テーマ

プレミアム珈琲焙煎士 よもやま話



母は、いつも珈琲を注文していました。


副題:50年経っても変わらない




今では、


すっかり貴重な存在になってしまった

喫茶店。


それも、いわゆる 純喫茶がお好きな

皆さま方 こんにちは。


( 純喫茶の意味がわからない人は 微笑 )

( ネット検索 してみてくださいませ。 )



無類の純喫茶好き、山口珈琲店の

プレミアム珈琲焙煎士 山口耕一です。









私の住む 大阪府堺市にある純喫茶へは、

若い頃から 手当たり次第に訪ねています。


行きつけのお店も多数あります。

それでも、まだ知らなかったお店もあります。


見つけたら。。。。 小躍りして、よろこび!


店の佇まい、しつらえ、店内の様子、

設備品、食器類、そしてもちろん


各種のメニューについて

つぶさに見て 味わって楽しんでいます。




純喫茶に身を置いていると、私はいつも

母のことを思い出します。


私の母は、とても珈琲好きな女性でした。







まだ私が幼い頃、

母は、私を連れて喫茶店に入ると…


いつもきまって

ホットコーヒーを注文していました。


私は、毎回ミックスジュースです。




ストローで、ちゅーちゅーと ジュースを

飲みながら、チラリと横目で、


美味しそうに 珈琲を飲む母の姿を見るのが

私は大好きでした。




しかし、


私のことを とても可愛がってくれた母は、

62歳という若さで亡くなってしまいました。


その頃の私は、まだ 公○員をしていて、

珈琲の世界とは無縁の仕事に就いていました。




ですから、母は、

私が 珈琲焙煎士になったことを知りません。


私の作る珠玉のプレミアム珈琲を。。。。


『 母に飲ませてあげたい。』


『 お母さんに飲んで欲しい。』


と思わない日はありません。




ですが、今となっては母本人に、

直接 何もしてあげられません。


今の私にできる親孝行と言えば…

母の年齢よりも ずっと長生きすること。


そして、母が大好きだった珈琲を


それも、とびきり美味しい珈琲を

母の分まで、生涯 存分に楽しみ、


幸せな人生を謳歌することだと

考えています。




好きで通っていた純喫茶は、

やがて どんどん その姿を消しました。


なにより大切だった母でさえ、

今はもう 此の世にいません。


私は、来世を信じるタイプですが、


今、確実に、はっきりと認識できるのは、

今この瞬間だけです。


今を大切にできるか? どうかが、

次の世につながる鍵だと考えています。




この記事を 読んでくださっている

珈琲がお好きな 皆さま方、


どうか、大切なものを

今、大事に大事になさってください。


自分の好きな物を 存分に愛でて、

悔いの残らないように親孝行して、


今よりもっと人生を愉しん戴ければ

と思います。


ありがとうございました。





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今日も 最後までお読みくださり

誠に ありがとうございます。



山口珈琲店

プレミアム珈琲焙煎士 山口耕一



山口珈琲店のホームページは、

こちらです。


http://www.yamaguchicoffee.com/






※本日の、おまけ

50年経っても変わらない の巻き


今回、初披露しました画像の私は、

おそらく就学前の 4才か 5才頃
だと思います。

そう! つまり、なんと!
50年前の写真ということになります。

新幹線
超特急ひかり号ですよ~( 微笑 )









(母方の)
おじいちゃん、おばあちゃん、
お母さん、と 耕一少年。

母の実家の 山口県に行くところ
なのか?

写真のウラにも アルバムにも
説明は書かれていませんでした。

それにしても、耕一少年

うれしそうな やんちゃそうな
なんて可愛い お顔立ち。(笑)



あれから 50年以上も経って…
今、イタリア製 1200ccのバイク

ドゥカティでサーキットを走る
ような大人になっても、、、、






こんな、変顔をする私は、
基本、何も変わってないのでは?







と、自分の写真を見て
ひとり笑っていました。