またとない行幸にめぐりあった。2ちゃんねるという掲示板での流出事件である。以前から、言われていた韓国の商品を2chで若者に売り込んでいた電通や、対して擬似極右的なチャンネル桜、ここでも指摘している自民党以外に、詳しくは知らないが、北朝鮮、米軍関係の書き込みもあったそうで、なんともはや世も末だな。しかし、一番酷いのは片山さつきであろう。
katayama satukiだから別人だということだが自民党の紹介や、片山のホームページでもkatayama satukiである。katayama satsukiではない。多分、本人はsatsukiなのだろうが自民党スタッフ、いや片山さつきさんの配下の方はsatuki表記なんでしょうが。
こうなったら生活保護で手を組んだチーム世耕さんから「じゃあのうw」の一言でトカゲの尻尾切りされてしまうんでしょうかね?
こんなことが起こるとは伊勢の斎王様の御力か?天照大神が諸天善神として仏法者の自分を守護してくれたのかのは自分にはわからないが、この事件で若者達の一人でも多くの目が覚め掲示板の戯言を真実などと盲信するなどぜずに勉学や自分の趣味に邁進して青春を謳歌してもらいたいものだ。
特に昨今の若者が神道を信奉していると広言し長柄、実際には斎戒、作法を軽んじてるのには開きれてしまう。神道を信仰するのは個人の勝手だが、地元の護国神社などではなく遠く離れた特定の神社にのみ押し寄せる姿に大いに違和感を憶える。特に平日ならまだしも戦没者を偲び追悼する終戦記念日に着ぐるみを着て参拝?しに来ている輩など何を考えているのか?こんなのがネットで支那・韓国と(なぜかロシアの名はあがらない)戦争しろと威勢よく騒いでいるのかと思うと本当に嘆かわしい。
昨今、やたらと昭和天皇を靖国や戦犯と絡めるブログや記事も増えてきた。まるで戦争を支持し戦犯を祀っているかのような論調だ。しかし、ほとんどが彼らの妄想である。
例えば殉国七士廟の「当日の朝、宿のお部屋で、両陛下は殉国七士廟の方角へ向かって、不動のままに佇立(ちょうりつ)しておられたという。この陛下のご佇立は、『ご内意という状況証拠と合わせて考えると』殉国七士廟への間接的な親拝であったといえる。」
『』部分の通り、彼らの大好きな韓国人と同じ位のレベルの妄想なん訳だ。まあ、この話しを好んで書くのは在日朝鮮人なので同じ人種だが・・・それを喧伝する事によって騒ぎ日本へタカリに来る。要するに日本の為ではなく、彼らの祖国の利益のために喧伝してるわけだ。戦犯として扱われた方々については、いろいろ言いたい事があったようだ。しかし、遺骨を渡さないという非人道的な方針については、相当怒っていたようだ。
少し思い出話をすれば小学生の頃、爺さんとヒロヒトさんが夕飯時に来た。爺さんが「またスキヤキか」と呆れたように言うが、前に来たのは大分前なのだが、まるで昨日も来たかのように言い放つ。
ヒロヒトさんに会うのは初めてだったはずだ。もしかしたら物心つく前にあった事があるかもしれない。
スキヤキやめてジンギスカンにしますか?と母が聞く。前に爺さんが違う人を連れて来た時もスキヤキで色々あったのだが、それは別の日にとっておこう。全てを語って在日朝鮮人ハーフで帰化済みの奴(高校は違うのだが同年代で知り合いだった奴がいた)に2chあたりで成り済まされるのも困る。
ご飯の仕度中にTVをみてるとニュースで北方領土で拿捕された船長の解放されるのか?というニュースがあり、アメリカがいるのに、なんで助けにいかないんだろう。いつか戦争をしてでも北方領土と樺太を取り返したいね。と話したのだが、ヒロヒトさんに「樺太もか欲張りだなぁ」と笑われた。そして、アメリカと一緒だったら全部返ってこないかもしれないぞと言われたので、じゃあ日本だけで頑張ると答えると、あんな自衛隊なんか子供の遊戯だぞ無理だと言われたので、じゃあ憲法変えて軍隊にして絶対、戦うから!爺さんが「馬鹿、なにを言っとるんだ」と言うのを手で制して、ヒロヒトさんは「ソビエトは強いぞ。死んだらどうする?」死んでも戦う勝つまでやると答えたら頭を撫でながら「そうかオマエは立派だな。オマエを天皇にしてやろう」と言うと爺さんはニヤリと笑い「それは名案だ」小学生の自分は「天皇?偉いんでしょ。なら嬉しいな」と能天気に答えるとヒロヒトさんは「だが天皇になったら戦争はできないぞ」と、そう天皇陛下では戦争はできない。そのことを教えてもらうと泣きながら将軍がいいと抗議すると、将軍は今の時代なれないしな。首相も年齢が足りない。爺さんが「どうする?もう天皇しかなれねぇぞ」「助けて・・・」と助けを求めると「いやぁ陛下を助けるなんて恐れ多い。むしろこっちが助けてもらいたいもんだ」と、拒絶され困っていると「さ、これで戦争をしたくなくなったろう」ヒロヒトさんがいうので「ぜったい取り返すもん」と答えると、やれやれ頑固だなと苦笑いをしてた。
晩御飯の仕度ができると、さっさたとヒロヒトさんは普通に卵を割ってスキヤキを食べていた。生物学者らしく色々と食べてたらしい。爺さんが唖然としていると、逆に爺さんに「あ、おまえ食べたことないの?」「それはありますけど・・・」気がついたら食べたことのある動物談義になっていた。母が「おや、今日は食べるんですか!?」と驚くと爺さんは「こうなったら、しょうがないだろ」と言うと「いやいや無理しなくていいぞ」とヒョイと爺さんの小皿から肉をとった。思わず笑ってしまった。爺さんに「なにがおかしい」と睨まれたが。
ちょっと興味があったのでウシ蛙とか食べたことがあるのと聞いたのも良い思いで。爺さんよりヒロヒトさんの方が色んなものを食べていた。やがて時が経ち鍋の中身が減ってくると、ヒロヒトさんが爺さんにポツリと聞いた。「おまえ食べないのか?」一言いうが早いか、返事をする前にピャッと小皿か肉を取ったのは笑った。爺さんが、ぐぬぬと呻いてると母が「まだ、ありますから」と言うんだけど、かんしゃく起して「いらん!」と答えたのには子供心に何だかなあと思った。
夜中に酔いが醒めて色々と話していた。話すというよりは母は聴いていた。許してくれとか、答えてくれとは言わない、ただ聴いてくれるだけでいいと言われたので聞いていたそうだ。時々、母が答える声が聞こえた。
母は顔が九条節子さんに似ているそうで、朝食の時、起しに行ったら、「母さん」と言ったそうだ。間違えたのが昨日の復讐になって嬉しいのか?楽しそうに爺さんが「アイツ間違えたぞ」とコソッと教えてくれた。
顔が似てたから、夜中何時間も話していたのか?それはわからない。ただ、夜トイレにいったら、母がゆすっても起きないくらい寝てたので二人で布団まで運んだのは憶えている。
後日、ふと気になって一回だけ、どんな内容を聴かされたのか聞いたが、周りを止めれず戦争が起こしてしまった事、沢山の犠牲を出した戦争を幾度か停めれるチャンスがあったのに停めれなかった事、戦中戦後ABC戦犯なども含めて沢山の犠牲を出したのにも関わらず何の咎めもうけずに生きていること。他の話しについては話せないと言うので聞かなかったし母も死んでしまった。
先に挙げたものも何故かヒロヒトさんは自分が成長したら日本の権力を掌握し戦争へ向わせるかもしれないと危惧していたそうで、もし何か聞かれたら、この内容だけは話しても良いと言われてた。これを話した時は貴方の息子さんだけじゃない。もしかしたら日本の若者が全員こうなってしまうのかもしれないと言ってたそうだが、母はアンタの成績じゃ政治家は無理だし、今(バブルの頃)の日本で戦争とかもありえないし、その点については本当に心配性だったねぇ。確かにあれだけの体験をしたのだから警戒するのはわかるけどと母は笑っていた。気がつけば日本はヒロヒトさんが危惧していたとおりの状況となってしまった。まったく面目ない。
大体、英霊だの軍神だのいうが、ヒロヒトさんは英霊に関しては英霊なんかはいない。『人は死ねば皆同じだ』(戦犯や後述の近衛も)といい、軍神に関しては、はっきりと軍部の誤魔化しだと嫌悪していた。
靖国のA級戦犯合祀も今の韓国人が日韓基本条約を無視して賠償請求をしたのと同じレベルである。
なぜ、あんな理不尽な裁判をやられたのか理由を考えれば、あのような愚考は普通はやらないはずだ。
じゃあ、どうすれば良いと聞くのなら殉国七士廟の様に、ひっそりと、本来ならば遺体をそれぞれの遺族に返して其々の家が葬れば良かった。それをGHQが馬鹿な事をしたおかげで今の様な事態を招いてしまった。これはどんな立場の人間でも怒るだろう。
父が仕事から帰ってきて一緒に風呂に入った時にA級戦犯について話した。終戦直後産まれの公務員はA級戦犯をどう思っているのか興味があった。意外な答えが返ってきた。父の考えはA級戦犯には悪いのもいたけど同じ状況に置かれたら自分もどうなるかわからない。広田弘毅なんかは戦後も平民から上がった男として有名だったようだ。その広田より自殺した近衛の方がずるいと。近衛の名前が深く頭の中に残ったので、また爺さん達が来た時に聞いてみた。
近衛の最期は卑怯だけど、それによって近衛自身の名誉も汚れた訳だから、これ以上、戦犯などと責めてもしょうがない。むしろ、世が世なら、あんな死に方はしなかっただろうし、そこまで近衛を追い詰めた戦争、それを起こす事に関与した自分がと言い出したので別の話に切り換えた。処刑されたA級戦犯に対しては個々人について色々言いたいことがあったようだ。しかし、大体の結びは同じであった。
そして、そんなに憲法を改正したいのか?そんなに戦争がしたいのか?そんなに領土が欲しいのか?と詰め寄られた。私は憲法は変えなくてもいい、戦争もしたくない、ただアイヌを含む北方領土で暮らしていた人達、北方領土から逃げてくる途中で船を沈められた民間人達を考えたら(本当は樺太だが当時、間違って憶えてた)絶対取り返したいと、戦争で自分が死んでしまってもいいと答えたら、とても悲しそうな顔をして「馬鹿な事を言うもんじゃない。死んで負けたらどうなる!残された者達はどうなる!答えてみろ!」と泣きながら怒ってしまった。爺さんが「あーあ滅多に怒らないのに、怒らせたら面倒臭いぞ」と呼び戻しに行ったが出てこなかったので、母親と一緒に謝りに行き、自分が悪かった。何でもするから許してと言ったら、じゃあおまえが天皇になってくれるか?と聞かれた。
翌朝、帰る時になっても暗い表情は晴れず、手をとって一緒に行くぞと言われた。学校に出かけるのから途中まで送ってくれるのかな?と思ったら、おまえをこのまま、この家において置けないと言われ一悶着あったのも良い思いでだ。もっと細かい話があるのだが順々に書けば長くなる。また前後している話もあるかもしれない。今、必要な話をおおまかに話せばこんなものか。ヒロヒトさんもまさか、こんなにも天皇候補が溢れる世の中になるとは思わなかっただろう。いや、予測していたのだから、あの話を残したのか?
何はともあれ天意に叛いた輩どもの悪事が、偶然ではあるけれど白日の下に暴かれたのは良いことだ。まだまだ日本は、やり直せる証左である。ヒロヒトさんの危惧したような
今の若者が、これで少しでも目が覚めて何かにつけ(特に韓国朝鮮が関わってない事柄にかかわらず)韓国人の仕業など、相手と同じレベルのことを言い出す病が治ってくれればと思う。
皇尊弥栄、皇尊弥栄