10/25追補】毀誉褒貶~良いものあるし悪いものもある | 儂は悪くないぞ!松平が!松平の奴が悪いンだ!

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 竹田恒泰氏が日経で書いたコラムが、まとめブログに取り上げられたのだが

http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20131016/254648/?P=2

(現在、上記リンクは掲載から一週間過ぎたので会員登録しないと全文読めない状態になってます)

 竹田恒泰氏の日本人にとって働くということは幸せで、欧米では70歳や80歳を過ぎても第一線で仕事をしている人は気の毒がられるという主張が載っていて過剰に叩かれていた。
 確かに竹田恒泰氏の様な上層の人と付き合いのある海外の方々は、そういう傾向があるかもしれないが、もし、海外の下層の人々が、その様な考えを持っていたらエルメスなどのブランド品は生まれてこなかっただろう。

 現在でも弁護士などホワイトカラーの仕事を早期に辞めて、趣味の日曜大工などを第二の人生の生業に選ぶ者が多い。腕が良ければ前職より多く稼げることもあるだろう。彼らの大半は工場による大量生産を否定し、自ら腕を振り続けることを選択する者が多い。海外にだってCraftsmanshipという言葉があるのだ。


 まとめブログでも指摘している人がいたけどクリスチャンは神によって労働で得られる喜びを与えられたのだが、そんな背景のある欧米社会だからこそ、マックス・ウェーバーが労働は祈りなど言ったり、後になってガルブレイスが労働が苦痛であるなどを唱えたり議論が深まったのかもしれない。

 では日本は?というと皆さんも知ってのとおりなのだが、海外から見れば享楽的に見えたらしい。

 ロバート・フォーチュンという植物採集家が幕末の日本を見聞した時の記録に、中野(長者y)の十二社(熊野神社)という寺院(神社)の中に茶屋が沢山開いており(当時は花街であった)、人々はへべれけになるほど酒を飲んでは滝の水を浴びて酔いを醒まして、また酒を飲むというような有様であった。

 このような形で茶より酒が大量に消費されているのをみて享楽的と思われても仕方がなかろう。

 ただ弁護するなら日本は大きな戦争もない平和な時代であったこと、欧米と違い商人以外にも小石川後楽園のような大名が庭園を作り、一定料金で(庭園によっては無料開放されていた)庶民に貸し出されていたのだ。それによって懐具合の厳しい大名の救いになり、生産物が消費され経済が廻ったのも事実である。

 

 日本人は労働が好きではなかったのかもしれないが競争は好きで、戦国時代なんかで良く聞く話で、手柄を立てたグループと、立てれなかったグループに分け競争心を煽ったとか、手柄を立てれなかった家臣に目印の羽織をきせたり、逆に武功著しい武将には朱槍を持たせたりなど枚挙に暇がない。

 司馬遼太郎の中篇、木曜島の夜会に出てくる日本人潜水夫達に、真珠貝の採取枚数を競い合い、夢中になっている内に酸素の残量に気がつかず死んでしまう者の話が出てくる。

 こういった習性が上手く作用した面もあったのだろう。今の全員一緒に並んで走る徒競走なんぞやっている姿とは逆である。今日の日本衰退の一因かもしれない。


 これもまとめブログのコメント欄でも指摘している方がいたが、決して江戸時代は経済成長がなかった訳ではなく、速水融・宮本又郎著の経済社会の成立(岩波書店)によれば1600-1872年までの間に人口が1720年の時点で約1200万から約3120万、石高が1973万石から1872年の時点で4681万石まで増えている。これらの下地があったからこそ、あれほど大規模な内戦を経ても、尚、成長することができたのである。維新後の各叛乱・運動も元から貧しかったから民衆運動が起こったのではなく、社会が改革される事に対する不安と不満が爆発したのだ。誠、日本はマルクスの思考を突き抜けた国であった。


 良く日本の技術は凄かったと言われるが、同じくロバート・フォーチュンの探訪記に彼が採取した植物を本国を持ち帰るために小型のガラスの温室の作り方を日本人に教えて作らせるのだが、木の粋は作れたがガラスをはめ込む事ができなかった。別に日本人の技術力は格段に優れているわけでもない。また、これによって劣っているということもなかろう。日本が大好きなのは構わないが、日本を誇大して相手を見くびって損をする必要はない。

 ただし、日本の庶民が欧米の技術を、ある程度理解し受け入れれる知的水準を持っていたこと、何事にも興味を持つ好奇心旺盛な民族だったことは確かだ。

 ロバート・フォーチュンが庭先で件のガラス箱に土と採取した標本を詰めていると、神奈川の住民が大勢集まってきて長い航海の間、植物の維持に何をすれば良いのか色々と質問してきたと言う。塩気にやられない為に、箱の蓋を絶対に開けず植物に一度も水をやらない事を伝えたら非常に不思議がったという。

 この何にでも興味を持ち、質問する姿勢が維新後に追いつけた要因の一つだろう。決して内に篭って技術革新を重ねてきた訳ではない。鎖国中も積極的に海外の技術を取り入れてきたのだ。

 

 別に難癖をつける訳じゃないが、もう一つコラムに突っ込むのならば、合戦は軍事のプロなどではなく。食い詰め者や荒くれ者が多かったのはご存知のとおりだ。

 次々回やる予定であった質屋は江戸時代初期からの名称で、室町時代に始まった頃は土倉、庫倉などと呼ばれていた。元々資金力のあった造り酒屋が副業で始めたのだ。

 これらは不動産の土地、衣類、鍋、鎌等の金物など何でも預かり金を貸した。盗品が多かったのだが(故に江戸時代に厳しく法規制されることとなる)構わず貸して利子を取り大いに儲けた。

 こんな財貨が詰まった倉が京都には沢山在ったのだ。それらは略奪の対象となり、戦が起こる前に賭博の掛け金にもされた。都会を離れれば民衆の被害は少ないかというと、青田刈りや孫子の兵法に則り、篭城先の食糧を浪費させる為に民衆を城へ追い込んだ事も有名であろう。

 

 ここまで指摘してなにを言いたいのかと言うと、何度も繰り返すようだが日本が他国に比べて特別と言うこともなく、格段に優れているということもない。歴史の必然だったのだ。

 氏の周辺に沢山いる日本が大好き!という方々は、大いに結構なのでございますが、その反動で海外諸国を根拠なく低く見る態があり、その姿は、まるで自国の歴史文化を過大に誇る彼らが嫌いな日本周辺の国々に居る愛国無罪的な方々とウリ二つなので書いてみた。

 

  昔、幼稚園の頃だったか?おじさんが線の細い子供を連れてきた。なんでも偉い人の子供だそうだ。本が好きで部屋に篭ってばかりだから外に連れてって、おまえの友達達と一緒に遊んでやってくれと、初対面で挨拶もそこそこに、いきなり連れてけと押しつける。なんと無責任な・・・と思いつつも、ま、いっかと連れて行った。

 近所の友達と一緒に遊ぶんだけど話してて、なんだか違和感が・・・?友達に会わせて耳元で聞かれたことが、あの中に好きな子いる?もちろん皆友達だから大好きだよと答えると彼はイラッとした感じで、そんな事、聞いてるんじゃなくて好きな男の結婚したい男の子はいるかって聞いてるんだよ!と怒る。

私が男だから男と結婚はできないと答えると、ふざけるな!と怒られてしまった。

 後で友達に聞いたら、どうやら女と勘違いしているらしい。勝手がわからないから傍を離れずにいたのかと思ったのだがどうやら違ったらしい。そう言えば僕が守ってあげるからねとか言ってたなと思い出した。一体、どこを気に入ったのやら・・・


 幾度か説明しても納得せず服を脱ごうとすれば女の子の裸なんて見れないと両手で顔を隠して見ようとしない。しかも私が鬼になれば友達も面白がって彼になにか言い含める始末。

 結局、誤解は解けないまま彼が帰る時間が来たのだが一緒に連れて行くという。家は大きいから一緒に暮らせるとか、僕の家は偉いから言うことを聞かないと大変な事になるなど言い寄られた。どうやら将来の妃候補にされてしまったようだが惜しかったね。数年前なら両方あったので女性器も持っていたが、この頃は既にない。ま、結婚する気もないけど。仕舞いにはキスをしてくれたら帰るといいだしたので、おじさんが減るもんじゃないから、さっさとしろよと言い出す。更にボソッと多分、もう二度と会えないんだし思い出ぐらい作ってやれよと耳打ちしてくる始末。

 幼い子供に対して酷いことを言ったもんだが、しょうがないので頬にした。相手はエェーッツ!唇じゃないの!?と言い出した時、ちょっと後悔したが二度と会わないからと思い直し、今日の約束守れなかったからダメーとサービスでウィンクしてやった。ま、次に来た時は帰り際に唇を要求されたあげく、まんまと奪われてしまうのだが話の筋から外れるので後に語ろう。問題は彼が家に帰って着いた後だ。


 彼が家に帰った後、親に結婚する云々語ったらしく彼の母親から息子を誑かしたという抗議の電話が連れてきた人に入ったそうだ。連れてきた本人は面倒になって電話番号を教えたから電話かかってくるから謝っといてくれと、こんな感じ。

 鳥取の方も相手が相手だから、騒がれると五月蝿いから逆らわず平謝りの方向でと電話を入れてきた。しばらくして抗議の電話とやらがかかってきたのだが。

 この母親が人の話を聞かなくて一方的に罵る罵る。母が、この人に家の子は男ですから結婚なんてできませんからと言えば、○○(彼の名前)が男の子を好きなるんてあるわけないじゃない!貴方は私達を馬鹿にしているの!?平民ということだけでも無礼(不敬だったか?)なのにと、こんな感じ。

 何度も同じ内容の電話をかけてくる。内容は段々とエスカレートし、しまいには貴方の父親は皇族を誑かしたから、貴方の(アンタのだったかな?)息子とやら(まだ完全に男だと信じてくれてない)も、その淫蕩の血を受け継いでいるまで言い出した。普段、タカマサさんが嫌いだと公言している母が凄まじい顔をして怒ったのを憶えているが、池田家の人々に言われたことを守って受話器を持って聞き流す母。しかし、電話を切るとガクッと肩を落とし、毎日毎日同じ内容で何回もかけてきて何時まで続くの?と息も絶え絶えになっていた。

 そこに意外なところから助けがきた。家の母の薔薇を気に入ってくださった皇族の方から、彼の父親は生まれた時から平民であり、ましてや奥さんの出自も平民なのだから心置きなく言い返してやりなさいと助け舟がきた。母は、一瞬、笑顔になったけど電話を切った後、暗い表情で、ここまで耐えたのだから、今更、言い返して相手と同じレベルに堕ちるのも・・・と逡巡しだした。

 そんな母を見て、どうなるのかと思っていたら、更に意外なところから助け舟が来た。彼の父親が非礼を詫びて丸く治めてくれたのだ。この時ばかりは本当に有難い救いの神だと思ったものだ。

 

 ここで問題にしたいのは皇族の人から言われて、平民云々を知ったというか認識したわけで、そういう発想は私が子供の時代には自分達庶民は考えもしなかったし、気にもしなかった。

 しかし、冒頭の日経のコラムを紹介した、まとめブログのコメントでも上記の旧皇族ではなく平民のオンパレードであった。まとめブログを擁護させてもらえば、日経コラムのタイトルに旧皇族と書いてあるのだ。そのまま写したブログ主も悪いのかもしれないが、それにしても一度指摘すれば事足りるのでは?と思う。

 この平民云々についてはWikipedia、ニコニコ大百科などに古くから書かれており、正直な話、現代日本は経歴社会、肩書き社会ではあったけど、何時の間に日本は前近代的な出自を気にするような社会に戻ったのか?


 竹田恒泰氏を自身の経歴にも2000年にスカイビズ2000(2003年に破綻)というアムウェイのネット版の様なものを紹介してしまったりなど、若干、叩かれる要素もあろうが、横浜市長選関連まで叩かれるのは、そこまで叩かんでもと思う。これは非難するほどのものではあるまい。

 出馬を取りやめたのは政治的な理由の他に氷川清話にある東京市長選における徳川家達の故事に倣ったのでは?と思うのだが、これは私のそうであってくれという願望も強かろう。

 以上の様に色々と毀誉褒貶のある方で、慶応大学出身の憲法学者だが古事記関連の本を色々と出してます。その中で現代語古事記: 神々の物語という本は少し立ち読みしたのだが素晴らしく良かった。(買わないのかと問われれば講談社学術文庫版古事記を持ってるので)

 現代語古事記: 神々の物語は、 竹田恒泰氏が書いたのだから思想的に偏ってるのでは?と懸念する方もいるかもしれないが、そんな事はない。原文、訳文ときて、次にコラムが入るのだが、そのコラムも祭祀的なものや思想的なものではなく、例えば「其の腹を見れば、悉に常に血爛(ちただ)れつ」は砂鉄で川が赤く濁った様子なのでは?と書いてあり、竹田恒泰氏のあらゆる年代の方々に手にとってもらいたい、読んでもらって興味を持ってもらいたいという思いがひしひしと伝わってくる。

 他の出版社の古事記を読んで断念した方とかに、一度、本屋で手にとって読んで欲しい。これはスラスラと読めるのではないかと思う。大丈夫だと思ったら買ってしまえばいい。子供に買い与えるのも良かろう。惜しむらくは上つ巻の内容のみで、売れれば続刊がでる予定という点か。

 こんなに良い本が書けるのだから在特会などの虚言に惑わされず、竹田研究会などに力を入れて少し身を落ち着けては如何だろうか?


と、結ぼうとしたら以下のような事が起こってしまった。


http://mainichi.jp/select/news/20131022k0000e040213000c.html

http://yukan-news.ameba.jp/20131022-90/

 これは、後日、産経MSNでも報道とコラムで大きく扱われた。

のりこえねっとの主張する通名制度導入の背景に創氏改名制度があるという主張は事実無根なのは明らかだ。しかし、問題点はそこではない。

 竹田恒泰氏が番組で

「例えば、通名というのがあって、日本人の名前に変えることによって、犯罪歴や金融関係の経歴を全部消すことができ、また新たな犯罪ができる」

 通名などによる架空口座による問題として有名なのは自民党(元は新進党だったが反創価学会の亀井静香に誘われて復党した)新井将敬衆議院議員による他人名義口座(借名口座)を利用した株取引だ。

と、書くと、そらみたことかという人が出るだろうが、当時は自民党から共産党に至るまで多くの議員は親族、支援者名義などの架空口座を持っていた。20代後半以上のかたなら憶えている者も多かろう。

 これにより1999年8月に議員の株券の取得、譲渡を目的とした架空口座が禁止され、更に2003年1月6日に本人確認法が施行され、これが2008年3月1日の犯罪収益移転防止法につながる。    

 大体、犯罪記録を消せるほど警察は甘くないし、金融関係の経歴を消すことも、民間でもCICなど色んな信用機関があって、竹田恒泰氏が番組中で言ったような真似は現状では簡単にはできない。やったとしても捕まるのは時間の問題だ。


 こんなリスクのある方法だから竹田恒泰氏が主張するようなケースを聞いたことがない。昨日(10/24)深夜から10/25にかけて竹田恒泰氏が主催する竹田チャンネルの生放送があり、この件について語るとFaceBookにて告知があったので視聴したが、この件について在日二団体に謝罪はしないという表明だけで、上記の犯罪歴抹消などに関するソースは私を含めて数人から尋ねられるも一切語られなかった。

 最近の事件だが、在日中国人が知り合いの日本人の住民基本台帳カード作り、パスポートを不正取得した事件があった。この事件、逮捕されるまで犯人は中国、日本間を三回往復したという。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20131022/k10015460711000.html

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/131022/crm13102213110001-n1.htm

もし、なにかを機密を持ち去られていたら大事である。韓国・北朝鮮のスパイや指名手配中の犯罪者の偽造旅券などが発覚し捕まった時に偽パスポートや偽造旅券が押収されるが、それらの取得に通名が悪用されたケースは見当たらない。

 しかも、今回悪用された『顔写真のない証明書でも2通あれば住民基本台帳カードが取得できる』ことに対してネット右翼的団体が危険だとか、新たな対策をたてろと騒いだところを一度もみたことがない。実際の事件より、妄想の産物の方が気にかかるらしい。どんな妄想をしてるかって?


 この動画は在特会の連中が区役所の用紙を持って手続きが理解できないのか、北九州市役所が通名の変更を把握してないと喫茶店で妄想を爆発させる動画。

http://www.youtube.com/watch?v=zjV6Zum3hpI

区役所の手続き用紙を見ているだけで、こんな妄想が頭に浮かぶとは精神的な病を持っているとしか考えられない動画だ。こんな連中がデモをしているのだ。確かに危険だ。

 下記のブログは

『通名の変更には制限が無いため、頻繁な通名変更によって別人に成り済ますことが可能となっている。したがって、在日朝鮮人や在日韓国人が、過去の犯罪を隠したり社会的制裁を避けたりするために通名を変更していることは、紛れもない事実だ!』と主張しているのだが、その下に通名を変更して健康保険証を30枚獲得し詐欺容疑で捕まった事件が取り上げられている。

http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-5238.html

 通名の変更を把握されているのだから健康保険省が30枚も発行され、詐欺に使われ警察にアッサリと捕まったわけだ。上記に書かれている事実とやらを自分で否定してるようだが・・・

 こんな連中ばかりでは在特会が在日朝鮮人の組織ではと世間で噂されても仕方が無いだろう。

 さすがに竹田恒泰氏も、こんな与太者達に騙されないとは思うが心配だ。


 ついでに、一時期、在日のマネーロンダリングとして誤解され紹介されてたシティバンク、エヌ・エイ (在日支店)の事件だ。

 これは日本に在る支店なので在日支店であって英語名称もCitibank, N.A., Japan Branchesである。朝鮮人、支那人は関係ない。シティバンクからマネーロンダリングの指南をされたり、大口顧客の匿名口座開設、株価操作のための資金提供を受けれたのは在日を含む日本の富裕層である。

 

 ただ、通名に関連する犯罪が、まったくないというわけでもなく、自分が実際に通名などによる犯罪行為の被害にあった経験はあるが竹田恒泰氏の発言の内容からは、ほど遠い内容のものだ。


 故・司馬遼太郎が1994年に中日新聞に寄せたコラム新春漫語では、バブルが弾けた当時の世相を反映してか、日本の歴史中で起こった不況、特に昭和恐慌から満州事変について思い出を語っている。

 結びには昭和恐慌後の不況期に国民が左右のイデオロギーに振り廻されて思慮分別に欠いたが、今度(1994年元旦)は、そういう化け物は出ない。その代わり自分で考えねばならないが、国民一人一人が、その様な気概を持つのなら景気の回復を期待する以上に、この時代の経験が後世のためのプラスの資産になるという話を書いている。

 しかし、現実は、このような時代なのに惰性に流れ、考えることをやめ、安倍晋三首相や竹田恒泰氏の様な神輿を担ぎ、事が失敗するか気に入らない事が起きれば無責任に神輿を放り投げ責任をなすりつける。まるで戦前戦中の翼賛体制のできそこないのようなものができつつある。

 最初に述べたように日本が栄えたのは歴史の必然にすぎないと言ったが、このままの状態が続けば日本が滅ぶのも歴史の必然である。


本日のイチ押し大好きな本です。

幕末日本探訪記 (講談社学術文庫)/ロバート・フォーチュン
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以前は違う本を紹介していたが一番読みやすい古事記はこれだね。

新版 古事記 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)/著者不明
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