1分間だけ~心を、声を抱きしめて | スイーツな日々(ホアキン)

スイーツな日々(ホアキン)

大好きなスイーツと甘い考えに彩られた日々をつづっていきたいと思います。

以下はフィクションです。

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11月22日。
今日は「いい夫婦の日」だ。

単なる語呂合わせの日にすぎないが、
この日を入籍日にするカップルも多いようだ。

果たして、私たち夫婦はどうなのか?
そんな思いにとらわれる既婚者も少なくないだろう。

私もそんな1人だ。

いや、私の知る限り、夫は間違いなく「いい夫」だ。
長い単身赴任の間も、子どものイベントがあれば、都合をつけて帰ってきてくれたし、私の誕生日や結婚記念日にはプレゼントを欠かしたことがない。
感情の起伏も大きくなく、私の愚痴も真面目に聞いてくれる。

「あんな優しい旦那さんと、私も結婚したかったわ」
学生時代や職場で知り合った女友達は、我が家に遊びに来ると、一様に似たような感想を漏らす。
郊外の戸建てに住み、子どもたちは名の通った私立中学、高校に通学している。
絵にかいたような幸せな家庭生活を送っている、と第三者からは見えるに違いない。

私自身もそう思っていた。
偶然、彼に会うまでは。

10月のある日、私はデパートで開かれていた美術展を見に行った。
無料招待券を新聞販売店からもらったからだ。
ついでに、夫のネクタイを探して来ようと考えていた。
エレベーターが混んでいたので、エスカレーターを使って、上の階に行った。
会場のあるフロアに着くと、足元に、紙切れが落ちている。
美術展の入場券だ。

「あれ~、おっかしいな」

少し先でスーツ姿の男性が、ポケットをまさぐっている。
ピンと来た。

「失礼ですが、これを探していらっしゃるのでは?」
「え?」
振り向いた男性は、整髪料もつけていないらしい、やや乱れた髪型をしていた。
夫とはまるで違う。
眼は優しいわ。
そんなことを一瞬で思った。
「あ、そうです」
「エスカレーターの上がり口に落ちていましたよ」
「そうでしたか。あ、そっか、手で持っていて、落としちゃったんだ」
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
私から受け取ると、優しい眼がさらに優しくなった。

美術展の作品点数は多くはなかった。
1時間ほどかけて見終わると、出口でさきほどの男性に出くわした。
偶然?それとも待っていた?
私の心の中の質問を聞いたかのように、彼が声をかけてきた。
「お待ちしていました」
「あの・・・」
「このチケット、結構高かったんですよ。失くしたら、ちょっとがっかりするところでした。お礼にお茶をご馳走させていただけませんか」
どうしよう。
お茶くらいならいいかな。
いいわよね。
自分に言い聞かせながら
「喜んでご一緒します」と答えていた。

チケットは大学のホームカミングデー、つまりOBとして招待された日に、新聞社に勤める同級生に売りつけられた、と彼は話した。
「もしかして、A大学ですか」
「そうですけど、どうして分かりました」
A大のホームカミングデーでは卒業後、10年、20年、30年の節目に招待がある。
日にちを聞いて、同じ大学だと気付いたのだ。
「私もA大です。同じ日に行っていました」
「じゃ、同級生?奇遇ですね」
後は、思い出話に花が咲いた。
学部は違っても、学生食堂のこと、学園祭のこと、応援に行った大学野球のこと、就職活動のことなど、共通項はたくさんあった。
気付いたら1時間半くらい経っていた。
「ごめんなさい、そろそろ帰らないと」
口調もくだけたものに変わっていた。
「そうだよね、ごめん、長居させて」
「いいのよ、楽しかったわ。本当にご馳走してもらっていいのかしら」
「もちろんさ。それより、また会ってくれる」
「いいわ。思い出話をするのなら」
私たちはメールアドレスを交換した。

ネクタイを探している時間はない。
急いで電車に乗った。
車中でメールの着信通知があった。
「今日はありがとう。チケットを落とした愚かな自分と、拾ってくれた素敵な同級生に、ともに感謝、です」
「こちらこそありがとうございました。ご馳走様でした。偶然の出逢いはエレベーターが混んでいたおかげです」
温かな思いを胸にしまったまま、作った夕食は、どういうわけだか、いつも以上に家族に好評だった。
著名経営者の本に触発された夫は、部下に残業をさせないことを目指している。
まず、自分が模範を示すと言って、定時退社を実践し、夕食も一緒にとっているのだ。
「ママ、何だか嬉しそう」
娘は勘が鋭い。
「今日、美術展に行ったら、同窓生に偶然会ったのよ」
男性だということを隠したまま、起きたことを話した。
娘と同じく、洞察力のある夫に見透かされるのが、怖かったからだ。
別に何かがあったわけではない。
しかし、どこか後ろめたさがあった。

それにしても、彼は何の仕事をしているのだろう。
平日の昼間に美術展に行くなんて、定職がないのだろうか?
それとも、夜の仕事をしているのだろうか?

家事の手を休めていると、そんなことを考えていた。
あ、メールだ。
彼からだ♪
「例の同級生から、今度はタダの招待券を2枚、もらいました。行ける日があったら、教えてください」
息子と娘の定期試験が近づいている。
この最中は無理だ。
そう書いて返信すると、
「分かりました。じゃ11月のはじめ、連休明けは?」
「いいわ、行きます」

今回はデパートではない。
美術館だ。
化粧をいつもより丹念にして、服装もデートを意識したものを選んで、彼の指定した「混んでない早めの時間」に行った。
彼も髪をカットしてきたらしい。
前よりは断然素敵だ。
「男勝りの女性が多いA大出には見えないよ。とても綺麗だ」
彼は照れもせず、私を見てそう感想を告げた。
嬉しかった。
1時間半ほどかけて、美術展を鑑賞した後、当然のようにランチに誘われた。
「割り勘ならいいわよ」
「そう言うと、思った。でもさ、専業主婦のキミに負担はかけられないよ。そうだな、千円だけ出して。外食なら、そのくらいはかかるだろうから」
説得力のある言葉にうなづくしかなかった。
いや、こんなことで争う時間が惜しかったというべきだろう。

彼の予約したレストランは、ママ友とも来たことがある。
誰かに会ったらいやだな、と思ったが、幸い、知り合いはいなかった。
料理は美味しかった、と思う。
よく覚えていないのは、彼との話に夢中だったからだ。
時折、私の話を途中でさえぎる彼には、少しムカつく半面、新鮮だった。
じっくりと話を聞く夫とは違う。
夫に話す時は、こちらも言葉を選ぶようになった。
彼には、学生時代と同様に、思いついたことをそのまま口にできた。
本当に楽しい。

「ね、そう言えば、どんな仕事をしているの?」
「昼間にふらふらしていたら、不自然だよね」
彼は、ある出版社の広告営業マンだった。
私が購読している雑誌も扱っているという。
「広告代理店任せではない、広告をとらなくちゃいけないんだ。ま、僕はもう第一線というわけではないけどね」
広告局の局次長と書かれた名刺を手渡しながら説明してくれた。
「ずっと外回りだったからね。社内にいると息がつまっちゃう。知り合いのクライアントに会うという名目で出歩いているんだ。部下は許してくれないよ、ほら」
彼が見せたスマホには何件も着信があった。
「いいの、出なくて」
「いいの、いいの。実際、この前、キミに会った後、いい企画広告のアイデアが浮かんで、進行中なんだ。机の前にいてもダメなんだよ」

そして今週、映画を観に行った。
落語家だった夫が急死し、乳児を抱えた妻が、親戚の故郷で周囲の支えもあって、独り立ちしていく、というストーリーだ。
途中で感激のあまり、涙を流した私が隣の彼を見ると、ハンカチを目に当てていた。
2人の眼が会い、自然と手を握り合い、指を絡めていた。

映画を観た後、近くの公園を歩いた。
手をつないだまま。
食事で時間を無駄にしたくなかった。

人気のない場所で、彼は言った。
「僕は嘘をついていた」
「え?」
「ホームカミングデーの時、キャンパスでキミを見つけていた」
「見つける?」
「学生時代から、キミのことは知っていた。いや、名前はしらないけど、可愛い子だなと思っていたんだ」
「そう」
「学部もサークルも違うし、近づくチャンスもないから、たまにすれ違うのが楽しみだった」
「・・・」
「だから先月見かけたのは、天の配剤だと思ったよ。神様、どうか、もう一度、近づくチャンスをください、って神頼みしたんだ」
「うん」
「そしたら、デパートでまたキミを見かけた。これこそ、そのチャンスだと思ったね」
「それで?」
「キミがエスカレーターに向かうのを見て、途中まで後ろから着いていったんだ。残る階が少なくなった時、きっと美術展に行くのだろうと思い、階段を駆け上がった。会場のエレベーター出口から下を見て、キミが昇ってくるころを見計らって、チケットを落とし、声を上げたんだ。キミが拾ってくれるかどうかはわからないけど、ここは、そう賭けるべきだと思った」
「で、私は、まんまとその作戦に引っかかったというわけね」
「怒った?」
「ううん、全然。そこまでしてくれて、むしろ嬉しいくらいよ」
「ありがとう。キミと会うのは本当に楽しい。今日も会う前の妄想の中では、イケナイことも考えた。でも、今の素敵なキミになったのは、キミ一人の力じゃないと気付いたんだ」
「そうよ、家族のおかげでもあるわ」
「僕たちは、お互いに結婚している」
「ええ」
「許されない一線をキミに超えさせてはいけないんだ」
「分かるわ」
「だから、いや、だけど」
「何?」
「僕に1分間だけほしい」
「・・・」
「キミを見つめる時間を1分だけ」
「1分だけね」
「そうだ、その間、キミの心を抱きしめる」
何も言わず、にぎっていた手も離して、見つめあう2人。
言葉がなくても、触れ合わなくても、こんなに胸が高鳴るなんて。
抱きしめられているわ、私の心は、あなたの腕の中よ。

1分が過ぎた。
今度は私からお願いした。
「ね、今すぐ私に電話して」
番号は前回のデートで伝えてある。
「いいよ。もしもし」
「後ろを向いて、私への気持ちを教えて」
「うん、分かった」
背中合わせの2人が電話で話し合う。
「20年以上前からキミが好きだった。先月に話せるようになってから、もっと好きになった。キミの声も、容姿も、話し方も、笑顔も、キミを囲む空気も、たとえようもなく好きだ」
「ありがとう。今、私は、あなたの声を抱きしめたわ」
「うん」
「今日は、これでサヨナラしましょう」
「そうだね、それがいい」

今日はいい夫婦の日。
晩には、夫が買ってきたケーキを、家族みんなで食べているだろう。
私は、心の中で、彼からの連絡を待っている。
いや、心も声も抱きしめた2人は、お互いの気持ちを十分に分かっている。
絶対に今日は連絡は来ない。
それでいいのだ。


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今回は、BS放送、Dlifeの「スキャンダル」、テレビ朝日の「黒服物語」のセリフを
参考にしました。

仲良し夫婦の皆さん、心まで抱きしめあっていますか?


男女の友情は成立する? ブログネタ:男女の友情は成立する? 参加中

もちろん、成立すると思います。