前々から説明していますが、私がこの癒しの超能力を知ったのは、30年ほど前のことです。

その頃、私の母親が脳梗塞で救急搬送されたのでした。

私が病院に着くと、意思から母親の状態を知らされました。

今現在、脳の出血が止まらず、脳が腫れだし、明日の朝が峠だと伝えられました。

そして、家族を集め、多分明日はお通夜になるだろうと覚悟を決めました。

それから、私が病院に泊り、ちょうど12時ころ目が覚めたので、母親の様子を見ると意識はありません。

 

その頃、心霊ブームでいろいろな心霊者がテレビに出て不思議な体験を語っていました。

私のその人のような力があるとは思いませんでしたが、見よう見まねで頭に手を翳し気を送りましたが全然反応がありません。

諦めて又仮眠をし、目覚めたのが朝の4時でした、夏でしたので外は明るくスズメが鳴いていました。

 

もう一度だけ気を送ろうとダメもとで頭に手を翳し気、自分なりに気を送ったのです。

5分くらいすると、何か母親が目覚めるような気がした瞬間、起きたのです。

(何か飲む)と聞くとうなずいたので、自動販売機で野菜ジュースを買い飲ますと全部飲みほしたのです。

 

その後元気になっていきました。

朝7時半ころ医者が来たので、目覚めたことを伝えると、びっくりした顔をしていました。

その後朝食も食べ、元気になっていたのですが、少し右手が麻痺をしていました。

 

私は調子に乗って手をマッサージしながら気を送ると、次の日には何とか普通に手を動かせるようになりました。

そして、三日後に退院をした後は大好きなゲートボールができるようになったのです。

 

後遺症と言えば、歌が音痴になった程度です。

左脳が脳梗塞になると失語症はもちろんのこと下半身まひは避けられないことですが、麻痺もなく、すぐに普通に戻ったのです。

 

その時には、自分が治したとは思わず、ただ奇跡が起きただけと思っていましたが、その後、もしかして私に癒しの超能力があるかもしれないと思い、いろいろな人に、気を送ったのです。

腰痛の人や肩こり、熱のある人、体の不調な人、すべての病がすぐに治ってしまうのです。

何となく顔に手を翳すと、ほうれい線が薄くなりしわが減り若返るのです。

 

その後、将来、人助けをするために、体のツボを学ぶために、タイにマッサージ修行に3か月行きました。

タイ式マッサージとは、歴史が古く、医療として開発されたのでした。

日本でのタイ式マッサージはリラクゼーションでしかありません。

 

マッサージ修行は厳しく、マッサージのツボだけではなく、ある程度の体の機能も勉強のうちに入っているのです。

中には3日で認定書がとれるコースもありますが、ただの記念に認定書をもらっただけということでしょう。

 

私の宿命の説明を致します。

◎神から与えられた癒しの超能力は、私に与えられた宿命であり、私は神の召使だと認識しています。

私の能力は、癒しだけでなく、予知能力と人の考え方が分かってしまう能力があります。

癒しの超能力のような凄い力はありませんが、人の三倍ほどの予知能力と人の三倍ほどの人を見抜く力があるのです。

しかし、自分で見ようとしたり、自分で仕掛けたりしても、分かりませんが、相手と接していると、なんとなく自然に見えてくるのです。

 

もしも、神様が治らない病で命を失うかもしれない人がいて、私の言うことを守れば命を救ってあげる、しかし、私の言うことを守らず、自分の我を通すと私は消えるだろう。

と神から言われれば、言うことを素直に聞き神の言ったことを守るでしょう。

私が神の召使ということは、私の言っていることは神が言っているここと同じだと思ってください。

 

神が私に言わせるのです。

命を取り戻すためには、今までのことを反省し、我を通さず、周りの人にやさしく、今以上に自分を見つめ直し、悪い部分を治すすように致し、命を取り戻すために、ただしい生活を心掛け、素直な自分にならなければ命は取り戻せないという、強い自覚を持ち、何に変えても治したいという必死の素直な思いが無ければ、奇跡を与えてはくれないのです。、神の言うことを守らならければ神は見捨てるでしょう。素直な気持ちで心の底から神にお願いする思いが絶対に必要なのですよ。

 

施術を受ける心構えとして、何を差し置いても病を治したいという必死の心境が必要です。
無難になんとなく治したいというのでは奇跡の効果を与えることはできません。
命の危機感をもってください。

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もう一人の乳がんの方は乳癌の手術後抗がん剤治療を受けていたにもかかわらず、ガンは治らず、身体はむくみ、緩和ケアーの一歩手前になっていたのです。

そして、施術を初めてからは少しづつむくみが無くなり、体調がよくなっていったのでしたが、抗がん剤治療をやめると言いながら、一週間前に抗がん剤治療をしてしまったのでした。

すると、髪の毛はさらに抜け、頭皮が見えるほどになってしまったのです。

 

そして抗がん剤治療の後には39、6度の高熱が続き、おきあがるのもたいへんいなったのです。

その時施術をする日だったのですが、電話が入り、動くことができないのでどうしたらよいか相談してきたのです。

私は、そんな状態でも来て施術をすれば熱を下げて差し上げられるので来るように勧め、旦那さんに連れられてきたのです。

 

ふらふらの状態でした。

そして施術をはじめ、施術後は立って自力で歩けるようになり、熱も少し下がったようです。

その二日後に来た時には、まだ熱が38,5度あると言ってましたが、かなり落ち着いた様子でした。

 

そして施術後は驚くことに37度まで熱が下がったのです。

そして、身体は元の良い状態になっていきました。

 

その方が今日施術を受けに来ましたが、熱は平熱になり体調は良く、ただ頭の毛が抜けが痛々しく思いましたが、順調に回復に向かっていると感じました。

 

抗がん剤を打たなければ、毛も抜けることなく、熱も出ず、順調に回復に向かえるはずが、また振出からやり直しですねと、

本人も、あとの後悔先に立たずということを思ったようです。

 

この方は一日置きに施術をしてましたが、二週間を無駄にしたようですが、大丈夫でしょう。

効果は、体調が良くなり、体が二回り細くなり、若がってきています。

肺にもガンが転移をしたために、咳が出ていましたが、今日は咳が止まっていました。

 

もう少し効果が上がった時点でこの方のことを書きたいと思います。

 

施術を受ける心構えとして、何を差し置いても病を治したいという必死の心境が必要です。
無難になんとなく治したいというのでは奇跡の効果を与えることはできません。
命の危機感をもってください。

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今現在、二人乳がんの人の施術をしています。

一人の乳がんの方は二か月にわたり週に二回の施術をしています。

この方は乳癌を5年前に発症した後、病院で抗がん剤治療は副作用が強いのでしなかったそうです

実際抗がん剤治療をしてもガンを消すことはできません。

仮に毎日抗がん剤を投与すれば効果は出るでしょうが、他の臓器に生涯を与えるためにできないのです。

一か月にニ、三回が限度なのです。

それでは抗がん剤を打った時には多少ガンに影響があるかもしれませんが、元に戻りさらにガンが増えてしまうのです。

そして、3年経ってから、右の乳房がすこしづつ大きくなり、痛みが絶えず出るようになったそうです。

右の乳房のしこりは乳房全体に広がり、硬くごつごつしたガンが沢山ありました。

 

前にもこの方のような大きなしこりのある乳がんの人の施術をしましたが、週に三回の施術後40日経った頃から、乳房のガンが小さくなり始め、膿のような出血が出て来てからはどんどんガンが小さくなり、最初の半分ほどの大きさになりました。

その後は一か月ほど施術をして回復に向かっていましたが、ある事情で施術を断念してしまいました。

その後連絡はありませんがどうしているのか分かりません。

せっかく回復に向かっていたのに残念ですが、個人が選択したことなので仕方ないでしょう。

 

今までガンの人を何人も治してきましたが、治るまで私の言うことを守り施術をした人は奇跡の結果完治しています。

 

先ほどの乳がんの人の話に戻りますが、週に二回の施術をしてからは少しずつガンが小さくなり痛みが減ってきたのですが、その後は現状維持にとどまっている状態です。

必ずもっと効果は表れるはずですが、今のところ、極端な効果はまだ出ていませんが、体の調子は良く、普通に仕事をこなし、生活にも影響はありません。

 

皆さんに言えることですが、私の気の力はガンや難病に高い効果を与えるだけでなく、体の中の要らないものすべてが浄化して無くなるのです。

この方は顔が若くなり肌もつやつやになり、体の線が一回り細くなっています。

 

この方ですが、必ず治してもらうのだと、病院では治らないガンをなんとかしようとする自覚がもっと必要なのです。

私が思うことは、治すためには奇跡を起こしてもらわなければ死に至ると言うことを忘れずに、ただ週に二回の施術を受けていれば何とかなると言うような思いでは、大きな効果は出にくいと思います。

 

死んだらすべては終わりでしょう。

この世に生存するには、必死の気持ちが絶対に必要でしょう。

 

治すためならすべてを信頼することです。

死を食い止めるには、私が週に二回と言ったのは経済的なことを配慮して最低のラインの週に二回と言ったのです。

何を犠牲にしても何を失っても治したいと言う、打算や計算の無い必死の思いが必要なのです。

もちろん相談をしてくれれば、一番良い方法を私も考えます。

ただ何となく、私生活を普通に守りながらというのでは奇跡は起きづらいと思いますが、あとは本人次第ですので。

 

もう一人の最近施術を受けに来た方の話は次回にいたします。

まだ来てから半月しか経っていませんが、奇跡の効果が沢山出ています。

我を捨て、信頼すれば必ず効果が出るでしょう。

 

施術を受ける心構えとして、何を差し置いても病を治したいという必死の心境が必要です。
無難になんとなく治したいというのでは奇跡の効果を与えることはできません。
命の危機感をもってください。

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まずは珍竹林と最初に書くのは、自分は大した人間ではない、ただ自分の役割を果たすために生きているちっぽけな小さな人間だと言う意味があってチンチクリンと書いたのです。

 

中には自分を謙遜することなく、自分を大きく見せ、自分を顧みず、出来もしないことを難しい言葉でごまかし、自分を大きく見せる人もいるかもしれませんが、このような人はみっともない本当の意味でのチンチクリンでしょう。

 

一日一日を大切にということは、一日を生きることが全てだと言うことなのです。

次の日、朝目覚めれば、今日も一日を生きることができる、というように、今日で人生が終わってもよいと言うような覚悟をもって一日を大切に、自分にできる役割を全力で果たすと言うような思いが人間としての成長を促すのです。

 

人間は修行をさせるために、カルマを拭うために生まれてきたのですから、辛いのが当たり前で、喜びを感じるのはほんの一瞬のことなのです。

この一瞬の喜びで人は生きられるのです。

 

喜びを長く求めるものではありません。

喜びは一瞬の出来事ですが、次の喜びに向かって、苦を味わい、戦い勝ち取り、自信をつけ、喜びが手に入るのです。

 

このことの繰り返しが人間を大きくさせ、少々のことでは動じない強い精神力が付き、安定した安らぎを手に入れることができるのです。

 

自分を戒めましょう。

苦難を克服する強い心を持ち、堂々と生きることが、苦難を苦難と感じない精神力が身に付くのです。

 

苦しいのは当たり前、楽しみばかり手に入れようと思ってはいけません。

一日一日を強く正しく生きるのです。

 

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無難になんとなく治したいというのでは奇跡の効果を与えることはできません。
命の危機感をもってください。

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人間若いうちは可能性が沢山あり、希望に燃えて可能性に挑戦することで生きがいを感じるのです。

しかし、年をとるにつれて、自分の能力の限界に気が付いてきます。

自分の思う通りの満足が得られないと、生きがいを失い、生きるのが嫌になる人もいるし、ただ何となく生きるしかないと諦める人もいるでしょう。

しかし、生きがいを感じる方法はいくらでもあります。

生きがいを見つけれな良いのです。

 

生きがいも錯覚して自己陶酔で満足して生きる人もいるでしょうが、このような人はなかなか居ませんが自分では凄いと思っているので満足して生きるのでしょう。

若いうちは、顔やスタイルを気にするのですが、自分が特別選ばれた人間だと思い込み、外見や嘘の言動やほらを言い続け、自分でその気になり続ける人も中に入るでしょうが、このような人は、ある意味では楽しく生きる方法かもしれません。

生きがいとは、何かに没頭できるものを探し、それに打ち込めばよいのですが、何をしてもつまらないと一から決めつけては生きがいを見つけられません。

馬鹿になるのです。

何でもよいのです。

 

先ほどの自分でその気になっている人もある意味では生きがいを見つけて楽しく生きているのです。

馬鹿は幸せだと言うように、相手からよく思われなくても、自分で満足している方法もあります。

しかし、この方法は、みっともなく恥ずかしいことです。

 

ではどうすれば正当な生きがいを見つけられるでしょう。

趣味を見つけてそれに没頭することや自分を磨くことなのです。

 

鶴太郎はヨガを取り入れて、睡眠は5時間、食事は一日一回、ヨガの修業を5時間行うというものです。

今鶴ちゃんは、身体は軽く、何をしても楽しい最高だと言っています。

鶴太郎のようなことはできませんが、自分を鍛える喜びを感じることです。

 

規則正しい生活は無論のこと、食事制限をし、体を整え、減量する、運動をして筋肉を鍛え、体を整える、一度やろうと決めたら毎日するのです。

最初は辛くとも、それに体が慣れて来て、普通にこなすことができるようになるころには、体重は減り、健康的な体になり、心も安定してきます。

そうなれば、朝起きてからの食事もうまく、体が軽く、何をしても楽しくなるのです。

 

何もすることが無いと食に走ります。

食べるだけが楽しみになってしまいます。

食べている間だけ生きている実感があり、そのほかの時間は、なんかいいことないかと考えるだけで、むなしいつまらない時間を持てあまし、生きていてもむなしいと感じる生活になってしまうのです。

 

今からでも遅くはありません。生活習慣を変えましょう。自分に負荷を与えて、精神と体を鍛えるのです。

それを自然にできるようになれば、年をとっても何も怖くはありません。

生きていることすべてが楽しく、貴重で生きることが楽しくてしょうがない気持ちを手に入れることができるのです。

 

付け加えますが、私も実行しています。

朝はご飯を茶碗半分程度、昼はパンを半分程度、夜はほどほど食べますが大食いはしません。

毎日、3キロほど歩きます。畑の水やりや耕しなどを毎日行います。

ゴルフの練習は毎日行います。

スクワット、腕立て伏せ、腹筋運動もします。

 

このことを半年前からしていますが、体重は7キロ減り、体の動きもよくなっています。

体が軽いのです。

精神は落ち着いています。

これからもやるつもりでいますが、いずれは、鶴ちゃんまではいきませんが、もう少し自分を戒めようと考えています。

 

施術を受ける心構えとして、何を差し置いても病を治したいという必死の心境が必要です。
無難になんとなく治したいというのでは奇跡の効果を与えることはできません。
命の危機感をもってください。

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