※写真はネットからお借りしました。こんな雰囲気です。
 

姑が作るキムチは辛すぎるので、薬味を洗い流して食べてた。しかし、もう今年は自分の薬味で食べると、準備していた。
都会でキムチを漬けるのは簡単ではない。だから、私は旦那実家のキムチをもらうのは、今年は塩漬けした段階(ヤンニョム味付けしてない)ものを頼んでいた。私が、子供の舌に合うヤンニョムをわざわざ用意していた。子供の成長に合わせてだし汁からちゃんと取り、チョリムペチュを待つばかりだった。

しかし、その期待は裏切られた。

望みもしないが、未亡人歴約20年の姑79歳が毎年のように自家製白菜で作るキムジャンキムチ。今年は特に出来がひどかった。申し訳ないけど白菜がちゃんと生育しておらず、水気が少なく育ったせいか硬めで小ぶり。毎年酷いのが姑手製の唐辛子粉。罰ゲームかと思うくらい辛くて、辛すぎるので結構な塩分なのに、味が薄く感じるもので塩も多め多めになる。イワシやエビの塩辛を入れ、大量の味の素、ごま油までぶっこみ、最後にまた塩をドバっとぶっこむ。その作業工程を今年は子供や嫁にも任せず、近所の80代に近い婆さんたちがやってしまった。ちゃんと約束していたキムジャンの日より前に婆さんたちの好みの味で作られたキムチは、既に白菜練りこみ作業も終えられ、各家庭のタッパーに収められればいい状態で、そんなことなら、始めからキムジャンのために都会から田舎へ行くこともなく、ビニール袋密封箱詰め、宅配で送ればいいものを、と呆れていた。

兄弟姉妹も辛すぎするキムチに萎えていて、あまり姑からのキムチにもらって嬉しい表情はない。村の婆さん連中の好む味に仕上げられたキムチは、分かりやすく言えば、3度の食事はご飯しか炊かない。ド田舎一人暮らしで滅多に孫も訪ねてくることもないので普段面倒を見なくていい。ご飯と漬物だけ食べて、農閑期なので村の老人会館でみかんをほうばりながら花札に興じたりする。マッコリ飲んでご機嫌な時もある。年寄なので、たんぱく質やほかの栄養素も気にすることなく、漬物一択でご飯を済ます至福を感じながら過ごすための、年寄用越冬食が婆さんお手製のキムチなのである。姑の暮らす田舎はなぜか爺さんが早死にして残っているのは婆さんばかりである。舅も脳卒中で還暦で亡くなってしまった。

キムチ全てを否定するわけではない。親しいご近所のキムチ製造過程は、別物だった。漬ける白菜は宅配で既に塩漬けしてあるものを外注、薬味はいく種類の出汁から取り、唐辛子も2種類を混ぜて、辛くなかった。味の素も入れない。白菜に練りこんで食べてみると、冬寒い中、体がポカポカと暖かくなった。他のおかずの存在感も潰すこともない。これが母の味という感じ。

婆さんらは、自分がうまい、と感じるからきっと息子娘、孫も美味しいと感じるに違いないという、自己満足でドヤ顔で鬼のような量を漬けて、持って帰れと言うのだが、実際、まず孫たちは食べられない。辛すぎるのと、5大栄養素をふんだんに採らなくてはいけない年齢に、他のおかずや汁ものと共に食べると、味が濃すぎて口の中がおかしくなる。唐辛子は素材の匂い消しには効果があると思う。しかし大量に摂取するものではない。また大量の味の素が入っている姑キムチは食べた後、唾を吐くと糸を引くのだ。味の素を入れすぎるとそういう現象が見られる。私もあの目分量の製造工程を見てるので口にしたくはない。だから、キムチ冷蔵庫を独占するくらいに大量に押し売りされても所詮旦那が自分の母親思い出して食べるくらいのことなのだ。日本人のように小皿に少し盛るらいならいいが、韓国の漬物は主食のようにガツガツ、クッチャクッチャ言わして口にする量も考えないで自慢みたいに食べる。
 

その旦那の親しい同級生は、同じ故郷だからだいたい同じ味のキムチを食ってるが、旦那以外は大抵肝臓疾患にかかっている。肝臓というのは過塩分を嫌う臓器である。過飲酒も原因かもしれないが、アラフィフで既に肝臓が悪いという。旦那は私の影響なのか、関西の薄目の味に慣れているので、一緒に食事してても他の韓国人より塩辛い物へは控えめな方だ。

田舎の婆さんらは、子育てに気を遣うこともなく、稼ぎ主の健康を心配することもなく、自己満足的に好きなもの食ってりゃいい。余生も短いんだから。

でも自己満足的に作って歓迎されないものを、毎年家族に押し付けては息子が成人病にかかる原因を作っている、ことまではとても頭が回っていない様子である。爺さんたちが早死にする原因も、別に興味もないし、知ってどうする、といった具合。

そういう人の作ったものを、ありがたくもないのに、わざわざ高速使ってもらいに行き、帰り際にお小遣いを渡して、笑顔で別れることで、また姑は来年も頑張るぞーと大いなる誤解をしてしまうのが悪循環となっている。いらないものはいらないという言う勇気もが必要。体に悪いものを家族に無理強いするのは本末転倒。若い世代への背信行為。もう味のついてしまったのを洗って食べるのも衛生的にも労力的にもNG。新鮮で質のいい食材は普段の生活で身近に手に入るわけだから。