人生とは辛く厳しいものです。
生まれてきた理由は、カルマを拭うため、修行をするため、自分にしかできないことをするために生まれて来たのです。
何故つらいかは、欲望を植え付けられて生まれて来たからです。
欲望が無ければ、求めることが無く、平和に心静かに暮らせるのですが、欲望を果たし満足するために欲望を果たそうとするのですが、すべての欲望を満足させることはできず、思い悩み苦しみ、辛い生活を余儀なくするのです。
もし欲望が無ければ、幸せでしょう。例えば、幼いころはおいしいものを食べたい、おもちゃが欲しい、遊びたい、ことができれば幸せなのです。
このように、欲望が邪魔をするために、辛い人生になるのです。
楽しく生きるには、欲望を制御して、楽しみを見つけ、自分なりに努力をし、人と見比べず、小さな喜びを大きな喜びに感じる心を持つことなのですが簡単ではありません。
修行僧などは、苦行をし、苦しみの中から小さな喜びを得るために苦を味わうのです。
バブル時代に苦行をするツアーなるものがありました。
どういうものかと言いますと、あるお寺に行き、そこで修業をするのです。
1日に目の夜は、普通に食事をし寝る、次の朝5時に起き、掃除をし、座禅を組み、朝の食事は、ご飯一善に味噌汁とたくわん三枚を取り、山歩きを二時間後滝に打たれ、寺に戻り昼食を取り、午後からも山道を歩き、座禅を組み、夜食を取り7時に寝る、そして次の日には、50人いた人の半分が帰りました。その次の日も同じような修行をし、その日で、残ったのは10人ほどでした。
三日目の修業が一番苦しく、山道を歩き滝に打たれ、その後はある小屋に入れられ、小屋の周りにトウガラシの枝を引き詰めて火を焚くのです。
中の人は、唐辛子のせいで、涙が止まらず、鼻水は出る、苦しくて外に出たいのを5分間表に出さずいました。
そして、小屋の表に出てからしばらくたった時に、みんなが口口に、空気がうまい、なんと空は青く美し、心が晴れた、と言っていたのです。
このように、苦しみの中から芯の喜びが感じられるようになるのです。
例えば、サウナに我慢をして長くは入った後の、水の一杯、空気のうまさを必要以上に感じられるでしょう、
このように、普段から恵まれた生活をしていると、食事ができるのが当たり前になり、ある程度満足するのが当たり前になり、
強烈な喜びを感じないとつまらなくなります。
自分を原点に戻すには、極限の苦しみを分からせた、後に小さな喜ぼが大きな喜びに感じられるようになるのです。
楽しく生きるには、自分を戒め、真の喜びを分かることなのです。
一日一日を大切に、整理整頓、思い残すことの無いように、毎日を生きることで生きがいを感じ、楽しみながら生活を送れるのです。
施術を受ける心構えとして、何を差し置いても病を治したいという必死の心境が必要です。
無難になんとなく治したいというのでは奇跡の効果を与えることはできません。
命の危機感をもってください。
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