世界中の誰よりきっと | スイーツな日々(ホアキン)

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ああ、疲れた。

今週は金曜日が休みで良かった。

今日で仕事は終わり。

明日は朝寝するぞ~。


でも家に帰ったら、またキッチンが汚れているのかしら。

お風呂場も明日は掃除しないと。

憂うつだな。


彼はもう寝ているのかな。

缶ビールを1本空けて。

大きな口を開いて。

いや、最近、ビール飲んでないわ。

ここ2カ月くらい?

缶ビールを空けるのは私だけ。

冷蔵庫のストックも減ってないし。

嫌味を言ったからかな。

「働きもしないのにビールばかり飲んで」って。


もう一緒に住んで3年になる。

彼も来年は30歳。

どうするつもりなんだろう。

税理士になるんだって去年あたりから勉強しているけど、受かってもストレートじゃないから、就職は厳しいんじゃないかしら。

私がそう指摘したら、しょげていたっけ。

だいたい、美大出身なのに、なんで税理士??


私が勤めているのは小さな広告代理店。

そこに彼が入ってきたのは何年前だったかな。

クリエイター職の採用だった。

美大に入学するのに二浪した彼。

留年も1年していたから3年もダブっている。

だから、社歴は私よりも随分後だけど、年齢は3歳差。


確か私が仕掛けていた営業で、彼が協力してくれてコンペで勝った後、ささやかなお祝いをしたんだ。

3次会まで行って、朝起きたら彼がベッドで横にいた。

びっくりしたな、あれは。

酔って寝ちゃったから何もなかったのに。

彼の寝顔が妙に可愛くて。

私も前の彼と別れてから少し経っていたから寂しかったし。

土曜の朝で仕事を心配する必要がなかった。

「起きて」とゆすりながら、私の方からキスしたんだわ。

結局、月曜の朝まで一緒にいて、いつか彼が私の部屋に引っ越してきた。


コンペで彼の作品をこきおろしたクライアントを殴りつけて辞表。

「俺の才能はほかで活かせる」とか言ってたけど、結局、うちの会社よりもさらに小さな広告代理店に就職。

営業もさせられたのが嫌でそこも辞めて、何度転職したんだろう。

でもそんな彼を嫌いになれない自分がいた。

あの時の寝顔を思い出すと、今も切ないもの。


「ただいま~」

あれ?

綺麗に片付いている。

どうしたのかしら?

1DKの部屋を奥に進み、ベッドを見ると、いないわ?

何これ?

どういうこと?

逃げたの?

私から?

彼と私の子どもから?


妊娠に気付いたのは1カ月と少し前だ。

「遅れているのよ」と言っただけで彼は「そっか、困ったな」と答えた。

むっとしたが、「とにかく産むわ」と私は言い放った。

「キミがその気ならいいさ」

そう言った彼は、パソコンに向かっていた。

また、勉強の真似か。

私はため息をついた。

結婚しないまま、産むのかな。

仕事、どうしよう。

そんな思いがぐるぐる頭の中をめぐり出す。


あ、携帯が鳴っている。

「ギョーカイ人の端くれなんだから、スマホにしたら」と言う上司。

分かっているけど、今は通信料が惜しい。

だれからの電話だろう?

「もしもし」

「あ、加奈子さん?」

「はい」

「良かった。高田のやつ、携帯も持っていないから。手帳にはあなたの名前と電話番号だけあったんで」

「どちらさまですか?」

「分からないよね。いやそれどころじゃないんだ、高田が大怪我してさ。今病院なんだよ」

「場所は?」

慌てて通りに出てタクシーに乗った。

しまった、着替えとか持ってくるんだった。

後でまた取りに帰るからいいわ。


「加奈子さんだね?」

「はい」

いかつい男性が声をかけてきた。

「俺、いや私は高田君の上司です」

「え、彼、働いていたんですか?」

「それも知らないのか。うん、うちの工場で、経理を担当していたんだ。1カ月前から」
「まあ」

「今日、荷物の運び出しがあって、彼も手伝うというから、そうしてもらったところ、重かったんだろうな、転んで工場の壁に頭をぶつけて」

「あの人らしいわ。で、怪我の具合は」

「うん、あまり血が出なかったんだけど、それがかえって恐いというか、今手術中なんだよ」

「手術!」

血の気が引いていくのが分かった。

男性に促されて手術室の近くに行った。

待っている間、男性がいろいろ話しかけてくる。

「税理士を目指してたんだって?1週間でうちの無駄を指摘したよ」

「何だか頑張らなくちゃいけない理由があるとか、言ってさ」

「昨日、試用から正社員にするって伝えたばかりなんだ」

「今日は昼休みに役所に用事があると言って出かけてたな」

バカね~、黙って就職しちゃうなんて。

私は朝早く帰宅も遅い。

彼の変化に全く気付かなかった。

じゃ、今日部屋が片付いていたのは何故かしら。


「高田さんのご家族の方ですか」

看護師さんが声をかけてきた。

「あ、はい」

「高田さんが運ばれてきた時の作業着です」

「ありがとうございます」

こんな服を着ていたのか。


あら、ポケットに何か入っている。

これは?

花屋のチケットだわ。

今日、私の自宅宛に送るようになっている。

この紙は?

まあ、婚姻届。

彼の名前が記入してある。


「手術中のランプが消えたよ」

男性の声で顔を上げた。

彼が運ばれてくる。

「先生!」

「できる限りのことはしました。あとは高田さんの生きる力次第です」

彼の顔。

あの時の寝顔のままだ。

いくら寝顔が可愛くたって、このまま起きなかったら承知しないわよ。


「私、一度家に帰って着替えを持ってきます」

「はい」

着替えだけじゃなくて花束も持ってこなくちゃ。

病室でもいい。

そこで結婚するんだから。


♪世界中の誰よりきっと 果てしないその笑顔

ずっと抱きしめていたい 季節を越えていつでも

(中山美穂&WANDS「世界中の誰よりきっと」)


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今日は「いい夫婦」の日です。

あなたは、パートナーのどんなところを好きになったのですか?