ダサいという言葉を単純変換してみても、「ダサい、ださい、ダサイ」。

その文字もダサい。



ダサいとは生々しい象徴でもあり、物事やその人がありのまま自分を内から表現した現れ。

そんな私もダサいままで生きたい。ありのままで。

私は無類の靴好きだ。

洋服も去ることながら、靴を見ている方が幸せな気分になる。

靴は私を凛とさせてくれるし、時にはどこかへ飛んでいけそうな程軽い気分にさせてくれたり、

落ち込んでいる気分の時は、異様に靴が重く感じで足取りも重くなったり。

靴を買うときは大体一目で恋に落ちる。

くぎ付けになって、もうそこからしばらく離れられないのである。

ここで、買ってあげなかったら、もう一生めぐり会えないかもしれない。

靴なんてそんなものだ。

その場では一旦考え直して、後に考えに考えてそのお店に戻ってきても、

また会える保証なんてない。会えてもサイズがなかったり、趣味の悪い色違いだけが残っていたり。

そこまでの縁だってこと、それほどほれ込んでなかったってこと。

そう思うことにしている。男女の縁もそんなもんだったりする。

高い靴のクオリティの高さは様々凝った技巧と共に目を見張るものがある。

そして職人の技術や素材の品質がやはり値段に反映される。

日本は靴が高いし、やはり高い靴=いい靴になりがちである。でもそれだけ価値のあるものも多く存在する。

でも、高い=いい靴とは限らない。

スペインの出店で出会った1000円くらいの手作りの革の編み上げサンダルも、

今でも充分第一線に出て活躍しているし、

こちらの安い靴店の片隅に紛れ込んで私に発見されるのを待っていたピンクとミドリのストラップつきのミュールも

日本では考えられないくらい安いお値段だけど、立派に靴ズレ知らずで小回りのきく有り難い代物。

ようく考えると今まで日本から遊びに来たギャル達はみんな靴を最低2足は買って帰っていく。

あの子達(靴)はちゃんと日本で活躍しているのだろうか。

シンガポールって隠れ靴天国って思っている私だけど、

何が悲しいって、冬用の靴が見られないこと。

冬の靴を楽しむのは随分先になりそうだけど、いまいる私の子供達(靴)を沢山かわいがってあげましょう。

Music Circulation

Zakir Hussain - Table Beat Science - Bill Laswell - Pharaoh Sanders - 近藤等則(トランペッター)

昨日、静香ちゃんに教えてもらったZakir Hussainのグループ、Table Beat Scienceを聴こうとYou Tubeで調べていたら、

自然と上のように繋がっていった。


インド古典音楽が日本のフュージョン奏者との共演に繋がる偶然性。

不思議だ。偶然じゃなくて、当然のことかもしれない。

Pharaoh Sandersと共演をYouTubeで拝見できるなんて、ステキすぎる。

近藤等則さんには一度会ったことがあって、また、2001年にダライラマ14世の提唱で近藤さんが中心となって広島宮島で開催された「世界聖なる音楽祭」を思い出す。

Bill Laswellと近藤さんの共演を始めて見た日だ。


安藤忠雄氏が設計した厳島神社を正面として海に浮かぶステージは潮の満ち引きによって、

完全にその瞬間だけの、他にどこにもないような神秘的な空間を作り出していた。


あの音楽祭、今考えると、出演陣のレベルの高さにがすごかった。

今聞いたら、私、失神寸前かもしれない。


あのフェスティバルにもう一度行きたい。楽しかったなー。

音楽のみならず、厳島神社のあなご飯に、なぜあんなに旨いのか!?広島風お好み焼き。ほうばり隊の旅。

ま、とにかく、なんか収穫があったような気になる一日だった。