ある方に

「あなたと絡むようになってから私の運気が上がった」と言われた。


そして他の私を通してあることを進行している人にも

「君はLUCKY CHARM(運気の上がるお守り)だ」と言われた。


今までも男女関係なく冗談交じりのアゲマン発言はされたことがあったけど、
今年は自分自身も良い気流の中にいる気がするので、それを周りにいる大事な人たちに運べたのだとしたら嬉しい。


今年はいろんな人にいろんな言葉をいただいて、
予想外のコメントに目を丸くしてしまうときもあれば、
自己評価以上のお言葉をいただいて、謙遜してしまったりしている。


去年起こった何かがまた今年も同じく起こるのだとすれば、
今年は違う結果を導くだろうと予感がする。


でもあれはあれ、これはこれ。


そういう自分自身の内部や取り巻く外部の気流の風向きに左右されたり揉まれたりしながら、
生きてかなきゃいけないんだからしょうがない。
毎日突風で前に進めない嵐の日があって当たり前。傘が壊れてずぶ濡れになっておこう。


でもね、
「思い込み」ってあまりいい意味では使われないけど、
初段階では不確かな思い込みも、強い願いと真意が伴えば、
いつか自信という輝きのみなぎった真実になる。(場合がある。)


と私は想う。


そして、今まで見えなかったモノや人が見えてきて、目を擦れば、

いかに視界が狭かったのかと自分の愚かさを思い知る。


現時点で見えてきたもの。

遅すぎるかもしれないけど私はみんなに感謝を送りたい。
感謝と共に現在の私の上昇気流をおすそ分けできれば。


さきほど、友達からはじめに書いた言葉をいただいて、
私はすっかり有頂天になり、心がふわーっと桜色になったので、
この気持ちもおすそわけ。

悲しくならぬよう、

ふっと蓋を閉じて、目を閉じて、

深い深い霧の下に

広がる海に心を馳せる。

海岸に佇む洞窟の奥のそのもっと奥、

ひゅるりの湿った風が流れたら、

匂いをかいで、仰いで触れる

その感触を頭に焼き付ける。

目を開けて、空を見上げる。

雲がちぎれた合間に見える星に、

誰よりも近いと確信して、

空を仰ぐ。

花びら落ちる、正直になる。

覆った、枳殻の花びらがポロリと落ちて、

ひらひらと、はらはらと、

一度そよいでは、音を立てぬようさやりと落ちる。


そのそよいでる様は、残波の躊躇いのように、

最後の精一杯の踏ん張り、

盛り上がっては、誰にも見られぬままそろりと消える。

落ちた花びらは朽ち果てて、

新しい芽が眩しそうに顔出をす。

与えた命の水。

それがどれだけみずみずしいのか

ここに来て私はすっかり感心する。