船舶の会計検査で挙げた実績は農林水産・本省を通じ全国の水産関係当局に
周知・認知される。 長崎県五島列島の小値賀島の漁協ではアワビ・サザエの養殖で成果と実績を上げ、特産物として都市部へ出荷いわゆる地元基幹産業であり、数年をかけ養殖に努めた成果であった。 しかしこれ等漁獲物の密漁被害に対応が図れず、 高速密漁船対策に県・漁協共に頭を痛めていた。
 
 しかし取締りは現行犯逮捕以外無く。 深夜高速を利用し養殖のアワビ・サザエを酸素ボンベ使用し一網打尽、根こそぎ取去り被害額は一夜に数十~百万円単位。
 
 県の単独事業で会計検査は無いが、会計監査はあり私共に相談が寄せられた。
だが高速艇の実績は皆無で対応に逡巡、 しかし県からは船の専門家、要はプロで技術は全て等しくと思われている。 又会計検査での実績は想像以上の信頼を寄せられ着手の運びとなる。  小値賀島には博多から最南端の福江島までのフェリーが就航、出港は深夜12時頃で翌、早朝小値賀島到着。 朝一から漁協会館で打合せが始まるが、海士(アマ)の組合員ほぼ全員40名余り一同に会し話し合うが、彼等には既に要望の船種と造船所があり最初から取り付くひまなし。 計3度伺ったがまるで人民裁判、相手多数聞く耳持たずは、 一夜波に翻弄され寝不足は心身共に疲労の極。
 
 但し 同席立会いの県、町担当者共に彼等の言に承知せずは当然、 要求が当面の取締り対象の相手造船所だった、 速度は九州地域では抜きんでて速いらしい。    
 
 斯様な経緯の中、 凡そ概略規模・漁船登録や設備と共に性能35kt(ノット:64.8km/h)以上を保証させられる。 当時30kt以上は音速の壁の様に立ちはだかっておりキャビテーションの発生は異常振動発生と共にプロペラ折損破壊に繫がる。 競艇やレジャーボートの世界ではガソリンエンジン走行は荷重度低くかつ航続性能は劣り実用性に乏しい。 本艇ディーゼルエンジン(主機関)耐久性に優れているが重量は大きく。 馬力荷重(△ton/PS)は格段の相違。 荷物を背負い山道を登るが如し。
 
 巷間、保安庁・防衛庁等高速艇が32~33ktとされているが最高最適条件下(燃料・付属機器最少で)、公式試運転は機関出力最大限、短時間だが疑わしい。 実用最大速度28~9ktが精々、世界共通の技術的課題。 戦前の戦艦30ktは戦略面が匂い公式試運転以外戦闘状態での航走再現は不可能、 プロペラ研究技術者談。
  
 一方対象の密漁船は操舵室剥き出しの僅か2~3トンの小型船、ガソリン船外機150~200psを2~3機掛け、デッキサイドにポリタンクを並べ正に命懸けの体制。 又ディーゼル機関の場合燃料制御弁の封切り、消耗品として最大出力を利用。 彼等は陸上から望遠鏡で漁協の動静を逐一無線で互いに連絡、対岸には運搬の陸上部隊がトラックで即販売に向かう、 極めて組織的で海上のヤクザ集団。 
時に現場で出会い戦闘状態となる、 敵はサザエやアワビを投げつつ証拠隠滅を諮り逃亡する。 当該の相手場所(基地)等特定出来ているが現行犯が前提、しかも保安庁の船艇は小回りが利かず、速度も遅くまして情報は洩れている。
但し密漁船は闇夜の静穏なコンディシヨンを狙って来る、 ほぼ全船波浪には弱い。
 
 帰社後、 専門の図書や資料収集の上国内や海外の類似の舟艇を同一テーブルに乗せ数値的比較検討するも旧海軍のチャートテーブル(丹羽チャート:丹羽誠一氏 後述)等含め速度は30kt以下。
 
 最早独自な対策と挑戦以外に方法は無かった、 とは言え高速艇は全くのど素人。
通常船舶は排水量型(ヨット)、 高速艇は滑走型(ボート)2種類に分類され異なる。
例えば旋回の場合、前者は外側に、後者は内側に船体(艇体)が傾く傾向がある。
左様に全く異なった性質は新たな技術の習得を迫られ云わば別分野への取組み。
幸い 予算(設計書)は新規枠で真(誠)の取組みが許された事が勇気付く。
 
 滑走とは、翌理論に近く水面を滑る、浮力と違い揚力と捕らえ問題解決の突破口と考えた。 従来の高速艇で用いる馬力係数、排水量係数、速度係数等々を航空機に置換、翼面荷重(Δ/As)、馬力荷重(Δ/ps)、空気抵抗(Da)、海面下の抵抗(Ds)、シャフトブラケットやフロペラシャフト等有害抗力軽減等々独自の思考経路を創る。 特に滑走艇にも係らず「排水量等曲線図」に基いた船形の係数利用は奇異に感じ、重量重心位置は浮力中心と前後関係に注目走行トリム(仰角)に配慮。 
 
 重量重心と揚力(滑走面圧力)中心との前後位置関係は従来の常識を覆す結果となった。 重量重心は「排水量等曲線図」や「重量重心査定」(重査)によらず、ロードセルで2点実測を基本とした。 「一事が万事」重量軽減と重心位置の算定、空気抵抗対策に尽きる戦いであった、無論 徹夜で孤独な侘しい苦闘の日々。
因みに 本艇の空気抵抗 35ノット走行時 約2トン、抗力は速度の2乗に比例する。
 
 当時 西区の福岡市ヨットハーバーにクルーザーを所有、 整備業者のNさんは業界に詳しく広島の新進ボートデザイナーMさんを紹介される。 後日広島駅付近の喫茶店で打合せ、彼はバイクにヘルメット姿だったが4~50cmのボート模型を大事そうに持参し現れた。 「レジャーボート・ワンオフ艇」や「競艇ボート」等々を手懸ける個人デザイナー、資料からセンスは流石を思わせる。 サーフェス・プロペラ推進方式を推奨されるが以前ナカシマプロペラ(メーカー)に断られた経緯を聞き据え置く。
当方 起案の仕様内容、船体の規模や概要、目的の性能面を伝えデザインを依頼。 いわゆるデザインで機能・性能面は設計と共に私の所掌、一切の責を負う。
 
 問題は船体重量、FRPは重量強度共に高度な技術を駆使しても限界を感じる。
実験で高速艇権威の丹羽誠一氏(丹羽チャート:海軍係数作成者)と「東レ」
26フィートCFRP(炭素繊維複合材)実験艇の例が有り、「東レ」にコンタクトし協力を仰ぐ事とした。 JCI(小型船舶検査機構)ではFRPでの構造基準、CFRP使用に
東京本部承認前提で使用可を確認。 FRP等価の積層構成で計画し構造を決定。
 
 実際 船首船底補強部の最大肉厚4㎜はアルミ構造をも凌ぎ、CFRP製の軽量化と共に剛性は一段と高まり性能面では欠かせない材料となる。 以後CFRPは高速性能と共に国内他社を寄せ付けなかった。 計算が多少複雑な複合則による為と、割高な材料費も合わせ普及を拒み、日本及び世界でも福岡航研のみの実績だった。
 
 何事も新規に取組む場合、従来方式・手法を勘案しつつ周辺技術や全く別分野での類似な現象・事物を視野に検討が常道 「岡目八目」が時に幸運を呼ぶ。  
 
結果 総トン数9.7、 L(全長)13M、B(幅)3.48M、D(深さ)1.55M、主機関350ps2機        
    船型 ボート型ディープVストライプ付、 船体構造 カーボンファイバー製                    
以上の資料と「設計書」予算規模4千数百万円を携え、報告と承認伺いに漁協を
訪ねた。 組合長曰く この玄界灘でボート型とはとんでもない無いと拒否の姿勢。
しかし35ノット達成には必要かつ絶対の条件を主張。 確かに玄界灘は波が荒い
ご尤も乍ら、密漁船調査結果は波浪中の高速走行困難を説明、乗船予定の船長の理解と説得に渋々了解は半日余りの喧々諤々。 私もこれ以上の対応策無く
拒否の場合引下る決意、以前「袋叩き」の経緯も想定し腹を決めていた。                                                                      
             
 入札は福岡、長崎2社、熊本、山口計5社の造船所ガチの勝負、以前造船所からの上から目線は無く、設計の重要性は船速を競う時代を迎え懸命になっていた。   
本艇は 完成の暁、新技術獲得と国内屈指の高速艇建造は各社必死の戦い。
           
 入札結果、熊本・天草の「南海造船」(当時:キャタピラー子会社)に決定、施工監理で一番遠方に通う事となる。 同社の木型は親子の船大工、仕上げは抜群最高の出来だった。 CFRP積層作業は「東レ」K氏を大阪から来て頂き指導を仰ぐ。
FRPに較べ肉厚が薄く、接合部や交接の箇所は従来とは違った技術的配慮と細工等図面に記せず詳細部分は力学的力の分散させるべく事細かに説明、本艇が特別な配慮を要する旨を指導と共にお願いする。
 
 例えば薄い船底含め外板に対して隔壁はせん断力云わば包丁の作用が働き
外板にダメージを与える。 従ってそのコーナ部には捨て張りと大きくRを成すべく「バルーンパテ」で埋め更にオーバーレイ(積層)を施し隔壁の力を船底に分散(線から面)して加わる様構造的配慮は通常船より倍する施工の必要が有る。 高速走行はパンティング(衝撃)圧力が速度に対して2乗倍の強さで加わり本艇の場合回数も格段に増す。 即ち補強の内部構造材が外板には外力を加える如くに作用する。 
 
 一方外板は船底含め全てハイブリッドCFRPで構成、 積層のガラス繊維をコアにCF繊維でサンドイッチ(挟む)してポリエステル樹脂を塗りローラーでシゴキ空気抜きと余分な樹脂を取り除く。 工作が不充分な場合上記の外力に耐えられず、疲労劣化から層間剥離を起こし強度は絶たれ、やがて破壊(事故・沈没)に繋がる。
 
 重量管理では主機関を始め搭載機器はバッテリー等全て計量後に搭載、斯様な手間と作業を負担をお願いしたが、 造船所上げて最大限の努力に感謝。
後年、 陣頭指揮の謹厳実直な工場長、定年退職後私共に参加頂く次第となった
 
 進水当時遅れて到着の私に、造船所設計責任者が最初に「これは違う」と口走る。
浮いた瞬間、 過去経験者のみ気付く浮きなりと軽さが一目りょう然感付く程の違い。 
 
 やがて機関始動時力強い排気音は船体硬さも有り鋼船に近い響きを聞かせる。
速度計測のコースを徐行運転で慣らし運転数回、 コース脇には全員見守る姿。
そして、計測スタート地点を遥かに超えた先より加速しコース進入、 これまで
未経験の速度に瞬間目の前をよぎるが如くに去って行った、成功を確信した瞬間。
速度試験は海流や風を相殺すべくコースを往復、平均の時間から速度を計算する。
結果は38kt(ノット: 70.3km/h)、 JCI検査官同乗「公式記録」はディーゼル機関では
日本最高速の記録を樹立、 而も「CFRP製」船体は世界初の実用艇誕生となった。      
   イメージ 1 
 
       速度計測コース(運河)上での「公式試運転中」の取締艇
     (背景の景色が流れている様子が高速性能を実感させてくれる)
 
 納艇先の漁協では組合長を始め島民全員から祝福と共に感謝され、 当初の責めや苦しみも全て払拭。 以後同艇の威力は「密漁船団」を寄せ付けなくなった。
しかし、無謀な挑戦は偶然な経験の積重ねが良い方向に導き、更なる苦行を呼ぶ。      
 
 そして私も高速艇の専門家として「デビュー?」は素人から一気に駆け上がった。
 
              着手の経緯 苦渋の選択、新たな挑戦