コロナ禍にて その1
自分の言葉を綴るのも半年ぶりになった。今年のお正月は日本で迎えたことが随分昔のように思える。各国がコロナ禍で港を閉じてしまい、つくづく国境越えが普通でないことだったと思わされる日々。子供がまだ就学生なので、登校が始まっても日々緊急事態に相応した生活に親がサポートしてあげないといけないので、気が休まることがない。ただでさえ韓国は冬休みが馬鹿ほど長い。夏休みは間に避暑休暇があるので、一月ほどが瞬く間。しかし、冬休みは長い。韓国は3学期というのものがなく中途半端な登校日と終業式で区切りの2週間を挟んでほぼ2か月間休みが続く。その間、緊張から解放された子供を守るウェイトは母親にかかってくる。油断してると、朝昼逆転、肥満、ネット中毒に陥る。勤めがあれば更に大変で、子供が幼いと親に預けるとか、塾に長めに預かてもらうなどして、何とか綱渡りする。もう、3月の新学期始まる直前などというのは、息も絶え絶え。なのに、やっと3月になったかと思ったら、2~3週間ごとに延長、延長、延長...でついに、3か月も延長になってしまった。通算5か月間の冬休みだった。外に出ることは、買い物、運動以外はなく、お米の減り方が半端なかった。 2020年3~5月は、良いも悪いも忘れ得ぬ特異な思い出となりそうである。先月になって、韓国政府から各家庭単位で10万円(日本のように一人当たり10万円現金でなく、独居なら4万円、2人なら6万円、3人家族なら8万円、それ以上は10万円で上限なし、そして在外邦人は日本政府の特別給付金はあたりません)の地域限定商品券が与えられ、多少経済が戻るきっかけにはなってるようだ。コロナ禍発生源と言われている共産国のふてぶてしさ、またあのアメリカがベトナム戦争犠牲者以上の罹患死亡者を出していることや、意外にも治安の悪さを見るにつけ、変化の時代にいるせいか、こちらのネット動画合間に出てくるコマーシャルには睡眠剤を扱うものもしばしば出てきたりして、不安から逃れられない影響を受けている人々が多いことを伺わせる。私? 睡眠薬飲んだことない、そんなもん。 25度の焼酎で解決。腹回りがもう、力士までは行かないけど、年々その前の服が着れなくなっている。確かに食口の頃はくびれていた。旦那は若い頃と変わらないねぇと言われるが、私は独身、結婚当時の写真見せると一斉に『誰?これ?』となる。子供にまで言われる。私は元々飲まない(飲めないわけではない)し、旦那は飲めない人だった。旦那の家族も飲まない。韓国で飲むようになったきっかけは、子供の小学校時代、あるスポーツの選手育成校でもあって、連泊で遠征や試合に付き添うと顧問の先生や父兄と否応なく飲食を共にし、その時の顧問の先生が飲むわ飲むわ、ザル状態で、父兄もお供をしたばっかりに飲み潰されてしまう、ということがあった。父兄たちは翌朝、二日酔いで苦しんでいるのに、ザル教師は何事もなかったようにケロッとしていた。余談だが、日本語講師をしていたときも公立高校の先生たちが、昼食を外で食べる機会でもあれば、焼酎を盃で交わし、私は飲まなかったが、午後授業のある先生がいて「教室で酒臭かったらどうするんですか?」と聞くと、「いやいや、生徒には昼は会食だったと言えば聞いてくれますよ。なんの問題もないです」と言い放った。先生たち、玄関先でよく喫煙もしてた。こちらでも、タバコはひと箱400円くらいするから、自分たちのことを愛国者だと言ってた(納税やってまっせと言いたいんでしょう)。言い訳じゃないが、それからである。私の飲酒が始まったのは。家族はもちろん心配している。昨日言った、聞いたことを覚えてないとか、怒った時アルコールが入っていると特に怖いらしく、息子が私にトドメを刺すため携帯にSNS写真を送ってよこしてきた。韓国語で訳のついたのが出回ってるらしい。 お酒を辞めるつもりはない。私の栄養剤だから。なんせ、こちらの学校教師が調教したんだからね~。ったく言ってること当たってるねぇ。ザル教師はアカン奴やった。 だからといって私までアカン奴にならなくてもいい。 禁酒というと絶対無理なので、一日一合を心がけている(実行できてるかどうかは?だが、心がけは大事でしょ^^)。