美術館デート | スイーツな日々(ホアキン)

スイーツな日々(ホアキン)

大好きなスイーツと甘い考えに彩られた日々をつづっていきたいと思います。

HAT神戸にある「兵庫県立美術館 」。

安藤忠雄さんの設計らしく、独特の建物だ。

最近は「だまし絵」とか「ジブリの森」とか話題の展覧会が続き、入場者が急増しているらしい。



スイーツな日々(ホアキン)


「やあ」

「こんにちは」

「じゃ、行こうか」

「ええ」


この人と最初に知り合ったのは、もう2年近く前。

「シャガール展」が開かれている時だ。

ベビーカーを押しながら入場した私は、階段を見て途方に暮れていた。

「エレベーターがあるんですよ」

深い声がした方を見ると、この人がほほ笑みながら立っていた。

案内されるまま、エレベーターに乗り、時折会話を交わして一緒に見た。


「僕は芸術的な素養があるわけじゃないんです。招待状をもらったものですから、来てみたんです」

「平日の昼間なのに大丈夫なんですか?」

「何とかなるから来ているんですよ。開会した後の翌々週の火曜ぐらいなら空いていると思いましたし」

「確かに混んでいませんね」


他愛もない話をして、その日は別れた。

次の展覧会になった時、私は開会日の翌々週の火曜、前回とほぼ同じ時刻に行ってみた。

「いないわ」

心でそうつぶやいていると

「こんにちは」と声をかけられた。

ミュージアムショップの袋を提げている。

「ちょっと買い物をしていたら、あなたが見えたので慌てました」

「まぁ、そうだったんですか」

「もうチケットは買いましたか?」

「いえ、まだです」

「それなら2人分あるから一緒に入りましょう。ご迷惑でなかったら」

「迷惑だなんて」

この時はブラジルの現代作家の作品展。

あっという間に見終わってしまった。

「お時間ありますか?」

「ええ、少しなら」

「ちょっとお茶を飲んで行きましょう」

「はい」

嬉しい。

心が弾む。

カフェはセルフサービス。

彼は私の注文を聞いて、紅茶を持ってきてくれた。

港が見える。

ベビーカーを降りた娘が走り出す。

ゆったりした時間。

静かな会話。


「じゃ」

「ええ、また」


「また」という言葉に力を入れたことに彼は気付いてくれただろうか。


スイーツな日々(ホアキン)

大混雑だっただまし絵展の時も含め、同じように会い続けている。

違うのは娘が保育園に入り、私も仕事を始めたこと。

展覧会の日程は先の方まで決まっているので、休暇を取りやすい。

だから、今は2人だけで歩く。

いまだに彼の苗字しか知らない。

彼も私の下の名前しか知らない。


いつも岩屋駅から歩いてくる私。

彼は来る時はタクシー。帰りはバスだ。

前回は、思いきって車で来てみた。

地下の駐車場まで送ってきてくれた彼。

周囲に人はいない。

互いの視線が熱い。

私たちは、自然に唇を重ねていた。

「ごめん」

なぜ謝るの?

うまく言葉が出ない。

ひきつったような笑顔を残して、私は車に乗った。


きょうは車はやめた。

なぜって、彼の気持ちを追い込むのが怖かったから。

いいえ、戸惑ったような彼の顔を見たくないから。

「もしかしたら、もう逢えないかもしれない」

そう思って来たが、変わらない笑顔を見ることができた。


「階段で行こう」

彼はそういうと私の手を取った。

初めて握り合った手。

指が絡む。

温かい。

私たちはどうなるんだろう。

戦前の神戸の写真を見ながら、彼の横顔を盗み見た。
微笑んだままの彼は、視線を感じたのだろうか、

私の手をぎゅっと握った。


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画像はお借りしました。


今回は「美術館を舞台にしてほしい」というご要望にお応えしました。