歌野晶午さんのブードゥー・チャイルドを読みました。

 

 

あらすじは割愛するとして、

ひとが死ぬわけなのですが、

どうしても、それ死ぬ必要あったかという

釈然としない気持ちを引きずったまま、

最後まで読み終えた。そんな感じでした。

 

あと、主要な登場人物である血縁のない兄妹にも、

今ひとつ感情移入できませんでした。

 

歌野晶午さんといえば、

「葉桜の季節に君を想うということ」

 

 

 

読んだのが数年前なので、

記憶力が残念な仕上がりのぼくですから、

当然、まったく内容を覚えておりません。

 

しかし、本屋さんで本を手にとり、

タイトルが目に入った瞬間、

なんと素敵な言葉の並び、

声をひそめて言葉を追ったときの心地よい響きは、

今でもはっきりと覚えています。

 

男は黙ってタイトル買い。

 

そして、読み終えたときの、してやられた感は、

ぼくの読書歴のなかでも、一番だったかも。

 

まあ、内容をまったく覚えていませんし、

ブログを書く前にAmazonレビューを覗いてみましたが、

そこまで芳しいとは言えない模様。

 

大衆迎合、長い物には巻かれろ気質のぼくですから、

強くはお薦めしません。読みたければ読めば。

そういうことにしておきます。

 

満開の季節、桜木のしたで開かれる宴。

酔客に混じって、ふと空を仰いだぼくの目に映るのは、

いつだって花びらを隠し終えた葉桜のすがた。

 

皆で楽しく騒いでいるときに、

ふと物思いにふける表情を

婦女子のパンチラのごとくチラつかせ、

女心をざわざわと騒がせる男、

ぼくは大嫌いです。

 

そういうあざとい技を使う男は、全員漏れなく性病。

そう思っていいでしょう。

絶対に、近づいてはいけません。

 

酒に吞まれてパンツを脱いではしゃぐ男のなかにこそ、

真心は宿る。

葉桜に見立てたあなたの手で、

優しくそっと隠してあげてください。

 

「葉桜の季節に君を想うということ」

これが、ぼくなりの解釈です。

8年前、ぼくが住んでいた二条城が燃えました。

1年後、引っ越し祝いにともらったこの時計、

壊れてしまいました。

 

最近ご無沙汰していますが、友人である隊長が

わざわざ選んでプレゼントしてくれた時計です。

もちろん、望外な愛着があります。

 

さらに偶然にも、これまた最近PCを替えたとき、

ハードディスクを整理していて見つけたこの動画。

 

当時35歳のぼくが、本当に嬉しそうに、そして、

愛おしそうに贈られた時計を扱う姿を再見して、

ますます後ろ髪を引かれること、ひとしお。

 

新しい時計を買うという選択肢を、

モノと、そして、ひとの思いを何より大切にするぼくが、

選べるわけがありません。

 

当たり前です。

 

深い意味はありませんが、たまたま通りがかった

街の時計屋さんに入りました。

 

新しく買った時計は、電波で勝手に時刻を修正してくれるし、

部屋を暗くすると秒針が勝手に止まる当世風ハイテク仕様です。

 

これで心置きなく、役に立たなくなった粗大ごみを

捨てることができます。

 

当たり前です。

 

世の中はたえず変わっていきます。

過去を懐かしむあまり、必要な変化を受け入れることのできない

柔軟性のないひと、ぼくは嫌いです。

 

たまには、色のある話を書かせてください。

 

先日、友人夫婦とお酒を飲みに行きました。

夫婦共々、大学の同窓ですから、

もちろん、気兼ねなど無用です。

 

待ち合わせ場所に、時間通りに到着。

人ごみのなかにふたりの顔を見つけ、

近づいていくと、ぼくが本日の人数として

把握していない女性が、ひとり混じっておりました。

 

失礼にならない程度に顔を近づけ、

失礼の限りを尽くして、

顔→推定スリーサイズ→足首のキメの細かさを、

目視のみで全身くまなく、厳密なる審査を実施。

 

顔にほのかな見覚えを感じたので、

「おめでとう、合格です」

のニュアンスを込めて、

 

「以前にお会いしたことありますね」

 

一分の隙もない再会のあいさつに、

熟練の作り笑いを添える。

 

「はい、二度ほど」

 

本当にあるかなしかの記憶でしたから、

最初のギャンブル成功と言っていいでしょう。

 

翻って、友人夫婦には最小の省エネでやりとりで済ませ、

予約した店に歩いて移動を始めました。

 

この時点で、当然友人夫婦は、

ぼくのなかでは存在しないものとなり果てますから、

道すがら、くだんの女性と肩を並べて話を弾ませることに、

持てる力をすべて傾けることとなりました。

 

少し違和感を覚えたのが、このぼく好みの女性に、

以前会ったことがあるにもかかわらず、

ぼくの知ってるぼくなら、

間違いなく空腹のブラックバスがエサに食いつくがごとく、

見苦しいくらい彼女に気に入られようとしたはずなのに、

その界隈のもみ消すべき記憶がまったくない点でした。

 

「(お酒かな・・・)」

 

そのあたりの検証は、まあ、おいおいでいいわけですから、

とにかく今は、今を生きることに集中です。

 

そう自分に言い聞かせ、頭のなかの疑問を

忘却へとうっちゃり、お店に到着。

 

座席に座り、おのおのメニューを眺めながら、

誰とはなしに、最初に乾杯の生ビールを注文しました。

 

刹那、ぼくの優秀な頭脳がすぐさま危険を察知。

 

皆さん、信じられないと思いますが、

どうも、ぼくはアルコールが進めば進むほど、

自分の意志と関係なくシモネタしか言わなくなる、

かようなプログラミングが体内にデフォルト設定されている

みたいで・・・。

 

このとき、運よく自分の不治の病を思い出したぼくは、

手招きに応じた店員の耳元に、

「ぼくだけ、ノンアルコール(ナイショで)」

隠密の任務を発令。

 

店員の手を両手で握りしめ、お互いの目線を強く合わせながら、

「世界を救えるのはキミしかいない、頼んだぞ」

このとき、ぼくの気持ちは、この程度に切迫していたと

言っていいでしょう。

 

これは、けっして自分を偽っているわけではありません。

ひとりの人間には色んな面があります。

ぼくを一冊の本にたとえるなら、

「第1章シモネタしか言わないおっさん」と

「第167章常識的な大人の男」、これを差し替えた、

単純に順番を変えただけ、そういうこと。

(各章ごと、厚みは違いますけど)

 

ひとしきり注文を終え、

ひとまず落ち着いたぼくたちのテーブル。

対面に座る同級生の彼が、旧交を温めるように

ぼくに話し始めました。

 

彼のクソしょーもない話に適当に相槌をうちながら、

ぼくは深く、深く別のことを考えていました。

 

事ここに至って、旧交などまったくもってどうでもいい。

本日のミッションは、

ぼくの隣に座る彼女に気に入られること。

その一択以外ありえません。

 

しかし同時に、昭和生まれのラストサムライと言われる

まことにもって奥ゆかしいぼく、副隊長は、

たとえそれが気心の知れた友人であったとしても、

知りびとの前で露骨に女性を口説く、

そんな破廉恥な技など、使ったことがありません。

 

共同アカウントのtwitterに、あけすけに自分たちを

披露する堕落した平成のメンズたちとは一線を画す、

 

色恋は、コソコソするからこそ楽しい。

秘すれば花、ぼくは生粋の世阿弥派ですから、

さてさて、困ったものです。

 

ですから、

ノンアルコールで酩酊したおっさんになりすまし、

きめ細かい気遣いを絶やさず、

常に楽しい会話を心掛けながら、

 

彼が機嫌よく酒を飲み、顔を赤らめれば、

「顔色がよくない。ただちに帰りなさい」

 

奥さんが機嫌よく箸をすすめるのを確認すれば、

「深夜の飲食は美容によくない。

 その辺にして、すぐさま帰りなさい」

 

会話が子供の話になれば、

「子供が心配や。とりあえず帰りなさい」

 

時計が15分進むたびに、

「今日は楽しかった。そろそろお開きにして、

 ふたりだけ帰りなさい」

 

このようにきっけさえあれば、

「とにかく帰りなさい」作戦をさりげなく、

そして、ささやかに繰り返してみたのです。

 

(もうひとつ作戦があったのですが、

 今思い出しても頭痛しかしないので割愛します)

 

このあと、ぼくの旧友への心配りを忘れない

終始誠実な姿勢が、報われる瞬間がやってきます。

 

店を出て、方向が違う友人夫婦と店の前で別れ、

最寄りの駅まで歩き始めたぼくの腕に、

飲酒で頬を桜色にした彼女が、

自分の身体をあずけてきたのです。

 

この出来すぎた顛末に、最初はさすがに動揺しましたが、

すぐに気を取り直して、ぼくは居住まいをただし、

噛みしめるよう足どりで、心の表彰台に登壇。

 

右の手をそっと自分の胸にあて夜空を仰ぎ、

隣の彼女にも聞こえない周波数を駆使して

国歌君が代斉唱。

 

自費で号外を配ってもいい、そんな心地。

ふたり肩を並べて歩くウイニングランは

駅に着くまで続きました。

 

そして、地下にある改札で切符を買おうと、

頭上にある路線図で運賃を確認しようと顔をあげたとき、

200円くらいのはずだった運賃が1550円に変わっているのを

見て、

 

「ふざけんな、阪急電鉄!

 わけのわからん投信信託で、失敗でもしたか!!」

 

そう叫んだ瞬間・・・目が覚めました。

おしまい

 

ちなみに目が覚めた瞬間、夢とわかって

がっかりしたのですが、くだんの彼女に見覚えのある

手ごたえがありました。

 

身近な知りびとなら、何かしらの伝手をたどれば、

チャンスはまだある。

 

往生際の悪いぼくは、ベッドのなかで夢の記憶をたぐり、

彼女の素性を思い出そうとしたのです。

 

ぽくぽくぽく・・・ちーん

 

思い出しました。

羽田真里さん・・・寝る前に見た動画に出ていたAV女優!

 

男、副隊長(43歳独身)、

2016年の夏も絶好調と言っていいでしょう。

今年の夏は我ながら、よく走っています。

 

ぼくの住む京都嵐山には、

渡月橋という橋がありまして、その橋を起点にして、

5kmほどのジョギングコースを走っています。

 

サイクリングコースとして整備された川沿いを

走るので、信号もなく快適なのですが、

観光地でもありますから、ひとつ困ったことがあります。

 

夜間なら、観光客もいませんから、

渡月橋まで戻ってきたところで、

人目を気にせず、橋の欄干に手をかけて

息が整うまで、存分に見苦しい姿をさらして

やり過ごすことができるのですが、

 

週末の日中となると、そういうわけにもいきません。

ぼくにもプライドと呼ぶには浅はかな、見栄というものが

ありますから。

 

日中走ると、なにがしんどいかって、

夏の日差しより、アスファルトの照り返しよりなにより、

 

「(ぜーんぜん、しんどくないし)」

 

余裕の表情を突貫工事で組み立ててからの、横顔キリリッ!

この他人さまの目を気にした小芝居をカマすのが、

とにかく、きつい。

 

本来なら、この時点で余力ゼロです。

 

頭は酸欠でぼーっとしてますし、

膝は生まれたての子馬のようにわなわなと

大笑い。

油断をすれば、肺からの酸素くれくれのシュプレヒコールが、

ヒーヒーお口からこぼれてしまう。

 

何度担架と間違えて、観光用の人力車に

乗ってしまったことか(ウソです)。

 

ここまで読んで、

「みんな観光に夢中で、おっさんのことなんか気にしてないよ」

そう思ったひとは、考えが甘いし、

潮干狩りできるくらいに考えが浅いと言っておきます。

さにあらず。

 

観光地で、Tシャツ短パンの汗まみれのおっさん、

意外と目立ちます。そして、意外と需要があるんです。

 

隙のない小芝居をカマしつつ、げに涼やかなるシルエットで

橋を渡っていると、ほぼほぼ、声をかけられます。

 

「写真撮ってください」、「~に行きたいんですけど」

 

ほらね、見られてるでしょ。

 

まあ、ぼくも「京都楽しかったな」、そう思って帰ってほしいと、

少なからず考えてはいますから、丁寧に対応するようには、

心掛けてはいるのですけど、

先日、思わぬミスをしてしまいましてね。

 

ここ数年、京都も外国人観光客が増えました。

外国人の皆さんからすれば、困っているときにぼくを見かけたら、

 

「(この全身から知性が溢れ出ている日本人なら、

  2,3か国語は話せるに違いない)」

 

「Excuse me!」

 

声をかけてしまう気持ち、よくわかります。

 

「I would like to go to KOKE temple.」

 

「(英語でオレに話しかけるな、アホ)」

 

「コケテンプル?あー、苔寺か・・・Go straight!」

 

ビシッと最短のセンテンスとともに前方を指さし、

お礼を言って、颯爽とレンタル自転車に乗って去っていく

彼の背中を眺めながら、友好的に民間外交を済ませた

満足感に浸って・・・ひたって・・・鈴虫寺と間違えた!

 

このときも、漏れなくジョギング終了直後でした。

 

二度と会うことはないし、いいかとも、思ったのですが、

いくら悪ぶったところで、皆さん、ご存知の通り、

ぼく、副隊長は生粋の善人、良いひとなんです。

 

通常エネルギー残量ゼロではありましたが、

今宵のハレンチ動画観賞用のためにと、

満を持して下半身の奥底にしまっておいた

お楽しみ用予備バッテリーを泣く泣く使って、

Bダッシュで彼の自転車を猛追した。そういうわけ。

 

でもね、ぼくは英語を聞くのも話すのも不得手ですけど、

追いついたときの彼との会話で、

追いかけてきてくれた気持ちが嬉しいみたいなことを

言っているのが、なんとなくですけど、

ニュアンスはわかりました。

 

月並みですけど、

ジャパン、イイ国デシタ。そう思って帰ってくれたら、

ぼくも嬉しいやんか。

 

最後に、苔寺と鈴虫寺は、お隣同士でした・・・知るかっ。

オリンピックが終わりました。

ぼくのオリンピックについての記憶は、

1984年のロス五輪からです。

 

それ以後、開催されるオリンピックを

見続けてきましたが、

今回は・・・というハズレを感じたことがありません。

 

今ももちろん、名残惜しいです。

 

次は我が国の東京開催です。

新国立競技場やロゴマークのゴタゴタで、

個人的に猛烈にテンションが下がっておったのですが、

リオのおかげで、心の聖火、再点火完了です。

 

楽しみで仕方がありません。

 

オリンピックについての話は、尽きることがないのですが、

今回で最後になるであろうウサイン・ボルト。

 

走りだけでなく、その紳士的な振る舞いが素晴らしかったです。

こういう選手が日本に出てきてくれたらいいのにな。

 

あと、スポーツ中継になると、

NHKのアナウンサーの実力が際立つ気がします。

民放、しっかりしてくれ。