磐田そぞろ歩記 平成20年11月16日(日)
静岡県の三大カレーは「御殿場カレー」・「焼津のマグロカレー」・「磐田のおもろカレー」ですが、今日はその内の「おもろカレー(磐田カレー)」を食べに、磐田を訪ねてみたいと思います。
05:17 自宅発 雨 外気温14℃
06:25 朝飯 「なか卯 1国矢作店」 とん汁定食 290円
07:24 豊橋市公会堂 ・ 2羽の鷲
何時も夜に通り慣れた道でしたので気がつきませんでしたが、今朝の走行中に気がついて車を止めてみました。豊橋市制25周年を記念して相は6年(1931年)に、鉄筋コンクリート3階建てとして建てられました。ここに建つ2羽の鷲は公会堂建設当時より、ずっと豊橋の豊橋の街を見守り続けてきました。
07:52 浜名バイパス・潮見バイパス 道の駅「潮見坂」
トイレ休憩のだけのつもりでしたが、売店で地元で採れたての新鮮野菜を買いました。100%の安心・安全な品質自慢の美味しそうな野菜です。
09:11 旧赤松家記念館 曇 外気温16℃
赤松則良は勝海舟らと咸臨丸でサンフランシスコへと渡航し、又、日本海軍にも大きな功績を残しました。その後磐田の開拓を目指し、この地に移り住みました。

県文化財の米蔵では、見付天神社所蔵の伊藤虎三郎氏奉納書画展が開催されていましたので、チョットだけ覗いてみました。作者の名前を見ても、無知な私には知らない方々ばかりでしたが、その14幅の書画から山岡鉄舟の名前を見つけたのは非常にビックリでした。
隣の記念館を覗いてみると、そこに飾られた1枚の写真が目につき、それは「幕府派遣のオランダ留学生」の写真に写っている方々でした。前列右から西岡、赤松則良、肥田浜五郎、沢太郎左衛門・後列右から津田真一郎、布施鉱吉郎、榎本武揚、林研海、伊藤玄白等の歴史に名前を残された方々でした。

更に別のもう1枚には、咸臨丸で渡米当時の赤松大三郎(中央)の写真で、左は軍艦組頭取の勝海舟、右は測量班教授方の小野友五郎の写真でした。
更に更に驚いたのは、床の間に掛けられた一幅の掛け軸で、そこに見るのは牡丹の絵の作者として、第13代将軍の徳川家定の正室である天璋院篤姫の義父、島津藩28代藩主島津斉彬直筆の絵でした。感動です!

続いてもう一つ驚いたのは、赤松雅子氏所蔵の静寛院和宮が書かれた御書状(複製品)でした。和宮が岩倉具定(具視の子息)に宛てたもので、第14代将軍徳川家茂に降嫁してわずか、5年で夫に先立たれた和宮が、戦の回避と徳川家の存続を願いしたためた書状です。
中老の硬い頭を酷使してしまいましたので、ノンビリと庭園を見ながら「いわた茶」を美味しく頂きました。凝り固まった頭が少しづつ元の柔らかさに戻っているような気がしています。
10:08 旧見付小学校
明治8年に建てられた現存する日本最古の5層木造洋風小学校校舎です。
教室での授業風景は、昭和24年生まれの私にとっても懐かしさが感じられます。隣の部屋には一般家庭の居間があり、我が家に初めてカーテン付のテレビがきたことが思い出されます。そして2階の片隅にセットされた紙芝居コナーでは、半世紀ぶりに忘れかけていた「ぺスのおんちゃん」の紙芝居を思い出してしまい、当時でもかなりユニークな「ぺスのおんちゃん」でしたが、今の平成20年でも通用しそうな、かなりキャラの強い「ぺスのおんちゃん」だと思います。

10:53 香りの博物館
香りの小部屋では5種類の香りが実感でき、その内の「メロンの香り」と「ソフトクリームの香り」がとっても、お腹のすく香りでした。

特別室では「ピーターラビットの世界と仲間たち」が上映されていて、何か不思議に自分が不思議な世界の主人公になったような気持ちになってきました。
12:15 今日の第一目的でもある磐田カレー(おもろカレー)を、「イタリアン ラ・カンティーナ」を頂きました。主役の「おもろは(豚足)」は骨抜きされ、栄養バランスも考えられた地元野菜と共に、香り豊かに美味しく頂きました。

13:22 食後のスィーツは再度に旧見付小高まで戻って、「やぐち屋」で餡子がたっぷりの大判焼きを買って美味しく頂きました。
14:30 浜名バイパス・塩見バイパス 道の駅「塩見坂」
トイレ休憩の後で良い臭いに誘われて、知っている人には有名な、又、知らない人には全く無名な「浜名湖焼き」を買って食べてみました。食べた感じはお好み焼きですが、具にはたっぷりとシラスが入って美味しく頂きました。もしかして、浜名湖の新しい名物になるかモ。
浜名湖焼き 300円
16:50 自宅着 晴 外気温15℃
今日は、おもろカレーの他にも幕末の歴史を多く学んだ一日となりました 感謝!

















