人のせいにはしたくないと日々思いながら生活していますが、気がつくとあの人はああいう人だから仕方がないとか、知らないうちに結果的にはその人を非難していたり、他人のせいにしていることがいかに多いかと自分自身を見つめながら反省させられます。
そして、結果的にあの人はああいう人だから性格を変えることは出来ないとか、気難しい人だ変わった人だなどと言って、無意識のうちに自分は悪くない、あの人が悪いのだと知らず知らずのうちにせめてしまう事が、多々あるように感じます。
信仰を持ってから、その人の家族が変わった、周りの人が変わったということを良く聞きます。それは、目の前の人が変わったことには間違いありませんが、それ以上に目の前の人に接する「私」自身が大きく変わったからではないかと思わされます。
原因と結果には深いつながりがあるように、主体(原因)が変われば対象(相手)が変わる。つまり、私が変われば目の前の相手が変わるということですね!
信仰生活において大切なのは、感謝と悔い改めと言われます。悔い改めというのは、人のせいではなく、何が起きても私の足らなさを素直に認めることとも言えるのではないでしょうか。しかし、その悔い改めが簡単でなく、私はそれほど悪くないと言い訳をしたくなるのが、私たちです。
私が信じる統一教の文先生は、ありとあらゆる人の心を変え、時には最もネガティブな牢獄の囚人の心までも、ありとあらゆる人の心を変えてこられました。先生は、どんな人でも30分あれば友達になることができる、反対する人、どんな人の心をも溶かすことのできる様な心の持ち主であるようです。
どんな時にも謙虚な心を持って、私が変われば相手が変わる。相手が変わらないのは私が足りないから、そう謙虚な姿勢でいるならば、多くの人の心を変えることのできる「私」になりうると考えさせられた今日一日でした。
天運を頂きました!
写真は渋谷のディズニーストア。
2月度、真にお疲れさまでした。
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KY(感謝と喜び)一杯な一日でありますように!
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