飛鳥そぞろ歩き 平成20年6月1日 (日)
万葉の里を歩きながら、古代史のロマンに触れてみたいと思います。
05:20自宅発16℃⇒08:20飛鳥歴史公園駐車場着⇒(ウォーキング史跡巡り)⇒11:41昼飯(ASUKA)⇒12:38公園駐車場発⇒石舞台古墳⇒14:12キトラ古墳⇒買い物⇒18:12自宅着21℃
「国営飛鳥歴史公園」の無料駐車場は、朝が早いためか駐車台数が少ない割には空いていて、問題なく停めることができました。
さすがに国営公園だけのこともあり、とにかく広くてきれいな公園ですが、宮内庁の立ち入り禁止の看板がやたらと多く見られます。
第一目標だった「高松塚古墳」は、学術調査の為に全体が高い鉄板で囲われていて立ち入り禁止になっているので、今回は残念ながら諦めることにします。でも、近くに「高松塚壁画館」がありましたので入って見ました。古墳の石室に描かれた壁画を鮮かに再現して展示されています。石室の西壁(奥行き方向)には男子群像・月像・白虎・女子群像や、北壁(間口方向)には玄武が、東壁(奥行き方向)には女子群像・日像・青龍が、そして天井には星縮図が描かれていました。
「文武天皇陵」は人影も無く、ノンビリとした時間が過ごすことができ、高台から眺める景色は古代を連想させるようでした。天皇様に、ニ礼二拍手一礼!
公園を後にして歩いていると、レンタサイクルに乗った観光客が後から前へと通り過ぎて行きます。しばらく歩いていて、左に広場があるので近づいてみると「天武・持統天皇陵」でした。広場から石段をのぼると、又、広場になっていました。天皇様に、二礼二拍手一礼!
田植えをしている田んぼを見ながら歩いていると、不思議な亀に似た「亀石」(国指定史跡)を見つけました。現在は西南方向を向いていますが、言い伝えによると元々は東方向に向いてあり、世の中が乱れるごとに回転して、やがて西方向に向くと一帯が泥海に沈むと言われています。
「亀石」の隣で店を開いている茶店で、「わらびもち」と「くずもち」の看板を見つけました。「くずもち」を頼むと、黒蜜ときな粉の2種類が有りますがどちらにしますかと聞かれましたので、私は黒蜜と返事をしたのですが、家内がきな粉と言ったので店の人は家内の意見の方を優先してしまいました。でも冷たい「くずもち」は以前食べた「わらびもち」よりも固めの食感で、たいへん美味しく頂きました。
両側を田んぼに挟まれた道を行くと、聖徳太子誕生の地らしい「橘寺」に到着しましたので、先に本殿で手を合せて合掌しました。。この時間になると、レンタサイクルやウォーキングの観光客が多くなってきました。境内には、表裏に人面が彫刻された「二面石」があり、北面を善、南面を悪とした「善悪二業一心所造」をあらわしているそうです。
またまた、変わった大きな石を見つけましたので近づいて見ると、「鬼の俎」と道の反対側に「鬼の雪隠」がありました。昔の言い伝えによりますと、鬼が霧で人を道に迷わせ、捕まえてはマナイタで料理をして、セッチンで用を足したと言われているそうです。
家並みの近くに「吉備姫王墓」があり、柵内に4体の石造物が置かれています。4体のうち3体は裏にも顔があり、それが猿に似ていることから「猿石」と呼ばれているそうです。お姫様に、二礼二拍手一礼!
飛鳥駅の方に歩いてくると、お腹が空いた頃に丁度レストラン「ASUKA」を見つけましたので、お昼ご飯を食べに寄ってみました。
注文は、ハンバーグランチをお願いしました。肉汁たっぷりのハンバーグに野菜も多めに付いていて、しかも味噌汁付でしたので、大変美味しく頂きました。会計は私もちですが、それでもご馳走様でした。
飛鳥駅では大勢の観光客が電車から降りて、又、駅前の広場では観光バスからも多くの観光客が降りていました。レンタサイクル店からは、高校生の団体が次々にレンタサイクルで出発して行きました。高校生の多いのは多分思うには、以前放映したテレビ番組の「鹿男あおによし」の影響なのでしょうか?。私の場合は、もろにテレビの影響を受けて単純に飛鳥にやって来ました。
飛鳥歴史公園の駐車場に戻り、「石舞台古墳」に車で向かいます。ところが古墳の無料駐車場が満車になっていて、近くの駐車場は有料なので少しだけ離れた「明日香村役場」の駐車場に無断で停めました。ここで気が付いたのですが、飛鳥地域で駅名も飛鳥ですが、住所は「明日香村」なのです。これは、古代のロマンなのか、それとも現代の神秘なのか、家に帰ってからゆっくりと考えることにします。
「明日香村役場」からは歩いて5分くらいでした。蘇我の馬子の墓といわれる「石舞台古墳」は、既に古墳上部の封土は失われ、巨大な花崗岩の天井石に圧倒されそうです。石室の長さ7.8m、幅約3.4m、高さ4.8mで大小30数個の花崗岩が使われていて、天井に使われている石は重さが、北側が約64t,南側が約77tで、総重量が約2300tもある大規模な古墳だったようです。「石舞台」の名の由来は、見た目の石の形状かららしいです。
飛鳥そぞろ歩きの最後として「キトラ(鬼虎)古墳」にやってきましたが、古墳の入口を囲うようにして建物が建っています。そして建物の外壁に張り紙がしてあり、張り紙には「ここがキトラ古墳」ですと書かれていました。残念ですが、飛鳥のそぞろ歩きはここで次回まで一休みとします。
今日は楽しく古代史のロマンに触れることができました。今日も感謝でス!





























