新撰組の足跡 (愛知ーⅡ) 平成21年3月28日(土)
先週は調査不足で、新撰組隊士の佐野七五三之助の墓を探し出すことが出来ませんでしたが、今日は事前調査もバッチリと、期待を持って来てみました。
07:59 寺西家の墓地
直ぐには探し出せずに地図を片手にウロウロしていると、住宅街に囲まれた路地裏に佐野七五三之助のルーツである寺西家の墓地がありました。それはまるで、墓のほうから私に近づくようにして見つけることがでました。
佐野七五三之助は、1834年(天保5年)に愛知県蟹江町須成の神職の家に生まれ、尊皇攘夷を志して、30歳で新撰組隊士になりました。そして34歳の時に、隊士の幕臣取立てに抗議して自殺しました。
墓の傍には町のボランティアによる手作りの看板が掲げられ、辞世の句が記されています。 ”二張りの弓引かまじと武士(もののふ)のただ一筋に思い切るなり” と書かれ、佐野七五三之助の真直ぐな生きざまが感じられるようです。
新撰組が一番に光り輝いていたのは、慶応元年六月頃の構成メンバーと思われます。
局長 : 近藤 勇
参謀 : 伊藤甲子太郎
副長 : 土方歳三
勘定方 : 河合耆三郎 他数名
副長助勤 : 一番隊 ・ 沖田総司
二番隊 ・ 永倉新八
三番隊 ・ 斎藤 一
四番隊 ・ 松原忠司
五番隊 ・ 武田観柳斎
六番隊 ・ 井上源三郎
七番隊 ・ 谷 三十郎
八番隊 ・ 藤堂平助
九番隊 ・ 三木三郎
十番隊 ・ 原田佐之助
監察 : 山崎烝、吉村貫一郎 他
伍長 : 20人
平隊士 : 佐野七五三之助 他100人以上
これからも、まだまだ続いて新撰組の足跡と訪ねてみようと思います。




