茶々の七夕 | スイーツな日々(ホアキン)

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「じゃ、またね」
「うん、メールするね」

京浜東北線の田端駅。
向かいの山手線に乗り換えるために、「お市」は手を振りながらホームを歩いて行った。
日暮里駅では「初」が降り、松戸に向かった。
もう私一人だ。
電車の窓ガラスに映った笑顔が消えていくのが分かる。
いつからだろう?
4人の友達の中で、自分を演じる自分がいることに気が付いたのは?
必要以上に無理しているわけではない。
彼女たちといると本当に楽しい。
しかし、いつまでも昔の私ではない。
少しずつ変化しているのに、彼女たちに会うと、あの頃の私に引き戻されるのだ。
人によっては、こういう時間を「気の置けない仲間に会うって最高」とも言えるのだろう。
私?
楽しいけど、最高ではない、といったところかな。

私たち4人は中高一貫女子校以来の仲だ。
都内から通う同級生と違って、千葉か埼玉から通学していた4人。
だからというわけでもないが、自然と仲良しになった。
4人とも歴史が好きなところも共通点だった。
今で言う歴女のはしりだ。
中学生にありがちなことで、お互いを「可愛い」とほめ合った。
「ねえ、これからは歴史上の美人の名前で呼び合いましょうよ」
「いいわね」
「面白い」
他愛もない話だ。
わいわい騒ぎながら、戦国一の美女と言われた「お市の方」と3人の娘「茶々」「初」「江」にしようということになった。
図抜けて身長が高かった子が「市」になり、あとは適当に決めた。

今日、七夕は末娘、江の結婚式だった。
「年に1回しか会えない悲劇のラブストーリーの日に、永遠の愛を誓うのよ。素敵でしょ?」
江は昔からそう言っていた。
宣言どおり、平日の午後、挙式したのだ。
もちろん、私たちは披露宴に出席した。
友達の都合は二の次。
いや、友人よりも親類が迷惑だったろうと思う。
そういった思いも、新婦の華やかな美しさにかき消された。
本当に綺麗だった。
「ダーリンの名前が、ヒデちゃんというのも運命的でしょ?」
結婚の知らせを私たちにした時に、江はのろけた。
戦国の江が、豊臣秀勝、徳川秀忠と2人の「秀ちゃん」と結婚したことを指しているのだ。
「私、小さいときからヒデちゃんのお嫁さんになりたかったの」
私たちは内心あきれながら、微笑んだ。
江が「商社マン夫人になって海外に行きたいの」と言って、学生時代からいろいろな男性と恋愛関係にあったことは、よく知っているからだ。
「海外じゃなくていいの?」と初が尋ねると、
「いいの。ずっと一緒にいられるもの」と切り返す。
ヒデちゃんは、船橋で寿司屋をしていた。
3代目だ。
昨年修業を終えて、実家に戻ってきたばかりだ。
久しぶりに会った2歳年上のお兄ちゃんに、江はたちまちメロメロになった。
そして、これからは寿司屋の若女将になるわけだ。
確かに、一緒にいる時間も長いだろう。
それに、今日新郎姿になったヒデちゃんは、背が高くなかなかのハンサムだ。
面食いを自認する江のお眼鏡にもかなったに違いない。

初もすでに結婚している。
私立高校の教員となった彼女は、そこで同僚と恋に落ち、23歳の若さで結婚した。
高校を出てから8年目の私たち。
4人のうち、2人が結婚したのは平均より早いほうかしら。
知性でも図抜けていた市は女医になった。
まだまだ駆け出し。
毎日忙しいらしい。
「今の恋人は、ベッドよ。眠くて眠くて」
「疲れるでしょうね?」
「茶々はどうなってるの?」
「うん、今は一回休み、かな」
「ふ~ん。あんたは可愛いから、周りが放っておかないでしょう?」
「そんなことないよ」
江の結婚式の後、有楽町駅近くのカフェで近況報告となった。
初にベビちゃんができたらしいことも知った。
めでたいことは重なるものだ。

北浦和駅までの京浜東北線の車内で、きょうあったことを思い返していた。
本当に考えなくてはいけないことを避けて。
もうすぐ26歳になる私。
もちろん恋愛経験はそれなりにある。
「この人と生涯を」と思ったことも。
いろいろあって、市に言った通り今はシングルだ。

実はウエディングケーキに入刀する江夫婦を見て、頭に浮かんだことがある。
「あの人にケーキを分けてあげたいな」と。
10年前、私がまだ高校1年の時、15歳年上の男性と知り合った。
彼は県庁職員だった。
インターネットの掲示板で、「推理小説愛好家」として仲良くなったのだ。
古典的な探偵小説が好きという点でウマが合った。
やがて携帯でメール交換するようになり、ついに二人だけのオフ会をすることになった。
待ち合わせ場所の大宮駅に私はめかし込んでいった。
滅多にしたことのない化粧も、姉の助けを借りてしてみた。
現れた彼は、メールで自分を表現していた通り、「ずんぐりむっくり」のオジサンだった。
「本当に31歳?35歳じゃないの?」と感じた。
一方、彼は私を見て驚いたようだった。
お互いに名乗りあった後、そごうに入りお茶を飲んだ。
「本当は19歳?いずれにしても20歳にはなっていないね」
「分かる?」
私は彼より5歳下、26歳のふりをしていたのだ。
そうしないと彼が相手をしてくれないと思ったからだ。
恋愛感情ではない。
とにかく博識で話が面白かった。
「あなたは本当はいくつ?」
自分の年齢を白状する前に聞いた。
「31歳に見えないよね。はい、これ」
免許証には確かに31歳と記載されていた。
「高校生のころから、こんな感じなんだ」
「そうなの?小学校の同級生もこうなっているのかしら」
「え?」
「え?あ!」
「高校生なの?」
「う、うん。1年生」
「そっか~。いや、驚いた」
年齢を知ってから、彼の応対は明らかにギクシャクしてきた。
「私が若いからって、お子ちゃま扱いしているの」
「う~ん、はっきり言うよ。僕みたいないかにもオジサンが、キミのような若くて可愛い女の子と一緒にいたら、絶対に変に思われるよね」
「ああ、そうか~。援交ってことだね」
「ま、そんなものだ」
「会わない方がいいね」
「メールはいいと思うけど」
「分かった、そうする」

あれから10年。
それでも彼には年に1回は会っている。
人生の先輩でもある彼は、貴重な助言者だった。
大学選び、学科の選定、ゼミ、就職。。。
彼は客観的な、ある意味シビアすぎるアドバイスをくれた。
論理的で反論しようがなかった。
私も迷わずに彼の助言を受け入れることができた。
恋愛の相談もした。
県の技術センターに勤める彼は41歳の今も独身だ。
恋愛経験も少ないという。
「僕には分からないけどさ」と苦笑いしながら、彼なりの男性心理を解説してくれた。

彼の好物はケーキだ。
探偵小説ほどではないが、ケーキについても薀(うん)蓄をかたむけるのが好きだ。

「なぜ、ケーキ入刀で彼を思い出したのだろう?」
避けていた自問をしてみた。

………
そうか、私は彼に会いたいんだ。
あの憎めない笑顔を見て、顔からは想像もできないバリトンの声を聞きたいんだ。
でも、なぜ?
認めようとしなかった思いが胸の奥にあるような気がした。
16歳のあの日。
年齢差を指摘された時に封じ込めた思い。
「この人が何を考えているのか、この人がどんな夢を見ているのか」


「今日は七夕よ。少し遅いけど、会える?」
ドキドキしながらメールした。
「もちろんだよ。今どこ?」
「もうすぐ南浦和」
「じゃ、浦和駅に行くよ。近くにいるんだ」
「うん」

駅の改札の向こうに彼はいた。
今も35歳に見える彼。
私とは年齢的に釣り合って見えるだろう。
「茶々(私たちのあだ名を喜んで、彼も私をこう呼ぶ)には、いつも驚かされるな」
「どうして」
「今日は江さんの結婚式だったんだろう?そんな夜に呼び出すなんて、さ」
「ケーキよ」
「ケーキ?」
「私もあなたと分けて食べたくなったの」
「そうか、嬉しいよ。美女とケーキ。最高の夜だ」
「相談があるのよ」
「ふ~ん、また恋だな?」
「当たり!あなたも知っている人よ」
「誰だろう?」
「得意の推理を働かせてね」
「う~~ん」
この眉根にしわを寄せた顔。
いつまでも見飽きないと思った。


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