ドイツ船の設計、私にとりドイツは最早懐かしい響きを伴う。
G.L.(ジャーマニッシュ ロイド)の事務所は神戸山の手マンションの一室、ドイツ人のオルロートさんが待っていた。 事務所開設以来6ヶ月、始めて仕事上の来客らしい、ドイツ語での挨拶や会話も彼には懐かしそう。 早速 GL船級協会のルールブック(英文)とSBG(エスベーゲー・ドイツ国内細則)を手渡され鹿児島ドックから託された資料を基に本題に入る、 しかし資料は「主要寸法」と簡単な「中央横断面図」に「英文仕様書」のみ、肝心な「船体線図」がないのだった。
従って、計算のLs(スカントリング・レングス)が算出できず、打合せは一般論。 いきなり彼曰く、 折角だから私の言う通りにしろ、間違いなく良い結果が出る! ドイツ人らしい言質、 一様にドイツ人気質は一度切り出したら絶対に引かない国民性。 確かに此れまでの経験から、構造細部では相当異なり感心する事多く、発想の自由度は高く、常々機械やクレーン、航空機で経験の設計・計算の思想に近く納得出来る。
当該船(8,000GT)ノーブラケット、ベールキャパシティ(船倉容積)最大限確保の為。
船は基本ラーメン構造、ビーム(甲板梁)、フレーム(船側肋骨)とボトム(船底)で構成の矩形断面。 ビーム・フレーム・ボトム、その接合部には補強のブラケットがこれまでの常識。 進化しているがコーナー部では無限の負荷が予想され処理が技術。
又ラーメン構造は土木・建築で多用し高層ビルは多層ラーメンとなる。 しかし船舶は波浪や波により常にヒール(前後・左右傾斜)が伴い、ボトム(船底)フレーム(肋骨)に海水圧、ホールド(艙内)やビーム(甲板梁)には積載荷重の分布、つまり傾斜分布荷重となり建物の等分布荷重とは相違し多少複雑化している。
SBG規定の振動や騒音の項目が「鹿児島ドツク」成功以降に問題が多発。 国内市場不況もあり各社ヨーロッパ特にドイツ船に営業展開、果たして振動騒音の技術的課題の解決ならずキャンセルが続出、宇品造船・金輪ドック・波止浜造船・旭洋造船(航研開業初期世話になった)等々7~8社倒産の憂き目になった。 西欧の船舶は一様に船員居住区の快適性は厳しい。
かって国内船で振動や騒音は問題視する事無く、各社初めて直面する経験で、
より強固に構造を決定、つまり剛性を高める方向で対処、主機関の起振力やプロペラの振動はモロに上部構造(居住区)に伝わり解決不能となり最悪(各社倒産)の結果となった。
私が当初オルロートの、私の云う通りにしろ、実は柔構造の発想だった。 船の喫水下の海水は附加水として振動を吸収の需要な役割を果す、その利用は当然。 彼とはラーメン構成の適合した式を打合せ、直接応力からフレーム等の部材決定。
ルールブック算出(工学的経験式)に較べ当然アウトのケースも有るが彼等には通用するのだ。 直接応力計算に当たり、船体フレームの許容応力に加え断面二次モーメントを限度ギリギリに留めるのがコツだった。 いわゆる船体喫水以下の海水は附加水として振動吸収の重要な役目を果たし、 従って船側のフレームの剛性を最低限(柔構造)にし機関の振動を水中に逃がして上部への伝達を軽減させた。 起振力(振動源)は推進のスクリュウから船尾船底の振動も解決策が、 構造の形態は出来る限り非対称を基本に、相互干渉して増幅と為らぬ様に振動の分散に努めた。
かってゼロ戦の開発当初、フラッター(異常振動)から空中分解を起こしパイロットを失った。 結果操縦系統のロッドの剛性を弱め振動を吸収(バランスウエイトも装着)させてフラッターを解消し、やがて名機の誕生となった。
試運転は造船所から請われ立会い、別のドイツ人だったが鹿児島湾内で往復し試運転中、ドイツ人検査員と検査課長やスタッフ数名が居住区各部屋で振動計を壁や床・天井に当て、騒音計マイクをあらゆる方向に向け計測。 結果、その場でドイツ人親指を立てアレス・グート(完璧)、船内歓声に沸いた、会社上げて心配事だった。
かって造船設計を始めて以来疑問ながら、海運局やNK(日本海事協会)に従っていたがGL船で応力レベルでの技術論で初めて溜飲を下げた思い。 後発の「鹿児島ドック」建造の成功は、その後国内各社に等しく波及し隈なくドイツや欧州への営業に拍車が掛かり、 受注建造に挑んだものの、 その後ほぼ全社ことごとく検査(振動・騒音問題)をクリア出来ずキャンセルとなり、 軒並み全社が倒産の憂き目に。
各社、後発無名「鹿児島ドック」の建造成功が油断に繋がったと今も確信している。
福岡造船とはその頃は齟齬が有り一時期疎遠になっていましたが、 受注のGL船級貨物船の設計を呉の西日本設計(IHI資本)や長崎の西日本設計(長崎・三菱傘下)等々有力大手設計事務所に依頼するものの、 GL船の実績が無くしかも難解でクリアー(特に振動・騒音の構造的対策)が困難である点で設計を相次ぎ断られていた。 挙句にH部長が自ら再三訪ね来られ、一方過去教授頂いた義理も有り設計に応じる事に。 結果 日本国内では私が設計した2社(福岡造船、鹿児島ドック)のみがGL船の実績となった。 オルロート(GL駐日検査官)から受けた数時間のレクチュアーが全てに幸いしたものと感謝(幸運だった)。
三菱が近年受注のドイツ豪華旅客船(GL船)が予定の1年余り遅れこの4月(H29)2隻目を完成し引渡しを終えたが、晴れやかな船出とは行かず静かに長崎を去った。
受注金額は2隻で1.000億円に対して、関連損失は1.872億円、 クリスタルハーモニー(最初の豪華旅客船で㈲福岡航研・コンサル引受)や飛鳥(アスカ)の建造実績はあるが、基本設計から手掛けた経験は無く、GL船の落とし穴にはまり、三菱経営の根幹を揺るがしており旅客船事業の撤退が囁かれ、三菱・長崎の縮小も検討の模様。
愚息(長男)が福岡市内で建築内装関係を生業としており、 奇しくも当該船の応援に加わり工事に半年以上に渡る苦闘の姿を見ていた。 矢張り以前にGL船で建造の造船所全ての倒産が思い浮かぶ。
以前長崎県庁商工課の仲介で三菱・長崎研究部門からFEMナストラン(構造解析システム)応用での協力を頼まれていたご縁有り、何んとか成らぬかと私も悩んだ。
約1年後、 「鹿児島ドック」より499トン型(実質2,000GT)RORO船を同じくGL船。
この船は上部構造が甲板上の台にクッションゴムを介してに乗っかった構造。
ドイツ気質に慨嘆、 コンサルタントの云わばアイデア程度の資料。 詳細は全て
こちらで検討に委ねる極めて無責任とも思える形式。 配線や配管も一度船体甲板下と甲板上操舵室や居住区(ハウス)と縁が切れ防水対策も新たな試みを要し、 ゴムの硬度等メーカー相手に個々な打合せと計算が伴い、 又随所に新しい試みが為され其れなり苦労した設計の作業。
可笑しかったのが、 試運転出航で主機関始動のスイッチを押せども反応がない。 操舵室に不安な空気が漂い計器見れば判る筈だが、 機関室の試運転要員に電話、主電源等確認し始動を迫った所。 機関制御室から動いてまぁ~すと答えがかえってきた、 防振対策が完璧に機能していたのだ。 主機関を始め補機、ポンプ類全て防振ゴムが施され、 ファンネル(煙突)も構造上、 居住区とは切り離して防振。 従って操舵室では一切の音や振動が伝わらず機関始動も気付かなかった。 以上は、 設計課長から聞いた話で私も立ち会いたかったと悔やんだ。
今回初めて、船級協会と接し二つの事が判り、 新たな手法の展開が見通せた。 図らずも、今回拙くも語学に道が拓け助けられた訳だった。 まず検査官対応と判断能力(所掌範囲の制約?)の違い。 現在年数も経て詳しく知らないが。当時 海運局検査官が造船所に到着するや所内の空気は一変する、 まるでお上の如き存在。
鋼製船舶構造基準に到っては条文が「テニヲハ」の世界、 以前記述の構造算式は経験式。 しかし算式により求められた数値は絶対不可侵に付き容赦なく切捨てられる。 実際の荷重は分布し応力も相応な変化があり局部補強のみで解消する。 経験式は簡便なだけに、全て一様にあらゆる想定を加味し安全率も高く設定。 よって重量管理に於いて非常に不利かつ不経済となっていた。
もう一点、 彼等に疑問の点は次々問い掛けが可能なのだ、一見当り前の事だが従前(海運局・検査官)ウッカリ滑ると、感情的にも取替えし付かなくなり、 恐れ多き存在であった。 以後、 クラス(外国・船級協会:検査機関)での打合せは検査では無く照合の作業。 ルールブックは脇に置き応力レベルの話に終始。 尤も船級協会夫々数値は多少異なり単位もN(ニュートン)つまり重力単位での扱いとなる。
更に、強度計算では荷重(負荷)の算定が90%以上を占めるといっても過言では無い。 スペック(仕様書)からローディング・コンディション(積載要領)で該当箇所の数値を求め、板厚や部材を決定する。 クラスの打合せは最早アプローバル(建造許可)取得の為、 準備資料を提示し当方の疑問の箇所をピックアップし相談の上判断を仰ぐ。 其れなりに相当の裏付けと準備怠り無くは当然、 検査は製造物への最終責任に帰さず、 全て造船所の責任つまり設計当事者、私の責任である。
晴れて数万トンの船も1日でアプローバル獲得は、 造船界歴史は有れども有史以来の
快挙といえる。 各外国クラス全てで同等の扱いを受けた次第。 依って、 設計に時間の余裕と造船所は鋼材の発注が可能となり経済的効果は時間と共に利益を生む。 鋼材は厚さは0.5ミリ単位、幅・長さで夫々製鉄所に注文、 しかして製造工程にもゆとりが生まれた。
残念乍ら、相当する売上げ反映させる手段に欠け、仕事の確保に留まったのは。
当時、 コンサルタント業務の評価定まらず、自己評価売出しに欠けていたと反省。