退院してからは、月に1回程のペースで最初に診断してくれた病院に通って、経過観察を続ける事となりました。
病院の日は父を迎えに行き、病院に付き添い先生の話を聞いて、薬を一緒に待って(これがまた、ひたすら長い
)その間、お昼を2人で食べに行って、薬を貰って帰るといった日常となりました。
)その間、お昼を2人で食べに行って、薬を貰って帰るといった日常となりました。先生曰く、『薬でPSA(癌)の数値を抑えてるけど、再燃と言っていつか薬が効かなくなって、PSAの数値もまた発覚した時のように、徐々に上がって行く時が必ず来るから』と言われていたので、私はその数値に怯え 毎回、採血でのPSAの値を気にしながら、今月も大丈夫だった、来月も大丈夫でありますようにと祈りながら過ごす日々でした。
そんな日常にも慣れ、ある日 父の誕生日
が少し過ぎて子供と一緒にケーキを買って実家に行き、皆でケーキを食べた後、父が不意に血圧計を取りに行き、戻ってきて座った途端に、父が椅子にもたれ掛かり、おでこから大量の汗を出して
ぐったりしだしたんです、
私は何が何だか分からないまま、何度も父を呼んだのですが、しまいには父が大きなイビキをかき始めて、パニックになり、傍にいた母もオロオロです。 私は父の頭を抱きながら大声で母に
『救急車!早く救急車呼んで!』と叫びました。
母も我に返り、救急車に電話で説明してるんだけれど私は焦ってしまい、何度も『早く!早く!』と叫んでいて、焦れったくなってしまい母と交代して電話を代わり、事情を説明してる間、父は、両足をピンと伸ばし、失禁をしてしまっていました。その時には、私は覚悟をしてしまっていました。
程なくして救急車が到着して父に救急隊の方が声を掛けた頃には父の意識が戻り、だけど、その間の記憶が無いようで、『病院行かないよ、行かなくても大丈夫だよ』なんて言っていました。
勿論、病院直行です。
運ばれてく父を子供達はとても不安そうに見ていたのが忘れられません。
病院に着いて、先生から呼ばれた時にはもう、いつもの父に戻っていました!
でも、私は絶対に入院して検査して貰うのだろうと思っていたら、もう帰って良いよと言われ驚いて、『あんな状態になったのに、何で返すんですか?検査して下さい!』と言ったら、どうやら
一過性のもので、検査しても分からないだろう。
良くニュースでもある、お年寄りが運転していて意識が急になくなって、暴走してしまうのがあるけれど、あれと同じで。。と言う説明を受けました。えっ!?これがそうなんだ!
運転中じゃなくて本当に良かったと 後から思うと本当にゾッとしました
その1年前には、運転するのをやめていたので大丈夫なんですが、本当に良かったと思いました。
そして、その日は家に帰り、その後何事もなく過ごしました

でも心配だったので、脳外科に行き血液サラサラの薬を飲むこととなりました。