その極意を、聖人たちは、シンプルな言葉で伝えています。
それは、「ジャッジすることなく、何事も感謝で受け取りなさい」というココロ面からの教え。
そして、「腹の力を抜かぬようにしなさい」というカラダ面からの教えです。
さて、「こ」→「み」→「ひ」と進んでいましたが、「否(ひ)」が「日(ひ)」に転じて、ここから「ひ」→「み」→「こ」へと戻っていきます。
次のステップは、再び「身(み)」に戻ります。でも、今度の「身(み)」は、身体意識の「身(み)」ではなく、神をその身に現実化させた「実(み)」なのです。
これを「輝身持ち(かがみもち)」と言います(正月の鏡餅は、この象徴です)。
ちなみに、「令和」という漢字を分解して、組み立て直すと「命ノ木」となります。
生命の樹(Tree of Life)は、旧約聖書の創世記(2章9節以降)に登場する、エデンの園の中央に植えられた木のことで、命の木とも訳されます。また、生命の樹の実を食べると、永遠の命を得るとされていますが、それは、「悟りゲート」を通じて、永遠生命につながることができるってことなのです。
つまり、「悟りゲート」こそ、生命の樹の実のことでもあるのです。
また、「実」は「三」であり、「悟りゲート」の一点に、鏡(大宇宙の中心にある霊的太陽)、勾玉(大宇宙のスピン力)、剣(大宇宙の中心軸)の三種の神器が備わっていることも暗示されています。
だから、令和時代からのキーワードは「悟りゲート」なんです。すなわち、一人一人が、神さまをカラダに現実化する時代になったということ(僕の天命は、この「悟りゲート」をご縁ある一人一人のカラダに出現させる、すなわち、伝播させるということ。そして、「悟りゲート」体得の秘密鍵である「楽禅ヨガ」を後世に伝えるということです)。
そうすれば、最初の「孤」は「子」となるのです。神の子となって、この世に新たに誕生するということです。しかも、神をカラダに現実化すると、その神の力が周囲に伝播するようになるのです。
~追伸~
畏れ入りますが、出版原稿を書き上げなければならなくなり、しばらくブログをお休みさせて頂きます(再開時期未定)。ご理解のほど、よろしくお願い申し上げます。
~お知らせ~
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さて、余談が長くなってしまいましたが(笑)、次のステップは、身体の「身(み)」です。
寂しさを感じる自我の正体を突き詰めていくと、その自我は、身体に基づいて構築されていることに氣づきます。
つまり、「自分」=「身体」であり、身体という囲いの中に、自分の心も、自分という意識もあるように感じている自分を発見するってことです。
「あなたは誰?」と問うことができるのは、あなたと私が分かれていることが前提となっています。
ということは、「私は誰?」と問うことができるは、私がひとつでありながら、二つに分かれているから。
つまり、もうひとりの私がいるということなのです。
ならば、この身体意識(自我)を否定しなければ、真実は分からないでしょう。否定したところに、もうひとりの自分を発見するはずだからです。
というわけで、次のステップは、否定の「否(ひ)」となります。
すると、「否(ひ)」は「日(ひ)」に転じるんです。
つまり、私たちのイノチの本体である「日(霊的太陽)」を発見するってことです。それはまた、「一(ひ)」、すなわち、「ワンネス」の事実に氣づくことでもあります。
数多の聖人たちが、厳しい修業を経て、この結論に達したのです。だから、私たちは厳しい修業を繰り返して、わざわざ、同じことを発見する必要がないって思います。
聖人たちが、血の滲むような努力の末に、発見した悟りを活用したらいいのです。
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ちなみに、僕は中高一貫の男子校に通っていたので、大学1年生になるまで、女性とは親族しか話したことがありませんでした。だから、大学生になったときに、困りました。同年代の女性は、まさに、未知との遭遇で、緊張しすぎてまったく会話ができなかったのです(笑)。
なんと、このリハビリには、中高6年間と同じ6年間を要してしまいましたが、ものすごく感謝しています。
まったくモテなかったおかげで、1日1冊読破のノルマを課し、その6年間で2000冊もの本を、読み切ることができたからです(単純に、話題の豊富さと教養は、モテる武器になると考えたからです 笑)。
まさに、日々是好日ならぬ日々是ヤケケソの青春時代!笑
よくよく考えてみれば…
男女に分かれたから、ひとつになりたいという欲が生まれます。それと同じように、神と人間に分かれたから、ひとつになりたいという欲が生まれるのです。
性エネルギーの奥にある、生エネルギーは、「私は誰?」という問いを私たちに生じさせると同時に、宇宙に独りぼっちの自分に氣づかせます。
その根源的な寂しさや悲哀を、抱えて生きているのが人間ってことです。
シェイクスピアの戯曲「リヤ王」の中に「人はみな泣きながら生まれてくる」という有名な台詞がありますが、その台詞もこの根源的な寂しさや悲哀を表現したものでしょう。この悲哀こそ、私たちを悟りへと導くありがたい原動力でもあるわけですね。
その生エネルギーは、聖エネルギーとなって、エデンの園に私たちを帰還させる…。
しかも、性(男性性と女性性の統合)の学びが、同時に、聖(神と人間の統合)の学びにもなっているから、つくづく、スゴすぎるプログラムなのです。
人間が抱える根源の寂しさと悲哀こそ、神さまとひとつだったことの証しです。
それは、神からのラブコール…。
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前回、「『悟りゲート』が、これからの時代のキーワードになります。すなわち、一人一人が、神さまをカラダに現実化する時代が来るってことです」と書きましたが、実は、このことを暗示する「ひみこの理」という古神道の口伝があります。
「ひみこの理」は、人類進化のステップを予言した内容となっており、まずは、「ひみこ」の「こ」からスタートします。
「こ」は、孤独の「孤(こ)」、個の意識の「個(こ)」を表します。
自分という個の意識が確立するにつれ、誰もが一度は「私は誰?」という問いを、抱いたことがあるでしょう。
僕の場合は、中学一年生の時、まさに、眠りにつこうとした瞬間に、突然、その問いが降ってきました。
そうしたら眠れなくなったのです。
翌朝、父親にこの問いをぶつけてみたら、「そんなことを考えるヒマがあったら、英単語のひとつでも覚えや!」と(笑)。
おかげで、反骨精神の強かった僕は、今日までこの問いを持ち続け、探求し続けることができたのですから、まさに、父親は神対応だったわけです。
おそらく、この問いと性エネルギーは、連動してるような氣がしています。
第二次性徴期の得体の知れない凄まじい性エネルギーに、自我の根底にある何かを、問答無用に思い出させられるのです。
まさに、「性」は「生」であり、「聖」へと導くエネルギーだった…。
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