である事が文義分明なのです。どうしてこの三大秘法を信じないでいられるでしょうか。

弘安2年10月12日に建立されたとされ、「本門戒壇の本尊」と称される「楠板曼荼羅」の図顕を「大聖人の出世の本懐」であると考慮しなくても、文意は理解できます。

 

 

◎日寛上人は、日蓮仏法を深めた人物であり、宗内の評価は高く影響力も強い事は、私も認めます。だからこそ、歴代僧侶は、日寛上人の御文を信じ、信徒にも「無疑日信」である事と、日寛教学への実践を奨めたのです。ところが、当人は「楠板本尊」の相貌や由来を殆ど調査しないで記述されたのは、残念でなりません。下記は拙ブロブの過去の記事ですが、この日寛上人が記述されたこの文書を何度も紹介していますが、法華講の方は、全く読みもせずに、認識もされていません。

 

観心本尊抄文段より『仏滅年紀』 | 明るい未来へ弟子として生きる

https://ameblo.jp/kingdog136/entry-12224289934.html

 

妙法曼陀羅供養見聞筆記より『仏滅年紀』 | 明るい未来へ弟子として生きる

https://ameblo.jp/kingdog136/entry-12225932600.html

 

 

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