不満ばかりを口にする人 | 元気が出る言葉の贈り物

元気が出る言葉の贈り物

傷ついたら 大切なことに気づこう

気づくことができたら これからを築いていこう

いつでも前向きに  一歩 一歩

 

足るを知る

という言葉がある

 

古代中国で名を残した哲学者の 老子

その老子が残した書物に

知足者富(ちそくしゃふ)

という明言がある

 

日本語の「足るを知る(足るを知る者は富み)」

語源となっている言葉

 

意味は

【欲を捨てて満足できる人は

貧しくとも精神的に幸福である】

ということ

 

 

「足るを知ること」

「身の丈を知ること」

 

亡き父が 

人として生きていくために

覚えておきなさいと

よく言っていた言葉でもある

 

身の丈を知る 

意味は マイナスに捉えられていることが多いけれど

「自己をみつめ本当の自分自身をしっかりと知ること」

 

どちらにも 知ること と続く

知ること それは 学びそのもの

 

 

人を知る者は智、自ら知る者は明なり。
(他人を理解するという事は普通の智恵であるが

自分を理解するという事には並外れた智恵の働きが必要である)

 

人に勝つ者は力あり、自ら勝つ者は強し。
(力のある者は他人に勝つが、本当の強者は自分に勝つ。)

 

足るを知る者は富み

強(つと)めて行う者は志有り。
(満足することを知っている者は精神的に豊かであり

それでいて努力する者にこそ志は宿っている。)

 

其の所を失わざる者は久し。

死して而(しか)も亡びざる者は寿(いのちなが)し。
(自分の本来のあり方を見失わない者は長生きする。

死んでもなお志を失わない者は真の長寿と言える。)

 

 

自分(我)をしっかりとみつめ知ることもできず

人(他)を打ち負かしたい貶めたい勝ちたいと

対抗する想いばかりで自分(我)に勝つことはせず

(抑えることも整えることもできず)

何を得ても満足はできず満足しようとせず

もっともっとと貪り欲するだけで

努力を怠り

自分を見失っているままであるから

志も宿らないため彷徨い続ける

 

 

私は 私は 私は と我をむき出しにし

人は 人は 人は と他をののしり

我他 我他 我他 と

不満ばかりを口にする人は

心を焦がし 肉体をも焦がしていく

不満という怒りの炎

自分が口にしている負(陰)の言霊で

身を焦がす(炎で焼く)

ついには体を病にし 心を病にする

 

私はこうなのに人はなぜ

私は私は 人は人は

我他 我他 我他 我他

と自分(我)と人(他)を比べ

疎ましく妬み 恨み 怒りと

不満の火で自分の身を焦がす人は

炎焼(炎症)を起こしている

炎焼を起こしているのだから 

当然のごとく 身も心も 

我他 我他 ガタガタ になるのである

 

それが ありのまま

ありのままの真理なのである

 

我他 我他 と不満を言い続けていると

ガタガタ言うな!と返されるのは

自ら放った 不満の怨(オン)の音(オン)

自身に戻ってきているのである

 

 

死んでもなお 志を失わない者は

成仏(仏に成ること)するからこそ

魂が生き続ける真の長寿となる

 

 

語っている音を知る | 元気が出る言葉の贈り物 (ameblo.jp)

 

 

という漢字(神字)

世(過去世・今世・来世)に

(光)を与える時

 

と書かせていただいた

 

人が成仏して天国に行けた時

最初にみるとされる風景が

なぜ 花畑なのか である

 

 

この世には 

成仏できていない魂は無数にある

それをすべて 

目にしたり 耳にしたりとなると

どんな人でも 正気を失う

それほどの 数なのだ

なので 過去記事にも書かせては頂いたけれど

私が供養を行い学んだ中で出た答えが

供養にはきりがない ということだった

きりがないというのは

永遠に続くという意味である

なので永代供養があり仏閣があるのだ

 

成仏できていない魂

皆口にしているのは

怒り妬み悲しみという不満

亡くなってもその想念にこだわり続けている

 

そしてその想念に蝕まれ

我他我他ガタガタに壊れた結果

餓鬼畜生や悪鬼へと姿が変わっていく

我も忘れた人は 人でなくなる

 

ひとでなし という言葉も

そこからの意味である

 

成仏=人は亡(ム)くなると 

仏に成らないといけない

 

 

餓鬼道に堕ちてはいけない

そう伝えても

餓鬼になる人はいる

 

それを選ぶのもその人の自由だ

ただ自由は

自己責任のもと

与えられているものであるということ

 

過ちを犯したままであれば

自分がした行いへの責任を取る日が必ずやってくる

 

人を呪わば 穴二つ というけれど

内容によっては 穴は三つも四つも多数へと増える

 

自分の子や家族に代々の子孫

その穴をもつくる大罪を

決して犯してはならない

 

人は亡(無ム)くなると

漢字(神字)のごとく 

仏にならないといけない

それは成仏するということ

 

不満ばかりを口にし続け

鬼となる姿を望むか

 

自分が人生で咲かせてきた花畑に

上がる姿を望むか

 

それもまた

人が自由のもとに

選べることである

 

 

であれば 私は

亡くなった私の愛犬たちが

笑顔で走りまわっている花畑に

夢でみせられたあの広い美しい花畑に

行きたいと望むから

精進するという努力を怠ることなく

最期まで志をもって生きていく

 

 

 

 

感謝 KIM8