明智城(長山城または明智長山城)
尾根や谷等の自然地形を生かした山城で、明智光秀の出生した城とも言われていますが、それを裏付ける資料は無いようです。
所在地 ・ 岐阜県可児市
城郭構造 ・ 連郭式山城
築城年 ・ 康永元年(1342年)
築城者 ・ 土岐明智二郎頼兼
主な城主 ・ 明智氏
廃城年 ・ 弘冶2年(1556年)
登城日 ・ 平成22年 7月11日(日)
大手門口からの登城します。
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大手門からの登城路は、ハイキングコースとしても整備されていています。
直ぐに大手門の櫓が見えてきましたが、まだまだ道が上に続くようです。この辺から耳元で蚊の羽音が聞こえてくるようになり、頭の上で数匹の蚊が旋回飛行をしているようです。
頭の上を飛び交う蚊と格闘しながら登城していると、突然に、二ノ丸跡の広場が目の前に飛び込んで来ました。
二の丸からの尾根を進んでいると、「明智光秀の生誕地可児市」の幟に案内をされるようにして、明智城本丸跡に到着です。頭の上を飛んでいた蚊も、何時の間にかいなくなっていました。
城址北麓にある天竜寺には、明智光秀の位牌と明智氏歴代の墓所があります。旧暦6月に、光秀公の法要が営まれているそうです。
展望台からは城下が一望できますが、幼少の光秀公もここから城下を眺めていたと、信じてみたいと思います。
西大手口への周遊ルートの下りは上りと違い、滑りやす箇所も多く見られますので、慎重に下山して行きます。
樹木の陰に隠れるようにして、見張り台跡や台所跡があります。
湿気の多い樹林帯の中ですが、虎の尾に似た花等々を見つけることで、一瞬なれども蒸し暑さを忘れていました。
途中で一時は道を間違えてしまいましたが、それでも何とか西大手口に辿りつきました。
明智光秀の生誕地である可児市の明智城でしたが、もう一つの同じ生誕地であるらしい恵那市の明智城へも、今から行ってみたいと思います。
















