Carpe Diem 〜今を生きる〜  -6ページ目

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日常の些細なこと。
無意味の中に意味を見出だそうとすることを意識的にやると、思考力が育つ。

ふと、ちっぽけだと思った。

いくら困難を分割して、あまったっていくらでもあまりは消化できる。

余らせる原因を変えたり、あまりをさらに分割したり、そもそもちっぽけなあまりなど考えないようにしたり。

さて、どうなることやら。

とにかく、今から楽しく苦しい、そして穏やかで激しい思考の時間。





iPhoneからの投稿
行っては戻り、行っては戻る。

そんなふりこのような毎日。

毎日なんらかのおもりを背負って揺れているわけだけなんだけれでも、結局のところおもりの重さを変えたところで、行っては戻る毎日の時間が短くなるわけではない。長くなることもない。


じゃあそんな毎日を支えるそもそもの支点とはなんなんだろう。
人。友。体とは切り離された心。宇宙船地球号。


そんな毎日を送るひとりの人間を動かしたものはなんなんだろう。
カルマ。振動する空気。あなたのコトバ。


もしも、支点と毎日をつなぐ糸が長い年月を経て、摩耗し、切れてしまったとしたら。
毎日がどこに落ちるのだろう。
かたいフローリングの床。やわらかな布団。あたたかなアスファルト。フィクションの本の上。


科学的思考、論理的思考のスタートは「なぜ」「どうして」。

文学の中にある「なぜ」「どうして」は、イメージを広げる手段。

ささいな毎日は脆く壊れやすい。それでも糸をワイヤーにすれば、少しは安心感を得られるのかもしれない。

We sought shelter from the attack but found no place to hide.
(ボクらは攻撃から逃れる場所を探したけど、隠れるような場所はどこにもない。)
But everything in its right place.
(それでも、すべてのものはあるべき場所に在る。)



サバイバル登山家/服部 文祥


「情熱大陸」で紹介されてましたが、衝撃でした。

登山、単独で食料は現地で採るスタイル。

猟銃を持ち、鹿を裁き、山の神に捧げる儀式を経て食べる。
蛙の皮を剥ぎ、焼いて食べる。
山で採ったイノシシから油を抽出して山に持っていく。

まさに、原始時代の狩猟採集。

ヒトは「生きる」ために他の生物を「殺生する」ってことを改めて感じた。


日本は、残飯大国だ。

日本人一人当たり年間でおよそ30万円食費がかかると言われているけど、そのうち平均して7万円分ぐらいは捨てているらしい。

結婚式や旅館や居酒屋などが多いらしいけど、結局原因は人間。

「mottainai」精神を誇りをもって掲げることは、その点から観ると矛盾しているなって思う。

ホコリならいらない。

ponta