先日モグラがどうの言って、つまらないことを仕込んだ女の子。
彼女はベトナムのとある大学に通う女の子です。
19才。
南沙織は17才。
ちなみに大学はベトナム全土で5指に入る名門校らしいです。
それはさておき。
彼女は日本語を学んでいます。
専攻は経済学らしいです。
社会主義で経済というと、マルクス経済学しか無いような気もするんですが、マルクス経済学はご存知の通り誤りであったことが証明されたしね。
授業で習ったことを復習するとき、私が駆り出されます。
経済大国日本から学ぼうと思うと、やはり日本語は必須。
今は経済用語なんて全く出てこないですけど。
更に言うと、日本の文化に興味があって、いつかは日本に行きたいのだそうです。
そのために茶道部で、茶道も習っているそうです。
お茶菓子は好きじゃないそうですが。
ベトナムは解放記念日というものがあります。
ベトナム戦争でアメリカが負け、南ベトナムは北の社会主義体制に組み込まれるわけですが、サイゴン陥落の日が祖国解放の日として、祝日となっているのです。(4月30日)
彼女はその日を利用して、故郷に帰りました。
いろいろな写真を送ってくれました。
何気ない写真が、友達と過ごす楽しいひとときを伝えてくれています。
やがて学校のあるホーチミン市(旧サイゴン)に帰る日がやってきます。
「明日8時のれっしゃで、大学に帰ります。」
「気をつけて帰ってください。とうちゃくは、夕方かな?」
「いえ。9時のよてい。」
「夜ですか。」
「いえ。朝です。」
※難しい漢字は使えません。小学生低学年レベルでなければ、読めないのです。
彼女の故郷はホーチミン市から約600キロ。
支那が侵略を進めている、きな臭いエリアです。
日本の感覚では、新幹線で3時間の感覚ですが、当然ベトナムに新幹線などあろうはずもありません。
在来線です。
※こんな列車らしいです。「Đổi mới」は、ベトナムの制度改革『Đổi mới』政策と同じですが、『改革』という意味かな?
しかもその在来線も遅いので、丸一日かかるのだそうです。
列車は寝台列車。
日本じゃもう、動くホテルの異名を取る『サンライズ瀬戸・出雲』くらいしかないですけど。
そんな豪華な列車じゃないです。
弁当は僅かなお金で買える、慎ましいもの。
「これは日本のおべんとうです。」
「わあ!おいしそうですね。」
こんなの見せつけるところが、鬼ですね。
彼女は列車の中で暇になると、私にメッセージを送ってきます。
・・・・・私は仕事してますけど。
「れっしゃのPictureを送ってください。」
こんな無茶ぶりにも、彼女はご丁寧に動画まで送ってくれました。
決して速いとは言えない、ゆっくり走る列車の中から、夕日に染まる風景を。
まぁ・・・よくわかんなかったんですけどね。
つーか、車輌の写真が欲しかったんだけど。
「明日からがんばらないといけませんね。」
「はい。お父さんからメッセージがありました。」
「何と言っていましたか?」
「がんばるように。そして、体に気をつけなさい。と言っていました。」(ベトナム語)
どこの国でも、親が子を想う気持ちは同じですね。
「わたしは泣いてしまいました。」
とのこと。
まだ19才の女の子が、満員の列車に揺られ、親の住む故郷を離れる気持ちは、いかほどのものでしょう。
そして子を送り出す親御さんの気持ちは、どれほど辛いか。
それが自分の夢のためであったとしても。
可愛い子には旅をさせろとはよく言ったものです。
鉄郎のように、「機械の体をタダでもらう」というゲスい目的ではないです。
「あなたのお父さんも応援しています。がんばりなさい。私もあなたのために、応援しましょう。」
※翻訳サイトからベトナム語に変換しています。
異国の顔も見たことのない、自分の父親と同じくらいの年のおっさんに、こんなことを言われても、うれしくもなんともないでしょう。
そんなことは分かっている。
しかし、小さな女の子が、故郷を離れ自分の夢のために、頑張ろうとしている。
その姿を思うと、応援せずにはいられなかったのです。
私、この手の話には滅法弱いんです。
何ができるってことないんだけど。
・・・・・・まぁ、返信なかったけどね。
中島みゆきのBGMがかかって、田口トモロヲのナレーションが聞こえてきそうです。
「その後彼女は、大学を無事卒業。日本の企業に就職し、ベトナムの発展に大きく寄与した。
今はベトナム人留学生に日本語を教え、後進の指導を懸命に努める日々である。
忙しい中でも彼女は忘れない。
もぐる・モグラ・モゲラ・ガメラ・ゴジラ・・・・
そんな言葉を繰り返しながら、彼女はあの頃のことを懐かしく思う。」・・・・みたいな。
・・・・・・モグラとかモゲラとか・・・・・・。
最近教えたのは、「いろいろ」と言う言葉。
そこで。
色、いろいろ。
・・・・・・・・笑ってました。

