江戸時代のままの状態で出てきた柱絵 - 浮世絵美人画
菊川英山 柱絵 「浦里・時次郎」菊川英山の柱絵 「浦里・時次郎」になります。柱絵(はしらえ)とは、浮世絵の様式のひとで、極めて縦長の細長い画面に描いた浮世絵。江戸時代の庶民の住む家の、節だらけの柱を隠す為に簡単な軸装をした物を柱に掛けて飾った。実用品の為に現存する物も概して保存状態が悪く、数は少ない。この柱絵の極端に縦に細長い画面に見事に構図を収めた点は外国人を驚かせた。浮世絵専門店などで売っている物は、軸装から外されてシワも伸ばされ綺麗になった状態ですが、オークションでは江戸時代に使用されていたままの状態で出てきます。シワ、シミ、破れなどが有りますが、この状態で柱に掛けられ江戸時代の生活を見て来たのかと思うとチョツト感動します。浦里・時次郎 (うらざと・ときじろう)新内節の「明烏夢泡雪(あけがらすゆめのあわゆき)」の主人公。吉原の山名屋の遊女浦里のなじみの時次郎は,家の金を揚げ代で使い込み、借金をかさねる。浦里は時次郎と手を切るようにきつく申し渡されるが聞き入れず、雪の庭で妓楼の主人に責められる。時次郎は浦里を助けて,明け烏のなく淡雪のなか逃げようと塀の上から飛び降りた……….。新内節(しんないぶし)は、鶴賀新内が始めた浄瑠璃の一流派。舞台から離れ、花街などの流しとして発展していったのが特徴。哀調のある節にのせて哀しい女性の人生を歌いあげる新内節は、遊里の女性たちに大いに受け、隆盛を極めました。「明烏夢泡雪」は明和6年(1769)江戸三河島で実際におきた心中事件を題材にしたもので,吉原・玉屋の遊女の美吉野(24歳)と、人形町の呉服屋の若だんな伊之助(21歳)が、宮戸川に身を投げた心中事件を、登場人物の名前を替えて節付けされたもので、江戸中で大流行しました。のちに人情本,歌舞伎などにもとりあげられました。さて物語の結末はというと「夢泡雪」という外題のとおり、塀の上から飛び降りると、全て春の夜の夢だったという趣向で幕切れとなっています。