我が家ではダメな神道と神社with遊就館・・・遊就館は許可済み!みたいな? | 儂は悪くないぞ!松平が!松平の奴が悪いンだ!

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 まとめブログで、神道の信仰篤い友達に、旅先で買った、お守りを頼まれてもいないのにプレゼントしたら、怒られたんでムカついたという記事を読んで、こんな昔話を思い出した・・・

 高校時代、祖母の代から熱心な学会員である母親に対して

「ママ上ーキョウもるもんノ、バイヴォーヲ、リードシテ、ワタシハ、シンコウニメザメマシタ!ハレルヤ!」など、当時であった宗教勧誘や、TV、漫画、教科書に出てくる宗教に転んだ設定で家に帰ってきていた。

 そんな毎日を過ごしていた訳だが、ある日の事、クラスにHという美人の子がいた。その子が日本史の授業で、金光教や黒住教と一緒に出てくる天理教の信者だとわかった。今日の入信宗教は決定だ!何時もの様に

「母さん、僕は愛に目覚めました。好きな女性ができまして、Hさんと言いまして名前の漢字は違いますが、読みが偶然にも母さんと同じなんです!彼女と一生を添い遂げる為に天理教に入ります」

と、あのジャッキーの蛇拳のような演舞もセットでボケると・・・

 あれ、今日は爺さん婆さんx2の来客が・・・なんか部屋に氷ついた空気が・・・ん?なんだ?母さんと爺さんが特に口パクで、やめれやめれ言ってるぞ?あれ?お婆さんの一人が近づいてきた。

「天理教?なんですか?その様な間違った教えを信じてるのはよくないですね。ちゃんとした」

なんかヤバイなーと思ったんで

「えーいや、母にいつも言ってる冗談でして、その天理教に入るのは嘘であります!」ビシッと敬礼

「でも天理教なんでしょ?正しい作法を教えなくてはなりませんね。今度、呼んでらっしゃい」

ここらへんで爺さんトイレとかどっかへいく。

「え?呼ぶって、いや、その全て冗談でして・・・」

パニクる私、母親、目で謝れの合図。

「でも、その子のことは好きなんでしょ?」

「いいえ、他の男とつきあってるので、まったく、これっぽっちも好きじゃありません!」ビシッと頬打たれた!

「そういった形で女性をからかうもんじゃありません!貴方は自分の母親の境遇を知ってて・・・」と説教され、仕舞いには泣かれました。とりあえず、創価学会などを真面目に信仰するのは良いけど、間違った教え(要するに神道系新興宗教)は信仰しない。

真面目に信仰をしている人を冗談でからかわないこと、色恋沙汰をネタに女性をからかわないことなんかを約束させられ、翌日、Hさんに謝った訳ですよ。Hさん詳細聞いても?だったけど。

 ・・・爺さんは、私が上記のことを約束させた婆さんと、もう一人の婆さんが一緒に先に帰ったのを確認したら、スッとタイミングよく戻ってきて「いやーアイツを泣かすなんて凄いなおまえ!」とか言い出して

能天気に椅子に座ると、我慢しきれなくなったのか母親が

「なにが凄いもんですか!肝心な時に、いつもいなくなるんだから」

「時代が時代なら不敬罪になるかもしれんからな。凄い事には変わらんだろ」と能天気な返答に

「大体、あなたが何時もそんなだから、うちの息子が怒られたんですよ。可哀想に、あの人もあんなに悲しんだというのに慰めもしないで」と母親が怒ったら

「なんだ俺が悪いというのか!?」で続いてブログタイトルを言う訳ですよ。

そんな二人のやり取りより、気になったのが神道系は駄目なのか?という事、聞いてみたら・・・

 昔、というか小学校の頃、オカルト関連、うしろの百太郎とか、ひばり書房の漫画、ホラー映画、ムーとかが流行ってて、コロコロやボンボンなんかに怪しげな呪いとかが載る時代。

学研の科学とか、小学館の学習雑誌にも特集されてたな。おまじないとかコックリさんとかetc、派生系でエンジェルさまというコックリさんもどきが一番流行っておりました。

 そんなブームの中、クラスメイトから「まじないがたくさん載ってるよ」と一冊の本を借りました。

深見東州という男の本で、家で早速、読もうと居間に置いてトイレから戻ったら、偶然、来ていた、お婆さんに破かれました!

「あんた、そんなこともあったのに忘れてたの!」と母親にあきられてしまった・・・

そして立場的に、自身の祖先を自分の教義のために都合よく歪めたりする宗教や、または対立するような(というか、どこの馬の骨かもわからない)自称神道系には厳しくしなければいけない人だということを高校生になってから教えてもらったんだけど、2000年くらいまで忘れてました。

 創価学会というだけでなく、こういう家なんで地元の篠路神社からは氏子の金なんか取りに行ってはいけない家だったんだけど、2000年過ぎてから1回だけ実家に、可愛い小学生の子が集金にきて、うちは払えないよー!どうして?って聞かれた時に思い出したっけ。

 こんなことを思い出してブログを書いてたら、6月29日付けの産経新聞に

宝塚市立宝塚第一中学の生徒が5月に修学旅行で遊就館を訪れた。

 それについて日本共産党が、5月29日の市議会で「なぜ平和教育で軍事博物館『遊就館』を選んだのか」と質問し圧力をかけた。これに対し、市教委学校教育部長は「これまでの平和学習で戦争の悲惨さ、命の大切さを学び、二度と戦争を起こしてはならないという考えを生徒が持つことに努めてきた。やはり見学先は慎重に検討すべきだった」とし、今後の修学旅行での利用は「考えていない」と明言したとの記事が!

 まあ、前回の記事でわかるように靖国神社は微妙な立場なんですが、神社本庁、宮内庁、皇族の方々と考えてることは合致してないしね。
 ただ、遊就館は戦時の武器、遺書や遺品とかを展示していて、それら、特に遺書、遺品に関しては資料としての価値や、当時の人の気持ちが、他展示物の様に思想性がないので伝わるはずです。

(遊就館に行く前に、参拝目的ではないことと、雑誌で紹介された遺書などをみて、こういった理由で行きたいと上記を伝えたら、それなら良いですよと御達しを頂きました)

 他宗教の方、創価学会、キリスト教でも何でも良いのですが、別に参拝しなくても遊就館に入れます。

お金が神社に入るって、古い物を無料で展示して維持するのは難しいですよ。昭和24年の国公立学校が主催して靖国神社を訪問してはならないというのも平成20年に失効してると答弁が出ています。

 なんら問題はないのに騒ぎ立て問題化させ、選挙前に目立つ為の自己アピールに利用する。日本共産党の、こういった行為は、文化や民族の問題に正面から対峙しようとしないマルクス主義史学の姿勢を体現している。そういった党利党略に巻き込まれた宝塚市立宝塚第一中学の生徒達は不幸である。