第498話

おはようございます
菊水千鳳です


前回の日記の続きです。
品川神社(東京)初参拝の時の体験です。

境内にある浅間神社を参拝しました。そして、いよいよ階段の上のもう一つの石造りの鳥居を潜ろうとしましたが、境内全体が寂(さび)れているというか、活気がイマイチ足りない感じがしました。

『うーん…  全体的に何となく寂しくて穴が空いているような印象なんだよな…  なんだろ?』
と感じつつも、手水へ…

『えっ!河童かいな(笑)』



いよいよ拝殿前に立ちました。

柏手を打ちましたが
様子がおかしい…。

品川神社の御祭神は
 天比理乃咩命(アメノヒリノメノミコト)
素盞嗚尊(スサノオ(ヲ)ノミコト)
宇賀之売命(ウガノメノミコト)=ウカノミタマノカミ

のようですが…。
スサノヲさんとウカノミタマノカミさん(ウカさま)はいらっしゃいました。
しかし、源頼朝さんにより品川神社が建立された当時の最初の御祭神は、アメノヒリノメさんのはず…。

何故か拝殿にはいらっしゃいませんでした。
スサノヲさんは
拝殿の奥で、右足を左足の上に乗せて腰かけていました。


スサノヲさん
【 さあ お主達はどうする? 見物(みもの)だの】
と興味津々で俺達を見つめていました。

なるほど…
アメノヒリノメさんが不在になってしまったのね。
だから、どこか境内は寂しげな雰囲気だったわけか…
先程、サルター(猿田彦)が境内を道案内をしてくださる意味がわかりました。
御祭神アメノヒリノメさんを呼び戻してほしいってことでした。

『そのために俺達はここに呼ばれたのかもしれないな…』

この時まで、御祭神を呼び戻して元の座に鎮座させることは、一度しか経験がありませんでした。 
しかし、神々に依頼された以上はやってみるしかありませんでした。

かつての、本来の品川神社に戻るわけですから…,。


品川神社の長い歴史の中で、原因は分かりませんが いつの間にかアメノヒリノメさんだけいなくなっしまったようです。

そこで、アメノヒリノメさんを呼び戻すことにしました。

拝殿前で、何処かにいらしているはずのアメノヒリノヒメさんの波動をこちらに呼び込みを開始。

暫く念を凝らし、あまねく日本や天界に向けて波動照射し、引き込みを開始したものの、中々 手応えがなく
一旦 中止しました。
これを行うと気力、体力を消耗します。

残りの摂社、末社にご挨拶してから再び挑戦することにしました。


次回は、金運アップで有名な稲荷社へ。


⭐品川神社の由来を簡単に調べてみました。
  ↓
平安末期の1187年。源頼朝が房総半島の先端に位置する安房国の《洲崎神社》から天比理乃咩命を勧請して祀ったのが始まり。

頼朝公が安房国の洲崎神社を崇敬した理由
  ↓
1180年の石橋山の合戦に敗れた頼朝公は、海路安房国に逃れた。そして、再起を掛けて上総介と千葉介に対して参上を要請する使者を送る。
その使者の交渉が成立するよう洲崎神社に参拝した結果、交渉成立。
安西氏、上総氏、千葉氏の支援を受け、ここから頼朝勢の反撃が始まる。
まさに起死回生の女神であり、開運の女神となる。
1182年には妻である政子のため安産祈願に奉幣したという。
 
鎌倉末期。宇賀之売神が祀られ、室町時代には太田道灌によって素戔嗚命が祀られた。
江戸幕府創成期、徳川家康は関ケ原への出陣の際に戦勝祈願を行い、戦後には神田5石の朱印を受け、さらに特別な神社として徳川家の紋「丸に三つ葉葵」の神紋を与えられた。


はこちらからもご参照できます。




続く