偶然なんて実は無くて、偶然だと思われる些細な事象は、実はあらかじめ決められているような気がする。
必要なときに、欲していた言葉と出会ったり、人と出会ったり。
必要で無くても、それがあることでいくらかふわっとした気持ちになったり。
一方で、人間は汚くてずるくて卑しいだなんていった悲観と、自分のフィルターだけで捉えた曖昧な人間への理解とのカオスを、もやもやと歩いてるわけだけど。
世界は、なんの隔たりもいらない。
国のルールが、どこかの国の人を縛り付けてるなら、それは守る必要があるんだろうか?
同じ人間。違いの中に自分を探して、自分を知る。
今日は最高の夜。
どこかで朝日が昇る。
最大のリスペクトをこめて。
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先に「KAGEROU」を読んだ。
次に「ねむり」を読んだ。
残ったのは、死への肯定感と革命的思考。精神世界へのトンネルを歩いていく。
やりたくないことを受け入れているうちに、無意識に(精神世界に)自分をいつしか閉じ込めてしまう。
千と千尋の神隠しでも、不思議な世界の中で千尋は両親を強欲な豚に変えてしまったように、あくまで俺は、精神世界の方が肉体よりも自分を形成している主軸だと思う。
もちろんバランスが取れていることが理想だけど、求める時点で離れていく。
精神世界の中を彷徨っているのも、自分を育てるだろうことはなんとなくわかるけど、彷徨えるものならもっと綺麗な中を彷徨いたい。
夜が近付くにつれ、視界が明るくなる。
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