世間じゃ倍返しだ!が流行ってるが、復讐は復讐を(以下略 | 儂は悪くないぞ!松平が!松平の奴が悪いンだ!

儂は悪くないぞ!松平が!松平の奴が悪いンだ!

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 先月はとうとう、一件も投稿できなかったわけだが私生活も少しだけ落ち着きFacebookなんぞを始めてみた。

 さて、世間じゃ何時の間にかドラマ半沢直樹も、あまちゃんも終わり・・・ああ我が家にはテレビは無いが。

 今、世間で今年の流行語大賞を取りそうな勢いで流行っているのが半沢直樹の劇中の台詞、倍返しだ!だそうである。・・・昔のTVアニメの主人公あたりが叫びそうな台詞だ。

こんな台詞を敵役が叫ぶと主人公方が復讐は復讐をよぶだけだぞ!などと、したり顔で言うのだが

(その前に先に主人公側が復讐をしているのに触れられないケースも多かった気が)今回の思い出話は、そんな虚しい復讐の応酬の話。

 

 実家は一回建て直したのだが、なんで建て直したのかというと北海道札幌市北区篠路1条は泥炭地で家自体は問題なかったのだが、軒下まで家が埋まってしまったので建て替えることになった。

サザエさんならタマが家に押しつぶされてお陀仏になるエピソードが作られただろう。

 土地付き一戸建てだが、当時の篠路は札幌市とは名ばかりの田舎で隣の家以外に家は無く、周りは畑と田んぼばかりだったそうだ。

だから一括で買えたのだが、どうせ買うなら一生物が良いだろうし、子供ができたばかりの夫婦に貯金がなくては困るだろうとタカマサさんが、私の両親に半分だけ払いなさい。残り半分は自分が(後に徳おじさんも出してくれることになった)払うからと心温まる提案をしてくれました。

が、これにはオチがあるのだが・・・それは後に語るとして 


 昔の実家はエアコンが内臓されている家で、今、思えば贅沢なつくりだったかもしれない。

個人的には扇風機が好きだったので級友の家の様に2個3個欲しいとダダをこねては両親を困らせていた。子供には扇風機の方がビジュアル的に良かったのであろう。

 級友にはエアコンが付いているのを知っている子が何人かいた。土地を買う時に仲介した不動産(太平不動産ではない。寺田か他の不動産屋である)で働いていた人が母親になっており、土地の購入時とかに華族の池田家が両方来てたので珍しかったようだ。

 起工式だか立柱式(家は創価学会だというのに・・・改築時には一切儀式はしていない。餅まきは楽しいでやったはず)の時や餅まきの時に、なにかトラブルでもありゃしないかと社長が現場を見に行ったのが印象的だったらしい。(心配性な・・・)

 そんなことがありクラスの母親達の中で事情をしっている人達がいた。だから小学校1,2年の頃だったか、左翼気味な母親の人が、私の母親があしなが育英会など色々な福祉、ボランティア関係をやっていることに対し、貴方がやっていることは貴族のお遊びだから真のボランティアじゃないとか色々目の前で批判された事もあった。

 私の両親は家を建てる時以外は経済的な支援は受けてないし、父は公務員で母は専業主婦である。友人達のお年玉が好景気をうけて1万から10万の頃、私のお年玉は5千円くらいだ。

家は地方公務員だから好景気は関係ない。父は10人兄弟である。必然と、どこの家も出費が増えるから必然とお年玉は減る。そう、我が家の経済状態は金持ちというよりは、むしろ貧乏であった。月々の小遣いも貰えなかったのだから。

 こんな言いがかりをつけてくる左翼に対する疑いの心は、この頃から培われたのかもしれない。


 段々、倍返しとは話がそれてきたので話の筋を元に戻そう。

タカマサさんと一緒に徳おじさんが来た。タカマサさんより我が家に来た回数は多いかもしれない。

本当の読みは違うが、徳川家康の徳川家の徳がついてるから徳おじさんで、本人は自分の名前が余り好きでなかったそうだが、こんな理由で子供の人気が取れるのなら、この名前もいいもんだなと喜んでいた。そんな話をしていると「おい、今の時代、将軍なんかいないんだぞ」とタカマさんがいってきた。「徳川なんか何の権力も持ってないんだぞ」と、「でもな天皇は今の時代も続いているんだぞ」と言うのだけれど、小学校低学年には断然、武士の方がかっこいいから「将軍の方がカッコイイ!天皇より好き!」と答えるとタカマサさんが徳おじさんを睨んでいた。今、考えれば、この時点で少し機嫌が悪かったかもしれない。


 やがて晩御飯の時間になった。ここで事件は起きた。タカマサさんが率先して、ご飯を盛ってくれたんだけど、男ならメシを沢山喰えとばかりに大盛りで盛ってくれたのだ。・・・箸を茶碗の上に置けない状況で、テーブルの上にも置けないので茶碗に箸を立てた。

 いきなり頭を叩かれた。なにが起こったかわからなかったので、なんで?なんで叩くのと聞く私。

今度は頬を張られた。思わず泣き出す私。母が割って間に入り、葬式を連想させるから駄目なのだと教えてくれた。母が口で言えばわかる事をなんで、いきなり手を出すんですか!と抗議した。

徳おじさんも普通、口頭で注意するだろうと呆れて文句を言う。自分が不利だと思ったタカマサさんは「わかった。確かにいきなり叩いたのは悪かったかもしれん」

「俺は謝るから、おまえも謝れ。それで水に流してやる」と言い出したが、こっちは訳もわからず叩かれてヒックヒックと嗚咽を繰りかえしていた。

するといきなりタカマサさんが、ええい!女々しい!と、もう一発頬を張った。これで泣き止んだら奇跡だ。

 あっという間に非情に暗い雰囲気つつまれる我が家の食卓。みんなに睨まれて、ばつが悪かったのだろう。タカマサさんは「俺がトイレから戻るまで、その悪い癖を直して泣き止んどけよ」と捨て台詞を残しトイレに逃げた。

 

 タカマサさんがトイレに行ってる間に、徳おじさんが男のくせに情けないと思ったのか、それとも哀れに思ったのか、はたまた両方か?徳おじさんが私を叱咤した。

 「おまえも男なら何時までもやられっぱなしでいるな。いいかアイツがトイレから戻ってきたら、もう一回、ご飯に箸を立てろ。なんで立てるんだと聞かれたら、お爺ちゃんの葬式だよと答えるんだ」

今度はアイツも本気で怒るから逃げ道を確保しろよと言われたので仏間にしかけを施した。

徳おじさんは袋小路を逃げ道に選ぶとは子供だなと苦笑いしてた。仏間の押入れに篭城するように見えたのだろう。しかし、そんな積もりは毛頭も無い。

 しばらくしてスッキリした顔でタカマサさんが戻ってきたので言われた通りに茶碗に箸を立てた。

タカマサさんがギロリと睨み「なんの真似だ?」と聞くので泣きながら「葬式をしてるの」と答えた。

 やや間があって「誰の葬式だ?」と聞いてきたので、「お爺ちゃんの葬式だよ」

(徳おじさんの話では、ここでニヤリと笑ったらしい)

ついでに南無妙法蓮華経三度唱えと拝んでやった。

 タカマサさんの怒りが爆発した。私はかねてからの予定通り仏間に逃げ込み襖を閉じた。

 襖の片方は予めステレオのスピーカを挟んで開かなくしてある。

あとは反対側に掃除機の長いノズルを、つっかえ棒代わりに立てておけば寝てても良い位だ。勿論、葬式を敢行すべく何時もは嫌がって拝まないのに仏壇に向って元気良く拝みだした。

 タカマサさんは開けろ!ここを開けんか!と怒鳴っている。開けろといわれて開ける人物も珍しかろう。

 閉じている襖の間に定規を突っ込み、なんとしても開けようと騒いでいるのが聞こえる。仕舞いには「開けんと襖を蹴破って入るぞ!」と怒鳴るが、私が学校から帰ってきた時にタカマサさんが自分で選んだ人物に書かせた襖の絵を褒めてたのを聞いている。蹴破ることなどできやしないことは計算済みだった。

 拝み終わった後、暫くしてタカマサさんが猫なで声で「もう許してやるから出ておいで~」と呼びかけてきた。放って置くと「今出てきたら小遣いをやるぞ!」嘘をつくのが下手な人だ。と心の中で思った。

前述の家の建設費だ。鳥取と半分づつのはずが、徳おじさんの親族の男性にも払わせ、結局、岡山三分の一の鳥取が三分の二も負担する事になってしまった。

 この事実を知った母は激高したけど、徳おじさんは冷静にアイツは結婚した相手が相手だし、動物園も苦しいらしいしな。いろいろと金が入用なんだ。仕方ないんだ。だから許してやりなさいと諭されて、その場では納得した。(あとで自分一人で払ったと言い出した本人に対して激しく怒ったが)

 話を戻して、もう疲れたので安心して寝ていると物音がする。寝ぼけ眼で見ると襖が垂直にあがって外されていく・・・徳おじさんは冷静に襖を持ち上げ外した。襖の外し方なんかしらない私は度肝を抜かれて驚いたが、徳おじさんは「おっ、おきたか?怖いおじさんはどっかいったから、ご飯食べるぞ」と事も無げに言った。
 母は片付けるのが遅くなることに文句を言ったが、徳おじさんが「女みたいな役立たずかと思ったが思ったより賢いな・・・いいことだ」というと、なにがいいもんですかと母が答えながらガスコンロに火を入れた。


 ご飯を食べた後、三人でテレビを見ていると上から激しい足音が!

「どうして謝りにこないんだ!」とタカマサさんが居間に怒鳴り込んできた。

皆が驚いて黙ってるいると、もういい!俺は寝ると言って二階の私の父の部屋に勝手に篭ってしまった。

 よっぽど気まずかったのか、私が自分の部屋で寝るまで出てこなかった。

翌朝、学校に行くために起きたら、徳おじさん達は既に起きて顔を洗っていた。

「あいつ昨日は一睡もしないで、ずっと泣いてたぞ」と嬉しそうに言い出した時は、ああ、タカマサさんと同じ感じがするなと幼心に思った。

タカマさんのヤケ酒に付きあわされて二時だか三時だかに寝たそうだ。タカマサさんは夜通し酒をのんでたらしい。確かに顔を洗って戻ってきたタカマサさんの目蓋は腫れぼったかった。


やがて二人が帰るので見送ろうとしたら

「もう帰るぞ!いいのか?このまま帰ったら二度と許してやらないぞ!」とタカマサさんがゴネだした。

 母が「早くしないとバスの時間に間に合いませんよ」とツレなく返事をすると

タカマサさんは「おまえになんか聞いてない!そいつに聞いてるんだ!」と私を指差した。

母は「謝らなくていいからね。絶対に謝るんじゃないよ」と私に耳打ちした。

そのまま放って置いて居間に戻るとと玄関から「いいのかー!」と、ずっと大声が聞こえる。

たまらなくなって徳おじさんが靴を脱いで居間に戻ってきた。

「もう許してやったらどうだ。こっちもやりすぎたろ」と私を説得しようとする。

思わず返事をしようとすると母に尻をつねられた。私は何とも答えられなかった。

困った徳おじさんは「おまえからも頼んでやったらどうだ」と母に言うが

「嫌です。何時も何時も五月蝿くて頭にきてたんです。(鬼のような形相で睨んで)タクミ、あんなのに謝らなくていいから」母は徳おじさんの前でも謝らなくて良いと言い切った。困った徳おじさんが

「このままではオジサンは帰り道ずうっと、あの悪い男に虐められるんだ。な、頼むから助けてくれ」

大好きなおじさんが虐められるのは嫌なので「わかった。おじさんのお願いだから謝る」と承知した。

「変に頑固なとこといい、お前達三人は似てるわ」と、おじさんは呆れていた。

 母は謝らなくても良いのにと、まだ(聞こえる様に)言ってたが、大好きなおじさんが困るので素直に

「お爺ちゃん、ごめんなさい」と頭を下げて謝ると拳骨が飛び、母も徳おじさんも目が点になった。

「ようし、これで許してやる。昔だったら打ち首もんだからな。命が助かって良かったな」

と笑顔で満足そうに言うタカマサさん。しばしの沈黙の後、さすがに空気を読んだのだろうタカマサさんが

「ごめんごめん、怒りすぎたなぁ~泣くなよ~俺が悪かったからなぁ~」と言いつつ

こちらの首が痛くなるほど頭を力いっぱい撫でてきたので

(ああ、この人は子供に優しくしたことがないんじゃないだろうか)と思ったもんだ。

 その後二人揃って家を出たが、ドアが閉まった後「おまえなぁあそこで普通叩くか!」と徳おじさんの怒声が(怒ったのは、これと後、もう一回位で滅多に怒らない人だった)が聞こえたので心配して後を追うと

「大丈夫、大丈夫」二人とも本当は仲がいいんだ」と二人が、ぎこちなく笑い返してきた時は、二人の方が、よっぽどソックリだよと子供心に思ったもんだ。


 そんなことがあって負け戦が続いたので、ある日、タカマサさんは一計を案じた。神妙な顔をして、こんな事を聞いてきた。

「俺の従兄弟にキリスト教と言う間違った宗教を信じている奴がいて、とても困っているんだ。なんとかやめるように説得できる様に知恵をかしてくれないか?」小学生ながらに真面目に答えたわけだが、その間、徳おじさんは表情一つ変えなかった。が、もちろん徳おじさんも黙ってなかった。

「おじさんの従兄弟に悪い奴がいてな。とても困ってるんだ。そいつは家に稲荷を祭っていてな。(狐付きのと聞き返すと)そうだ、非科学的な狐憑きのだ。しかも軍国主義の神道を信仰していて日本征服を企む野心を持っていて天皇の娘と結婚するほどの悪い奴なんだ」

 「あっ!おまえ!なにをいうか!この非国民め!」と怒って言ったもんだから(現在のネトウヨでもこんな事言う人もいるな)うわぁ本当に悪い人なんだと私が涙目で怯えると

「待てっ!おまえは誤解しているぞ。日本は戦争に負けたんだぞ!」でも天皇の娘と結婚してるんでしょ?と聞いたら黙るタカマサさん。

「そらみろ!おまえの好きなテレビの悪の親玉は身近にいるんだ」と今思えば徳おじさんも酷い事いってるな。こんなこと言われたらストレスが溜まるし泣いてしまうかもしれない。

 タカマサさんは日本を征服しようとはしてないぞ!大体、天皇に実権はないからなと反論しようとすると

聞いたか?アイツさっきから自分の(義理)親の事を天皇と呼び捨てにしているぞ。おまえに礼儀云々言ってる割にはアノザマだと畳み掛ける。

(この泥仕合の後、なんて呼んでいるのか聞いたら教えてくれなかったが、死んでないから昭和天皇と呼ぶのは間違いだと今上という言葉を教えてもらったのも、この頃だ。おかげで学校の先生に睨まれたが)

 おまえだって呼び捨てにしてただろうと言われると俺は(皇族と)結婚してないからいんだと返しつつ

おまえは巧妙に隠しているつもりかもしれないが稲荷を祀っているのを俺は知ってるんだぞ!

 タカマサさんが先祖伝来の場所だから隠してない!先祖伝来の場所に普通、動物園や遊園地をつくるのか!とくれば、おまえも同じ先祖だろ!、それを言うなら元々あそこに住んでたわけじゃないだろ!と

家の母が止めるまで延々と大声で言い争いを続けてた。!(最近、こっそりと自分の目で確めに行ったが、確かに動物園にひっそりと稲荷神社があり、なるほど隠してる様に思えるかなと思ったもんだ)

 ああ、まさに復讐は復讐を呼び不毛な戦いが続くんだなと教えてもらった。

それに子供を使って代理戦争をしてはいけません。昨今の少年兵問題につながる由々しき問題だ。


 そんな感じで、いつもほぼ黒星続きのタカマサさんが痺れを切らし、いつのことだったか
「なあ、おまえはアイツを良い奴だと勘違いしているかもしれんがアイツは戦犯だからな。あんまり仲良くするなよ。ほどほどにしとけよ。おまえも家族もアメリカに捕まって裁判にかけられるかもしれないぞ」 

 さすがにアメリカに負けて何年もたってるし馬鹿馬鹿しいと思ったし、母が馬鹿なこと言わないでくださいと怒ったが。戦犯かどうかはともかく、実際に「ひのまるアワー」なるもに関係してたらしい。

それを知ったのもコンバットマガジンで日本軍の捕虜の扱いの記事を読んで知ってからだ。亡くなってから、大分、後になる。

 カソリックとの関係も近所の不動産の社長夫人と御母堂がカソリック教徒で

ある日、遊びに行ってトイレを借りたら、なんとなく顔の作りが池田さんに似てますねと声をかけられたので、ああ、伊勢の?有名ですからね。でも、殆ど面識がないんですよと返したところ・・・いえいえ、そちらの方じゃなくて池田徳真さんのことですよと言われて説明してもらい。

20代前半で初めて理解した体たらく・・・家に帰って母親に確認したら、アンタそんなことも知らなかったのと呆られたしだい。(一度もキリスト教徒だと教えてくれなかった癖に・・・)


 その時、良い歳なんだから人の名前くらい憶えてくれよと晩年の徳おじさんの言葉が脳裏をよぎったのと、キリスト教徒だとは知らず目の前でキツイことを言ってしまったなと、改めていろいろと後悔した。

あと裏日本とか邪神の住む出雲の直轄地とか隣は神有月なのに侘しく神無月とかetc鳥取藩主だとは知らずギャグのつもりで酷いこと言ってしまったもんだ。

 小学校時代、給食に豆腐竹輪が二回ほど、世界一周旅行パンが一回ほど大平小学校で出た。

おじさんも何故か小学校来てたのでビックリした。家に帰って両親に聞いたら、母は、おじさんは子供が好きだからと答え、親父は、ああやって全国をまわって(鳥取県を)宣伝してるんだ。いつも気楽そうに来てるけど、おじさんは忙しい人なんだから、おまえもひねくれた答え方をして、あんまりおじさんを困らせるんじゃないよと窘められた。

 もちろん鳥取藩主などとは知らないから、徳おじさんの職業は食べ物のセールスマンなのかと勝手に納得してたもんだ。

 私の中では戦犯(実際は違うようだが)でも熱心なキリスト教信者でもなく、ただ、子供好きの優しい徳おじさんという思い出しか残っていない。多分、その優しさもキリスト教の教えに依るもだったのであろう。

 80年代を北海道札幌市立大平小学校で過ごした事がある方がいましたら、豆腐竹輪と世界一周旅行パンの味を憶えているかどうか聞いてみたいもんだ。

 憶えていて、また食べたい。または記憶にないor忘れてしまった。この記事を読んで興味を持った方は

一度、鳥取県に旅行に行ってみては如何でしょうか?


 第三次米子事変のポスターの記事と、日本のアーリントン国立墓地といわれる千鳥ヶ淵にケリー国務長官、ヘーゲル国防長官が献花に訪れた記事を読み、徒然なるままに書いてみた。

(長すぎたので少し短くしたが)