「塗るつけまつげ」事件 - 色彩の商品表示性 | 知財弁護士の本棚

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企業法務を専門とする弁護士です(登録30年目)。特に、知的財産法と国際取引法(英文契約書)を得意としています。

ルネス総合法律事務所 弁護士 木村耕太郎

 先々週のことであるが、日本商標協会の勉強会に参加した。不正競業部会というところに出入りを始めて、かれこれ10年以上か。気心知れたメンバーという感じで、とてもくつろげる(?)。

 毎回、不正競争防止法に関する判例を一つ取り上げてレポーターが報告するのであるが、今回は大阪地裁平成20年10月14日判決がテーマであった(判決へのリンクはこちら )。


 原告商品は「塗るつけまつげ」のコピーでヒットした化粧品(マスカラ)である。容器キャップの銀色と容器本体のワインレッドのツートンカラーに特徴があるという。


 この日の出席者は女性が多かった。そもそも男性には馴染みのない種類の商品であるので、どうやって使うのか?など普段なかなか聞けないことをいろいろ教えてもらった。


 「マラカスとは違うんですか?」と冗談を飛ばしても許してくれるような会合なので気楽である(そういう発言をするのは私だけです。すみません)。


 さて、色彩または色彩の組み合わせが商品表示になりうるかというのは、不正競争防止法の一つの論点である。



 裁判例を見ると、1色のみでは商品表示たりえないとされている。色彩を一私人に独占させることは不当と考えられるからである。裁判例として、オレンジ色であることを特徴とする戸車に関する大阪地裁昭和41629日判決・下民集1756562頁【オレンジ戸車事件】、濃紺色であることを特徴とする家電製品シリーズに関する大阪地裁平成7530日判決・知的裁集272426頁【it'sシリーズ事件】(控訴棄却、大阪高裁平成9327日判決・知的裁集291368頁)がある。


 これに対して、2色以上の組み合わせとなると、商品表示として認められる可能性がある。裁判例として、3色ラインの入ったウェットスーツに関して商品表示性を認めた大阪高裁昭和60528日判決・無体裁集172270頁【ウェットスーツ事件】が有名である。否定例として東京地裁平成18年1月13日判決・判例時報1938号123頁(控訴棄却、知財高裁平成18年9月28日判決・平成18年(ネ)10009号)がある(2色の医薬品カプセル、PTPシート)。


 現在、議論されている「新しいタイプの商標制度」については、「輪郭のない色彩」を商標として保護しようという結論だけ決まっていて、実際、どうやって登録させるのかといった細部は詰められておらず、立法の議論が迷走しているようである。


 2色以上の組み合わせにおいて、輪郭がないということは、ありえないことである。3色ラインのウェットスーツの事例でも輪郭はあった。色彩が純粋に保護されたのではない。


 1色は保護しないなら、「輪郭のない色彩」の商標など机上の空論と思う。


 いや、1色は保護しないと決まったわけではないらしい。例えばエルメスのあの「オレンジ」色を見れば、エルメスだと認識する人は多いと思う。だが、エルメス社にあの色を、たとえば「皮革製品の包装材」について未来永劫、法的に独占使用させてよいか(商標登録できるということは、そういうことである)、となると躊躇してしまう。


 「音」だの「におい」だの、あまりに馬鹿げているので制度はできても実際には登録例はほとんどゼロだろう(日本より先に制度を導入した韓国ではそうなっているらしい)。しかし「色彩」は登録例が出てくるだろうから、変な制度を作ると弊害が大きい。