歌野晶午さんのブードゥー・チャイルドを読みました。

 

 

あらすじは割愛するとして、

ひとが死ぬわけなのですが、

どうしても、それ死ぬ必要あったかという

釈然としない気持ちを引きずったまま、

最後まで読み終えた。そんな感じでした。

 

あと、主要な登場人物である血縁のない兄妹にも、

今ひとつ感情移入できませんでした。

 

歌野晶午さんといえば、

「葉桜の季節に君を想うということ」

 

 

 

読んだのが数年前なので、

記憶力が残念な仕上がりのぼくですから、

当然、まったく内容を覚えておりません。

 

しかし、本屋さんで本を手にとり、

タイトルが目に入った瞬間、

なんと素敵な言葉の並び、

声をひそめて言葉を追ったときの心地よい響きは、

今でもはっきりと覚えています。

 

男は黙ってタイトル買い。

 

そして、読み終えたときの、してやられた感は、

ぼくの読書歴のなかでも、一番だったかも。

 

まあ、内容をまったく覚えていませんし、

ブログを書く前にAmazonレビューを覗いてみましたが、

そこまで芳しいとは言えない模様。

 

大衆迎合、長い物には巻かれろ気質のぼくですから、

強くはお薦めしません。読みたければ読めば。

そういうことにしておきます。

 

満開の季節、桜木のしたで開かれる宴。

酔客に混じって、ふと空を仰いだぼくの目に映るのは、

いつだって花びらを隠し終えた葉桜のすがた。

 

皆で楽しく騒いでいるときに、

ふと物思いにふける表情を

婦女子のパンチラのごとくチラつかせ、

女心をざわざわと騒がせる男、

ぼくは大嫌いです。

 

そういうあざとい技を使う男は、全員漏れなく性病。

そう思っていいでしょう。

絶対に、近づいてはいけません。

 

酒に吞まれてパンツを脱いではしゃぐ男のなかにこそ、

真心は宿る。

葉桜に見立てたあなたの手で、

優しくそっと隠してあげてください。

 

「葉桜の季節に君を想うということ」

これが、ぼくなりの解釈です。