スポーツ新聞などで、2月1日になると「プロ野球の正月」と言う報道が出ます。
これはなぜなのか、ご存じだろうか?
日本プロ野球(NPB)の「法律」である「日本プロフェッショナル野球協約」には以下のような条文があります。
第173条 (ポスト・シーズン) 球団又は選手は、毎年12月1日から翌年1月31日までの期間においては、いかなる野球試合又は合同練習あるいは野球指導も行うことはできない。ただし、コミッショナーが特に許可した場合はこの限りでない。なお、選手が球団の命令に基づかず自由意志によって基礎練習を行うことを妨げない。
球団が選手にユニフォームを着せて、練習や試合をさせることができるのは、毎年、2月1日から11月30日までの10か月間、と決められているのです。
テレビの年末年始の番組にプロ野球の現役選手が数多く出演するのは、この期間は選手が球団の管理下を離れて自由に活動できるからです。
もちろん、だからと言って公序良俗に反することをしても良いわけではないけれど。
中には、この2か月間だけマネジメントしてもらうために、芸能事務所と契約する選手もいます。
ただし、条文にあるようにコミッショナーの許可を得れば、ユニフォームを着て試合をすることは可能です。
毎年、12月に台湾で行われる「アジアウィンターリーグ」にNPBの若手選手がユニフォームで参加しているのは、この「例外規定」によるものです。
しかし、選手はこの間もトレーニングをしています。
球団は選手のために球団の練習施設を開放しているが、この期間はユニフォームを着て練習することや、監督やコーチの指導を受けることができません。
この期間のトレーニングは選手が自主的に行うので「自主トレーニング(自主トレ)」といいます。
ただし、今のプロ野球では自主トレについても実質的に球団が「こうしなさい」と指示をしていることも多いです。
ユニフォームを着ることができないので、自主トレの服装は私服です。
新人選手の合同自主トレーニングでは、私服の上からチーム名・背番号・名前の書かれたゼッケンやビブスを着用することが多いです。
そして2月1日になると、昨年以来初めてユニフォームを着て、春季キャンプ地で練習をすることができるのです。
メディアが2月1日を「プロ野球の正月」と言うのは、この年、初めてユニフォームを着る日だからです。
昭和の時代のプロ野球は、優勝できなかった10球団の選手にとっては、日本シリーズの始まりがシーズンオフの始まりのように感じられ、シーズンオフの間に思い切り羽根を伸ばす選手がたくさんいました。
野球評論家の江本孟紀氏は、自身の著書の中で「日本シリーズはほとんどゴルフ場のクラブハウスのテレビで観戦していた。ひがみ根性で見ていた」と語っていました。
あるスター選手は、「11月に家族でヨーロッパに旅立って各地を見物すると、年末年始はハワイで過ごし、帰国すると今度は中国、韓国でグルメ旅行、1月31日に日本に帰ってきます、子どもは学校を休ませます」と言っていました。
また、ゴルフ三昧の選手もいました。
お酒が好きな選手は「毎日宴会です」と言いました。
そして2月1日にキャンプインするときには、ウエストは前年より10㎝も大きくなって、相撲取りみたいな腹で姿を現わしたりしました。
記者から「〇〇部屋」と揶揄されることも多かったです。
ベテランが多いが、そういう選手はキャンプの前半は「体を絞る」ことに専念します。
ランニングから入って「酒の気を抜き」、中盤になってようやく投手はブルペンに立ち、野手は紅白戦に出たものです。
しかしそれは「昔話」になっています。
今のトップ選手には「コーチや監督に言われて練習をする」ような選手はほとんどいません。
オフの間も自分自身でテーマを持ち、独自にトレーニングをしています。
「来季に向けて新しい変化球を2つ習得する」とか「ヘッドスピードを上げる」とか、独自のテーマを掲げて、そのためのトレーニングをしています。
今、日本には先進の計測機器を整備したトレーニング施設がいくつかできているが、そうした施設は12月~1月はプロ野球選手の予約でいっぱいになっています。
そういう施設で「モーションキャプチャー」などの機器で自分のパフォーマンスを計測し、アナリストからバイオメカニクス(生体工学)的なアドバイスを受けて、フォームを改造したり、練習メニューを作ったりする選手もいます。
今の春季キャンプのキャンプインの時に、多くの選手は完全に「臨戦態勢」になっていると言ってもいいです。
だから、今のプロ野球の春季キャンプは「どんどんスケジュールが早くなっている」のです。
昔はキャンプの初旬はランニングやウォームアップ、基礎練習などが中心だったが、今は初日からブルペンで投球練習をする投手もいます。
このところ日本ハムはキャンプ初日に紅白戦をして話題になっているが、どの球団も「やればできる」状態になりつつあります。
従来は、春季キャンプでは「選手をみっちり鍛え上げる」ことを目的にしていたが、今の選手はすでに身体が出来上がっていることが多いので、「投内連携」「サインプレー」などの「チーム全体で練度を上げる練習」がメインになります。
既に選手が仕上がっている今の春季キャンプは、監督やコーチにとっては「野手の各ポジション、打順と先発ローテーション、救援投手陣」を決めることが主な目的になっています。
だから、練習試合、対外試合を少しでも多く組みたいのです。
そこで選手の動きをしっかり見極めることが最重要になって来ます。
かつて春季キャンプは広島県、高知県、福岡県、鹿児島県など主として西日本の多くの地方、一部の球団は海外(巨人はグアム、ヤクルトはアメリカ・ユマなど)で行われていたが、今は沖縄県、宮崎県に集中しています。(一部高知県でもやっている)
それは「できるだけ多くの対戦相手がいるところでキャンプを張りたい」という球団の意向によるところが大きいです。
また沖縄では、石垣島(ロッテ)、久米島(楽天)など離島でもキャンプが行われているが、こうした離島でのキャンプの日程は短くなり、沖縄本島に拠点を移すことが多くなっています。
これも「対戦相手」を求めてのことです。
さらに宮崎県、沖縄県には韓国プロ野球(KBO)や台湾プロ野球(CPBL)の球団もやって来ます。
これも「対戦相手」を増やすうえでメリットがあります。
コロナ禍で一時期、客足が遠のいたが、2022年以降、春季キャンプの人気は、年々高まっています。
春季キャンプの魅力は何といっても「ファンと選手の距離が近い」ことでしょう。
練習施設から移動の途中で、サインに応じる選手もいます。
ただ、あまりにも多くの選手が集まると練習に影響が出るので、球団によっては「選手がサインをする場所」を決めている場合もあります。
また、チーム関連グッズの売店も設けられ、新デザインのレプリカユニフォームやグッズを販売しています。
最近人気なのは「キャンプ限定グッズ」です。
今年、巨人はキャンプのスローガンとして、「笑うアベには福来る、新風の先に笑顔のSeptember」を掲げ、このスローガンをあしらった限定グッズも多く発売されました。
「笑顔のSeptember」とは、阿部慎之助監督の現役時代の入場曲が「September」(Earth, Wind & Fire)だったことにちなんだものです。(英語でSeptemberは9月)
また、沖縄、宮崎の一軍春季キャンプでは、地元名産品やグルメなどの売店がたくさん立ち並び、多くのお客を集めています。
宮崎県、沖縄県のキャンプ施設では、前年の秋からメイングラウンドを使用禁止にして、春季キャンプのためにグラウンド整備をしています。
スポーツ振興課の職員が芝刈りをしたり、整地に精を出したりしています。
地元にとっては、プロ野球の春季キャンプは非常に大きな「観光資源」になっているのです。
3週間から1か月の「春季キャンプ」を経て、プロ野球は「オープン戦」に入ります。
オープン戦は、正式には「春季非公式試合」と言われます。
練習試合と異なり、オープン戦はNPBの審判が派遣され、公式記録員が記録を録り、公式戦と同様の体制で行われます。
またオープン戦の記録はNPBの公式サイトで公開されています。
公式戦は「支配下選手」しか出場できないが、オープン戦は「育成選手」でも出場できます。
三桁の大きな背番号をつけた育成選手が支配下選手に混じって、オープン戦に出てプレーで監督やコーチにアピールして支配下登録を勝ち取ろうと奮闘努力するのです。
このほか、オープン戦が公式戦と異なるルールは、次の通りです。
・試合が中止になっても後日への振り替えはしない
・同点の場合は9回で打ち切り、延長戦なし
・勝利投手の権利は3イニング以上
・セ・リーグ球団のホームゲームでも指名打者を使用可能
ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)が開催される年にも日本を含めた出場国代表チームとNPB球団との試合があったりするが、これらはいずれもNPBのオープン戦としては扱われません。
現在は春季キャンプ期間中である2月下旬からオープン戦が組まれており、序盤である2月はキャンプ地の多い宮崎県、沖縄県の球場で開催されます。
春季キャンプが終了し、3月に入ると各球団の本拠地球場での開催に移行します。
球団によっては、レギュラーシーズンの試合を見る機会が少ないファンのために、巡業のように各地の地方球場で開催する場合もあります。
ただ、レギュラーシーズンでの観客動員数が増えるにつれてオープン戦での収益も各球団の大きな財源になりつつあるため、現在ではNPB全体でオープン戦でも地方開催自体が減少傾向にあります。
キャンプ中などにオープン戦とは別にキャンプ地が近いチーム同士での練習試合が行われることもあります。
試合の趣旨としては概ねオープン戦と同様だが、オープン戦がNPBの管理下で公認野球規則に基づいて開催されるのに対して、練習試合はチーム間の合意のみで開催・運営できるため、9回裏の有無や一度退いた選手の再出場などに関する特別ルールを設けることも可能であり、無料で行われる試合も多いです。
恒例になっている練習試合としては、宮崎県で行われる球春みやざきベースボールゲームズ、高知県での高知プロ野球プレシーズンマッチなどがあります。
近年は近隣でキャンプを行う韓国の球団や、遠征でやってくる台湾の球団、キャンプ地の近くの独立リーグ、社会人野球のチームなどとの練習試合も組まれています。
特異な例としては、2018年3月21日に神宮球場で予定されていたヤクルト―巨人のオープン戦が雨天中止となったため、もともと中止の場合は同じ東京都内にある東京ドームでの練習を予定していた巨人がヤクルトを誘い、「実戦形式の合同練習」と称して東京ドームで非公開で練習試合を行いました。
中止となったオープン戦がヤクルトのホームゲームだったため、この練習試合は巨人は本拠地の東京ドームでありながら三塁側のダッグアウトに入り、選手はアウェーのユニフォームを着用していました。
冬から春へ、プロ野球は春季キャンプからオープン戦へと進み「球春」が加速するのです。