人を愛するのは難しいのだ
人を励ますというか、辛そうな人に何かしてあげたいのに、
どうにもならないのですぐネサフに頼る肉です、こんばんは。
とりあえず言葉としての記事を見つけました。
余談ですが、検索で一番上に出たブログ(このブログは2番目)は
大変上から目線過ぎてイライラが凄かったので除外しました。
こちらのブログも言葉自体はまとめとして、コメントを読むのが面白い。
十人十色な回答で、みんな悩んでるんだな〜と思います。
まあ、声を掛ける対象の人も色んな人がいますからね。
「頑張れ」で純粋に元気が出る人。
「気楽にやろう」で緊張が解ける人。
人とのコミュニケーションが大事っていうのは
こういう時にどうしたらいいかの指針になるんでしょうね。
僕の声を掛けたい人はとてもよく話す人なんですが、
僕のコミュ障たる所以は数年ずっと話してても人がわからない所です。
なんていうか、本当に自分が嫌になりますね。
多分、気遣われてるっていうのが苦手だとは思っていて、
なんとかこっちが重く考えてるわけではないという装いはするんですが、
それで的確な言動ができるわけでないなら知らんぷりと変わりません。
だからといって心配の押し売りがしたいわけでもないですし。
遠距離の友人だし、相手の仕事のことだから、
手伝ってあげることはできません。
精々、なんでも言い易い環境を作る程度で。
友人が話したいと思ったらすぐに対応できるようにしたり。
その程度しかできない。
話だって聞くことはできるけど、まともな返しはできない。
それって壁と話してるのと何が違うのでしょう。
アドバイスを求めてるわけでもないだろうけれど、
共感してるみたいな言葉ばかりかけて。
人の辛さなんて人には絶対背負えないのに。
わかったフリにしか見えない。
本人も仕事が大変なのはどうしようもないけれど、
つい気が沈んでしまうと言っていた。
もどかしい。
気を紛らわせる方向かな…と思って、バカなこと言い合うけれど。
本当にそれでいいのか不安にはなる。
逆に無理をさせているのではないかとか。
僕が人の気持ちさえわかるような人間だったらよかったのに。
友人が心配なのに、それを伝えるのが重荷になってしまいそうで。
結局、知らんぷりと同じ。他人と、同じ。
僕は話を聞きながら頭の悪い返答しかできない。
黙って、重苦しい沈黙を持って、隣りにしかいられない。
自分だったら気が沈んだとき、どういわれたいか考えてみた。
僕は一人引き蘢って暗い音楽聴くのが一番効果的だった。
人から言われる言葉は割とどれでもいい。
クソ程も参考にならねぇかよ。
えーっと…。
比較的好きな応援の言葉は「気楽に」「頑張ろう」「応援してる」。
力み過ぎる質なので解されると安心します。
且つ、頑張ろうと自主的に思える気がして。
逆に嫌いなのは「頑張れ」「楽しくやれ」「適当に」。
人に自分の感情と仕事のクオリティを決められるのが嫌いです。
冒頭のブログでは「踏ん張りどころ」がいい感じな気はした。
どうしようもないからとりあえず潰れないようにするしかないもんね。
後は肯定されるのが好きだから自分も自ずとイエスマンになってしまう。
良い時は良いだろうけど、イエスマンなのは普段からだしバレてるから、
なんか気が沈んだときは逆効果な気もしないでもない…。
自分みたいな一人でしゃがんで回復するタイプではないだろうから
こう…本当にどうしたら気分が良くなるのかわからない。
とりあえず、できることだけしよう。
ここで僕が悩み過ぎることこそが友人の為にはならない。
話してくれたタイミングで、聞くことしかできないし、
バカみたいなことで巫山戯合うくらいしかできないけれど。
…………
そんな人に驕ってもらってる俺クソ過ぎない……!?
抑圧してもいいことなんてない
「生き易い世界を望む」という人々の良心を曲解させて
平和をうたいながら抑圧を強制してくる悪魔に
性格を捩じ曲げられて支離滅裂になった肉です、こんばんは。
「平和」「優しさ」「ポジティブ」「綺麗」
それが好きかどうかはもうどうでもいいよ好きにしろよ。
だが、「=善」はやめようって話。
これが割と人の良心を逆手に人を歪めていくので気をつけてほしい。
好みは人それぞれなように、
ネガティブとされるものを好む人たちがいます。
しかし彼らは別に好みがそっちのベクトルなだけで、
平和を願っていないわけではない場合が多いです。
生き易い世界を望む気持ちは皆そこそこ持ってる筈です。
だから自分の好みを否定する人が出てきます。
自分の好みは良くない。止めろと言われた。
その話をすると良い顔をされない。きっと悪いことなんだ。
そして自分の好みを抑圧しようとします。
考えないように。嫌いになるように。好まないように。
見ないように。なかったように。いらないように。
いつか爆発して人を、自分を困らせてしまいます。
ポジティブなものを好む人間が爆発しても気付かれませんが、
ネガティブな人間はこの暴走したポジティブ民に晒し上げられます。
一番恐いのは本人が自分の欲求を否定してしまうところ。
好きでいても良いことがないからそうするのだと思いますが、
だからといって自分の欲求をまったく変えることはできません。
むしろそれは危険だと思います。
人に迷惑を掛ける前に小出しにして消化した方がいい。
自分だけは自分を肯定してやらねばならない。
そう、そうなんですよね。
ポジティブ民はポジティブなことを考えろと
ネガティブを「否定」してくるという矛盾を犯しています。
もし、本当のポジティブを願うなら、
どんなものも受け入れるべきなのです。
世界の誰もが君の「好き」を嫌いでいいよ。
自分だけは「好き」でいよう。
自分だけは否定しちゃいけない。
細々とやらなければならない現状は少々腹が立つけど、
とりあえず理解されるまでは細々とやっていこう。
ネガティブ民は別に犯罪者になりたいわけではないのだから。
目的を見失ってはいけない。
勿論、楽しみ方ってものはあると思う。
意識の低いネガティブ民がポジティブ民に下手なことして、
要らない戦争をすることもあるし、流れ弾にもあたることもある。
でも、自分が人に迷惑を掛けていないなら、いいんじゃないかな。
もし、それでも衝突するならゆっくり話したらいいんじゃないかな。
話が通じる相手だったら上手くやれる筈だよ。
「世界がつらいことだらけなんだから
娯楽ぐらい綺麗なもの見たいじゃん?」
と、クソみたいなマウントを取ってくる世間体しか見えない奴もいる。
「お前はお気楽でいいね」みたいなdisりをしてくる奴な。
お前と同じ空気吸ってる時点で俺の世界はクソだけどな。
恵まれまくってるクソニートでも綺麗な世界が好きな奴はいるよ。
難しい因果関係はわからないけど、好きなものは好きで、
別にそこに優劣がなければ善悪もない。
頭がお花畑な奴だって人に迷惑を掛けたら駄目です。
人を殺す空想しててもしっかり生きてる人は大丈夫です。
結果です。要は。
「優しい」を履き違えてる人は攻撃してくるけれど、
そんな感性が狂ってる人の言うことを聞いて自分を抑圧するなよ。
自分が何なのかわからなくなるぞ。
世界から切り離されたようになるぞ。
空っぽの人形を動かしてるような気持ちになるぞ。
そんな命に価値を感じられなくなるぞ。
まだ大丈夫。肯定しよう。
どんなに信用してる人に否定されても。
自分だけは肯定しよう。
たとえ、世界を敵に回しても。誰を、失っても。
そのぐらいの勢いでやったって、何も失わないことに気付くから。
頼まれたってなってやらねぇからな
人が何で元気出してようが
いーーーーだろーーーーが!!!!
ロリ漫画読んでたら「性犯罪者予備軍」とか
ホラー映画視てたら「猟奇殺人者予備軍」とか
うーーーるせーーーんだよ!!!!!!!!
どの作品もそもそも犯罪を示唆するような描き方されてねーだろ!!
されてたとしてそれはギャグだろ!!
真に受けてるお前の方がこえーーーーんだよ!!!!!!
というわけで、「犯罪者予備軍」って言葉使ってる人間が
一番「犯罪者思考」だと僕は思うので、皆さんお気をつけ下さい。
後、真顔でそんなことを言われ続けてきたジャンルでもあるので、
「冗談」だとしても通用しない場合があります。
「冗談」で言う場合は自己責任でお願いします。
「迫害」の方が高確率で犯罪者を生むので、
動物感動映画とか好きな人も犯罪者にすることはできるから
「犯罪者育成軍」の方々はどうぞ頑張って下さいね。
犯罪者沢山育成して生徒に殺されて死んでくれ。
公での発言は善悪じゃなくてどう見られるかで考慮しよう。
最初に言っておくが、この記事は今回の突っ込まれ役は
友人に思ってもいないことを言われてショックのあまりに
心にもない(或いは別件については思慮が及ばなかった)ことを
言ってしまっただけなので本人の発言を責めるものではない。
僕が反射的に思った「細かいこと」だ。
その方は友人に「親との仲がいい」ことを
「甘やかされている」と言われてしまったようで、
「甘やかされてない奴が存在しない。赤ん坊の頃に乳飲んでるだろう。」
といった内容の発言を公の場で吐いてしまった。
その方の発言は間違いではない。
そもそも愛されて育ったこと、それを喜ばしく思っていること、
それ自体が素晴らしいことだから何も恥じることはない。
ある意味で言えば、恵まれていてそれに感謝してる善い関係だ。
それだけに、そこを悪く取られてしまったショックで
その方は失念してしまっているのだろう。
恵まれていない人間は確実に存在することを。
その方は単純に「言い過ぎ」なのである。
確かに多くの人間、特にその方の周りにいる人間は
赤ん坊の頃からミルクを自分でこさえる人はいないかもしれない。
が、公の場で吐いてしまえばそれは誰にでも届く言葉になってしまう。
要は、赤ん坊の頃にミルク作って飲んでた人間に見られるのだ。
僕はマシな方で1歳頃からだから比較的育ってから作っていたが。
親がいない子は「親にそれをしてもらえなかった」という
事実は残ってしまう。
そもそも「ミルクを貰っていた」からといって
「愛情を貰っていた」とイコールになることはない。
僕が一時的に入った孤児の待機所で子供のを見ていた人たちは
そういう職場方針で仕方なくなのかわからないが、
子供と親密に接することを頑なにしなかった。
僕は保育園に通っていたので、つい親以外の大人を
「先生」と呼んでしまうのだが、
「先生ではありません。先生と呼ぶな。」と叱られた。
しかし、代わりに何と呼べばいいかは教えてくれなかった。
それが意味するところは、
児童から大人を呼ぶことを許されていないということだ。
そんな大人たちだってちゃんと仕事として栄養を与える。
と、いっても満足したものは与えられない。
そこに長くいる子がいるかはわからなかったが、
一時的に入った僕なんかは世界観の違いに混乱する程だった。
それでも人間は逞しいもので、生きてはいけるのだ。
そうやって育っていった人間が、
愛されて育っていてそれを喜んで享受してる人間を見て、
「羨ましい」「妬ましい」と思うのは自然の摂理ではないだろうか。
勿論、その言葉を受け入れる必要はない。
折角恵まれているのだから好きに生きればいい。
余裕があるなら同情してもいいだろうが、義務ではない。
ただ、そんな人間は割といて、
あたかも普通の人のように生きていることは知っておいて損はない。
その人間たちは「普通」になる為に不遇な環境から這い上がっている。
恵まれた人間のスタートラインとは限りなく違うのに、
同じ場所に立たねばならないのだ。
どんなに出来た人間でも時々つい嫉妬が出ることもあるだろう。
それは、できることなら流してあげてほしいとは思う。
重く受け止める必要はないが。
それが友人ならそうしてあげてほしい。
ただ、親しくもなければできた人でもない場合は
恵まれた人間自身の身が危ういから気をつけた方が良い。
そういう意味でも彼らの存在は知っておいて損はない。
公の場で喋ったことは望まなくても人の目に入る。
恵まれた人間だと認知された瞬間に降り掛かる禍いもある。
精々気をつけてほしい。
僕が本人にそれを伝えないのも、
やっぱり嫉妬があるからかもしれない。
世間知らずのまま、頑張って生きてほしいと思う。
嫉妬のみならず、恵まれてる人間って往々にして危機感ないから
襲いやすいっていうのもあるので自衛頑張って下さい。
ハードルを下げてでも進め
生きるの大変過ぎて楽に落ちたいけど、
まだ体力があって死ぬ方が苦しい肉です、おはようございます。
寝てたいね。ずっと。
やらなければならないことに気分が乗らないときの対処法に
「ハードルを下げる」っていうのがあるのは
言われ始めてから久しいですよね。
洗い物なら「コップだけ」とか。
洗濯物なら「5枚だけ」とか。
仕事なら「簡単なところだけ」とか。
やってる内に乗ったら儲け物だし、
少ししかできなくてもまったくできないよりは進んでます。
僕も仕事の合間に家事ができるタイプではないのでよく活用しています。
家事なんて溜まるものなので、
少しでもやって現状維持ぐらいはしておかないと、
後々もう誰もやりたくないレベルの量になりますからね。
楽にしておけば同居人がいる人はやってもらえるかもですし。
まぁ、同居人が理解のない人だとたちまち面倒ですが。
うちの母は典型的な完璧主義(自分も少し前はそうだった)で、
この「ハードルを下げてちょっと進める」ができません。
能力が伴えば完璧主義はその真価を発揮するでしょうが、
レベルが上がるまではお邪魔スキルでしかありませんね。
僕が家事に手を出す前はもうゴミ屋敷でした。
今でも多分緩めたらすぐにゴミ屋敷になります。
本人ができない程度ならさして問題はないのですが、
完璧主義スキル持ちの人間が必ず言うのは
「なんで中途半端な仕事するの?」です。
中途半端な仕事すらしないのに何故人を責められるの?
って、言ってやりたいけど後が面倒臭いので
「後でやるんだよ〜」って微笑んでおけば大丈夫。
お前には任せられないってやってくれるならそれでいいしね。
家事してくれるなら幾らでも嘗められるわ。
理想って大事だよね。最近特に思うよ。
理想がなければどこにも向かえないものね。
でも理想は指針であり、結果ではないんだよ。
いきなりどーんと叶えられるものじゃないんだよ。
能力が低い場合は特にね。
中途半端じゃなくて、コツコツとやってるんだよ。
その自分を評価してあげてね。
特に家事なんて終わりがないんだから。
どの時点が終わりだなんて明確には存在しないんだよ。
だからどの時点で区切っても問題ない。
大事なのは生活できているということなんだから。
だから黙って皿洗われてろ汚母さん。