濠を廻ってみれば何がみえたのやら・・・ | 儂は悪くないぞ!松平が!松平の奴が悪いンだ!

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 ここ一週間、竹田恒泰の名前をニュースサイトの見出しで見かけない日はなかったのではないだろうか?で踊っていた。元AKB48の畑山亜梨紗と銀座を歩いているところを不自然なアングルで写真週刊誌に撮られてから、華原朋美を口説いてる裏で畑山亜梨紗と交際を始めたということがタイミングよく暴露されマスコミを喜ばせた。

 なんでも報道のタイミングが、新刊本発売日や、ニコニコ動画の生放送日(しかも、番組内で経営する電子出版会社の宣伝あり)などに合わせており、非常勤講師の契約が更新されない事を見越して、芸能活動へシフトするためにやった宣伝活動だと、もっぱらの噂だ。

 http://topics.jp.msn.com/wadai/chumoku/article.aspx?articleid=4150387

 更に追い討ちをかけるような記事も出てきた。この事態に対してネット右翼が韓国の陰謀だと訳のわからないことを言い出してたのには笑った。彼らによれば講師の契約が更新されなかったのも韓国の圧力だそうだ。彼等の頭の中では韓国が世界最強の国家なのだろう。


 講師の契約が切れたので、ここから芸能人として道を歩もうとしているのだろうが、私としては論文を書いているとTwitterで発言していたのだから、なんらかの学位と肩書きを得て欲しかったのだが、それを差し引いても結婚相手を探し後継ぎを作り家を残すことは、御父上の竹田恆和氏も喜ぶだろうし、色々と身を案じていた北白川祥子さんも安心することだろう。結婚しようにも相手も金もなく、(申し訳ないが)家を断絶させてしまうであろう私より、そこは凄く立派だと思う。

 この断絶という言葉は世代によって重みが違う気がする。昔、自分が2歳位の頃だったか?寛仁親王とは言わないが、私の顔尾を見て、耳でかいな!顔は有栖川っぽいなと言うと、それを横で聞いていた池田コンビが顔色を変えて、おい!有栖川宮とはどういうことだ!と気色ばんだ。

 有栖川宮家は家系に狂人が出たことや、娘ばかり産まれて断絶したという点が気に障ったのだろう。子供の前でエライ剣幕で怒っていたのを憶えている。今の時代、有栖川宮のようだと言えば褒め言葉になるかもしれないが、身分や環境、年齢によっては違った意味をもつのだろう。気をつけたいものだ。

 

 そういえば有栖川宮といえば、今、三の丸尚蔵館にて有栖川宮展が行なわれているので皇居に行ってみた。ちょっと昔に誰か(皇族ではあるが寛仁親王ではない)が皇居を時計回りに歩くと、普段と違う物が見えて面白いと言ってたので、実際に時計回りに歩いてみることにした。

 沢山の外国人観光客と、すれ違いながら歩いていくと二重橋に辿りついた。山本太郎は居なかったが、凄い人だかりで、お爺さん達の集団が、タイミングが良いと美智子皇后が姿を現すと話していたが、

まあ、危険な発言をする人物が来るので顔を現さなかったのであろう。嫌われたもんである。

 美人に嫌われたので、なんとなく寂しい気持ちになりつつ濠伝いに歩いていくと、土手に白い花が咲いており、小学校の頃、霞草が欲しいと言ったら、ナガコさんが家の周りに、沢山、生えてるから送りますよと言ってくれたことを思い出した。実際は運悪く見つからなかったのだが、問題は、霞草を探している時に使用人(職員の聞き間違い)の一人が濠に落ちて怪我を(くじいた程度だったようだが)してしまったと聞いたのだが、当時は東京に屋敷を持っているとしか聞いてなかったので、ああ金持ちなんだなとか、濠といっても屋敷にある側溝やドブ程度なんだろうのイメージしかなかった。

 親族内で山を持っている人も廻りに多く居たので、東京の、しかも中心部の山や畑なら大した広さもないだろうし、怪我をしても病院が近いから大事になりゃしないだろうと思ってたが・・・実際の濠を見て一連のことを思い出して、何とも申し訳なくなり、歩いているうちに冷や汗が出てきた。本当に足を挫いた程度済んだのだろうか?濠の水も綺麗じゃないだろうし・・・三の丸尚蔵館に行くのは諦めて引き返そうかなと悩みながら歩く羽目になった。

 

 今上陛下も宮中祭祀の一環で土いじりをするが、ナガコさんも園芸など土いじりのイメージがある。職員と一緒に探していると言ってたが事実なのだろう。なんとも申し訳ない。当時は怪我をしてしまった従業員の方に、なんと謝ったら良いのかというと、大した怪我じゃないから、そんなに気にしなくても良いんですよという。貴方は、電話だから疑ってるかもしれませんが、彼らは、皆、家族のような者だから、もし怪我が酷かったら、こんなに落ち着いていませんよと言い、続けて、勿論、主従の立場はわきまえてますけどねと笑いながらおっしゃった。後年、Wikipediaなど(今は追記されたり修正されてるが初めて読んだ時は驚いたもんだ)で読むイメージとはかけ離れた優しい方だった。

 この職員は家族という考え方が他の役所と宮内庁の意識の違いなのだろう。だが、これと異なることを言った人物がいる。寛仁親王は宮内庁は皇族を監視し、管理している組織だと言った。その寛仁親王から、直接、話を聞いたのか、竹田恒泰も宮内庁について同じ様な発言をした。


 どうも竹田恒泰の発言の中に懐かしいものが散見される。例えば、ここにある

http://matome.naver.jp/odai/2138277620391639201

『竹田恒泰@takenoma
記紀は天皇の命により政府が編纂したものですが、『竹内文書』はそうではないため、学問的性質が違います。しかし、それぞれ独立した価値があると思います。また『竹内文書』が記紀を補完でいる部分があるのではないかと考えます。@chikuvinvin 竹内文書に対する所感をお聞かせ頂き .』


 高校生の頃、三笠のおじさんこと寛仁親王(当時は神農家の寛仁さんだと思ってた)と話していた時に、当時、ブームになった古史古伝の話になり、寛仁親王があれは偽史だろと言ったので、自分が例えば、秀真伝、上記、宮下文書、東日流外三郡誌(当時、江戸時代のものと言われてたが、後に昭和に作られた偽書と判明)などは、明治まで、地方には反中央的な考えを持っている者達がいたことや、将軍の権力に平伏する者はいても、天皇を崇敬するどころか成り代わろうとする者が多かったという良い資料になるのではないか?ということや、竹内文書は複数の王朝を作為し、竹内巨麿が宗教を興したあたり、皇位を簒奪しようとしていたのではないのか?

 その理由は、明治天皇が軍服を着て馬に乗った時、柳原二位局は天皇は神主の代表で、武張った真似をしてはいけないという様な事を言った。

 司馬遼太郎は、これは天皇が神主という大神主たる尊貴の身が軍服などを着て、地上の権力者に堕したのを諌めたのだと言う。竹内巨麿は、この不在となった神主の座を狙って、このような宗教を考え出したのではないか?

 今の皇室が神道である以上、こういった偽史偽書関連や神道系新興宗教は、厳しく監視し、管理しなくてはいけない!などと、当時、高二病の愛国少年だった自分が主張すると、そこまでやるのは厳しいだろうと寛仁親王は困った顔したもんだ。(実際に戦前の軍部による神道系新興宗教の弾圧が厳しかったから尚更だろう)

 日本の歴史は天皇を中心にして成り立つと主張する竹田恒泰にとって、緑文字の部分は認めがたいものであったので、あのような答えになったのでは?と思ってしまう。それにしても竹内文書が記紀を補完できるというのは酷すぎる。もう少し考えて答えて欲しかった。


 もう一件、竹田恒泰が皇位継承問題で幼い内に養子に出すという件も、同じ時期に話し合ってた時にでた意見だ。

 家の母親と、知り合いの皇族(寛仁親王自身のことだ)が後継ぎが少なくて困っていると話していたので、つい先日、TV番組の戦後特集(関口宏の知ってるつもりで東久邇宮稔彦王だったか?追記、三宅裕治の驚きももの木20世紀だった)で旧皇族の存在を知っていたので、旧皇族がいるから大丈夫じゃないの?と答えると、寛仁親王は少し考えたあとに、あいつらは下品というか、品位、いや品格が格段に劣るというか・・・なんと言って良いか、わからないけど何かが足りないと不満げに答えた。先週、TVでみた時の感動を吹き飛ばすかのような答えに参りつつ、その何かとは?と突っ込んで聞くと、おまえにはわからないだろうなぁと、何時かわかる日が来るかもしれないがと、はぐらかして答えたので、いやぁあたしゃ庶民ですから一生無理でしょうなと答えたもんだ。


 この旧皇族にたいする寛仁親王のイメージをナガコさんに話すと、そうなんですよ。あの人達と私達は、全然、違うんですよと同じ様に答えたので、ついでに寛仁親王が私にもわかる日がくるかもしれないと、からかうんですよと話すと、からかってないという。

 貴方も此処で生活すれば北白川さんのようにわかるようになるといわれた。北白川さんが旧皇族とは知らなかったので、ああ品位とかそういうのは血筋からくるものじゃないのかと思ったが、母親が私に言った『アンタなんか、あんなとこで暮らしたら三日もしないうちに気が狂うんだから』という皮肉の様になるのは目に見えているので、ああはなれまいと思ったもんだ。

 そんな言われ様の旧皇族だからか、寛仁親王は旧皇族の皇籍復帰には慎重というより、ほぼ反対の立場であった。

 しかし、当時(1990年代)から、このままでは男子が足りなくなると心配していたようだ。一回、娘さんを連れてきたりと、何回か細々と来たが、話すのは後継ぎの話ばかりだった。余りにも悩むので思い切って、その皇族の友人に旧皇族と娘さんを結婚させるように言えばいい。旧皇族が皇族になるの事に抵抗があるのなら、生まれた男子を子供のいない皇族の家に、隠し子が見つかったとして密かに養子に入れれば良いと意見してみた。

 寛仁親王がなにも隠し子にすることはないだろうとか、せめて成長してから本人の意思を聞こうやと弱気な姿勢をみせたので、養子であることを五月蝿い方々が納得すれば問題ないが、何もわからぬ幼いうちにというのは譲れません。

 幼いうちに皇居で育てれれば、余計なものも入らず立派な皇族になるでしょう。なにより育ての母と長く暮すうちに、生みの母より、育ての母の方に情がわきます。また、幼いうちなら親も子に情が移ってないはずです。成長してから本人に了承をとっても、今度は親が許さないこともあるから成長するのを待ってはいけませんと強く答えると、寛仁親王が、それは経験則かと聞かれたので、黙って頷くしかなかった。

 隠し子として祭祀を継がせることや、幼いうちに養子というのは寛仁親王にとって気になる点(実の娘にやらせようとしてるんだから当たり前だ)だったが、旧皇族に内親王を臣籍降嫁させて生まれた男子を断絶しかかった宮家達に養子へという案は気に入った様だった。

 しかし、この案は、皇族、旧皇族共に猛反発を喰らってしまったそうで、殆ど表にでなかったが、それを(娘の結婚相手候補として)直接、聞いたのか?どこか余所で小耳に挟んだのか?ただ、一点だけ留意して欲しいのは、竹田恒泰などの旧皇族から産まれた男子が欲しいのではなく、あくまでも、なるべく余計な血を挟んでない旧皇族男子に臣籍降嫁させた上で、産まれた子供が対象であるということだ。

 それにしても、まさか40目前という年齢で、自分の中二病的な(いや高二病か)愛国コメントをネット越しに見聞きする時代になるとは思わなかった。


 色々な思い出に耽りながら、歩いていくと40分すぎても辿り着かない。半蔵門を過ぎたあたりで警備員さんがいたので、徒歩だと、三の丸尚蔵館まで何分位かかりますか?と尋ねると、ここらへんの地理についてはわからないが、地図を持っているというので見せてもらった。あと30分もしないうちに着きそうだということがわかった。しかし、反時計回りに行っておけば時間がかからなかったものを・・・


 そのまま北の丸公園との間にある道を歩いていくと、どこかで見たような黒い車が信号待ちをしていた。その車の助手席には、どこかで見たような旧皇族に嫁いだ華族の血を引く中年女性の顔が見えた。女性がパワーウィンドウを作動させ窓を開けようとした。嫌な予感がしたので無視をして車の進行方向と逆、すなわち三の丸尚蔵館目指して歩みを進めていった。

 菊栄親睦会でもあったのだろうか?と考えながら歩いて、やっと辿り着いた時には、桔梗門到着から1時間を経過していた・・・息も絶え絶えに三の丸尚蔵館に入ると、思ったより狭い中に沢山の外国人観光客の親子連れが!一つのコンセプトのもとに明治時代に作られた品物なので、素人が見てもそんなに面白みのある展示ではなかったが、幹山伝七による草花の絵付けが素晴らしく、これを写真を加工して一枚の絵の如く展示してあるのだが、ちょっと見惚れてしまった。個人的には展示物の中で、絵柄が気に入った花瓶も同じ様な展示をしてほしかった。この花瓶は家に持って帰りたくなった位だ。(しかし、飾って壊しては悲しいので傍に置こうとは思わないが)

 パネル展示だったが、陶製珈琲茶器図案が色鮮やかな支那風で良かった。なんでも温知図録という書物に所収されている図案だそうだが、他にもあれば見てみたいものだ。東京国立博物館所蔵だそうだが、普通に展示されているものなのか?アマゾンで調査研究報告書が売られているが24,500円もする。本物を見るのは難しそうだな・・・

 一通りみて表に出ると蒙古襲来絵詞が見たかったので三の丸尚蔵館を訪ねたのを思い出した。職員の人に有栖川宮家の次は何を展示するんですか?と尋ねると、次は維新の実美と具視だという。蒙古襲来絵詞は何時見れますか?と訪ねると、未定ですねぇと、まだ、維新の展示物も決まってないんですからと言われてしまった。嗚呼、死ぬ前に一度みておこうと思って出かけたのに、逆に見たい品物が増えるとは難儀なもんだ。

 気を取り直して東御苑の二の丸池周辺で休もうとしたら、前回、冬に皇居を訪ねた時は午後だったので時間切れで追い出されたのだが、今回は観光客やサラリーマン達が休んでいて座れる場所も無く、彷徨ううちに雨が降りそうになったので家に帰ることにした。ヒレナガコイと錦鯉を交配させたヒレナガ錦鯉もみたかったがしょうがない。家に帰ってから、翌日のオバマが参加する宮中晩餐会の事を知り、ああ、なるほどと思ったもんだ。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140428/stt14042813050003-n1.htm
 さて、オバマといえば、日本の集団的自衛権の行使について支持の表明をしたが、正直な話、集団的自衛権の行使については反対だ。

 そんなものを認めてしまえば無駄な争いに巻き込まれるのが明白だからだ。安倍首相は韓国を助ける為に、是非ともといった感じだろうが、余所の国のくだらない仲間割れに国民が犠牲になるのはいただけない。なにより朝鮮戦争などの有事が起これば、また、朝鮮戦争やヴェトナム戦争などの様に日本が、色々な法解釈の抜け道や、民間企業、団体を通じて、または米軍として狩り出され参加させられるのが目に見えている。必要のある法律ではないし、そんな法解釈をして根こそぎ持っていかれるよりは、アメリカのつけた枷を利用して支出と犠牲を抑えるべきだ。

 大体、今でさえ思いやり予算なんぞ出しているのに、これ以上、何を出せと言えば良いのか!と書いて〆めたいところだが、実は自衛隊関連で更にアメリカに大金を流している。


 水陸両用者のAAV7というものがある。ジャーナリストの清谷信一氏によれば、防衛省が尖閣諸島を含む、南西諸島で使用しようとしているが、南西諸島の多くは海岸に防潮堤があり、また島の周囲は凹凸の激しい礁(リーフ)に囲まれている状態なので、AAV7の性能では踏破が難しいという。

 当初は予算委員会で27年度の取得して1~2年ほど検証してから導入するかどうか決める予定だったのが、5月に届いたもので年内に評価を終わらせることになっていた。5年間で配備すべき装備が載っている中期防衛力整備計画別表に52輌調達することが明記されている。

 同じ様な状況にオスプレイがあり、これも1億円の調査費が予算としておりてるが、中期防衛力整備計画別表には17機調達することが明記されている。


 オスプレイは着陸にかかる時間が、ヘリに比べて長いという欠点があったので、米陸軍では採用されなかった。また、武装が少なく、速度がヘリより高速なので、護衛に武装ヘリもつけれない。なんとも中途半端なものだ。

 同じ様な機体を日本が開発をした時の為に、研究や訓練目的で数機が採用されたのならわかるが、いきなり17機も導入である。まさか、有事の際、米軍のオスプレイが破壊されたら無償で提供するのでは?日本は金だけではなく、自国の領土を米軍に倉庫として提供しようとしているのではと勘繰ってしまう。

 グローバルホークなど、他の米軍御用達兵器もそうだ。どれも予算的には厳しいものがあり、買うだけで精一杯な感じがしないでもない。勿論、清谷信一氏は批判ばかりでなく、対案として、日本で採用している兵器を改修したほうが予算的にも運用的にも良いのものや、他国の兵器などを紹介している。気になる人は清谷信一氏のブログ、雑誌連載などでどうぞ。日本がトルコと無人機やエンジンを共同開発するかもしれないとか話が興味深い。

 

 日本は韓国などと同じ様にアメリカの属国だから、戦車の完全国産は許されても、アメリカに危機を及ぼす可能性のある戦闘機などの国産は許されない。米軍以外の国と良い条件で開発できる機会もあったが、不況のアメリカに、まだ完成もしていない高額な戦闘機を押し付けられてしまった。

 日本は四方を海に囲まれており、嘗ては四方を全て敵の勢力下になり、逃げることもできず、玉砕するしかない時代もあった。

 今は、戦争?と聞かれれば逃げるよと答える者が多かろう。それは四方の内、逃げだせれる場所があるからだ。前大戦のような状況ではいえない言葉だ。前大戦の時、国民全員が軍国主義に狂ったというのは嘘だ。密室的状況に陥入り、流され追い詰められた結果だろう。それだけ日米安保は戦争をしない者にとっても大事なものだ。もし、憲法九条を改正して独立すればどうなるか?

 アメリカの気分次第で日本は消え去る運命になるだろう。今の軍事・防衛力で独立など不可能だ。なのに、最近、やたらと日本に身の丈に会わない軍服を着せたがる勢力がいる。連中が何を望んでいるのか?日本がアメリカの新しい州になることか?中国やロシアに吸収されることか?

 ありがたいのは連中が、わざわざ九条改正という手順を踏もうとしていることだ。軍事力を持ち、独立すれば一端の国家だから、ウクライナやチベットの様に、ロシアや中国が取っても良かろう。それを米国が取り返し、新しい州として加えるのもだ。


 昔、足利義輝という三好長慶という武将に庇護されている将軍がいたが、彼自身は独立しようと長い間、三好長慶に刺客を送っていたという。その三好長慶が病で死ぬと彼自身も殺されてしまった。

 弟の足利義昭も織田信長庇護の下、上洛し将軍となった後、信長に反抗し都落ちとなった顛末は、皆さん学校の授業で習ったことだろう。日本がアメリカの庇護の下から独立すればどうなるか?ということの答えを先人達が指し示してくれている。

 

 だからといって、アメリカの奴隷の様に法外な金を貢ぎ続けるのは如何なものだろうか?え?ネットだけで有名な経済学者の先生が、日本は、まだ大丈夫だって言ってたって?本当かね。
 なんでも、財政制度等審議会が国の借金を減らすためにどれだけ歳入を増やしたり歳出を減らしたりする必要があるかという試算した。

http://www.asahi.com/articles/ASG4X5675G4XULFA01D.html

 結果は、2021年度に国内総生産の8.9%にあたる約57兆円分が必要だという。消費税増税のみで対応するのであれば30%まで上げないと駄目だという。単純計算による試算で、消費税のみという話だから、大げさな結果になったのかもしれないが、上記のような無駄を年々減らしていけば、30%より、もっと低い結果がでるのではと思う。不況で稼げないのであれば倹約するしかないだろう。

 金は天下の廻りものといううけれど、アメリカに流れて帰ってこないようでは、日本jのこれから先は行き詰まってしまうと思うのだが、皆さんは、どう思うだろうか?


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