皆さん、こんばんは、木村たかしです。
これまで、「習志野」という地名の由来は、「習え、篠原」という明治天皇の一言だったと言われて来ました。
その話には物語性があり、多くの市民が親しみを持って受け継いできた歴史でもあります。
ところが最近、新たに刊行された習志野市史では、この説について「確かな史料で裏付けられているわけではない」と紹介され、宮内省の職員が「習志野の原」と名付けることを提案し、その名称が定着したと考えるほうが自然ではないか、という見解が示されました。
歴史を学ぶ面白さは、まさにここにあります。
新しい史料が見つかったり、研究が進んだりすることで、これまで「常識」とされてきたことが見直されることがあります。
それは歴史を否定することではなく、より事実に近づこうとする営みです。
一方で、「習え、篠原」の話が長年語り継がれてきたことにも、大きな意味があると思います。
人は事実だけで歴史を受け継ぐのではなく、物語とともに地域への愛着を育んでいきます。
その物語が地域文化の一部になっていることも、また一つの歴史です。
だからこそ、「どちらが正しいか」という二者択一ではなく、「現在確認できる史料ではこう考えられる」という研究成果を受け止めながら、これまで語り継がれてきた物語にも敬意を払う姿勢が大切なのではないでしょうか。
私たちのまち「習志野」は、明治時代の陸軍演習をきっかけに生まれた名前であり、その由来について今なお研究が続いています。
歴史は揺り動くかもしれません。
そして完成となったわけもないのです。
新しい発見によって少しずつ書き換えられ、未来へ受け継がれていくものです。
今回の市史改訂をきっかけに、多くの市民が「習志野」という名前の由来や、ふるさとの歴史に改めて関心を持つことになれば、それ自体がこの研究の大きな意義なのだと感じています。
