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心理コンサルタントの白瀧です。
さて、私たちは、他人と接する場合、どうしても、相手を理解するよりも評価してしまう傾向にあります。
たとえば、現在、『シン・ゴジラ』という、東宝製作のゴジラシリーズ第29作目の作品が上映されています。(残念ながら、私は、まだ観られてはいませんが。)
この中で、石原さとみさんが日系アメリカ人の役で出演されています。
その、劇中で彼女が話す英語に対して、
「よく頑張って勉強したんだなあ」
という理解を示す人よりも、
「彼女の英語は発音が・・・」
とか、
「彼女の英語は、あれでいいのか」
というような批判をされる人のほうが圧倒的に多いようです。
これは、よくあることかもしれません。
あるいは、以前、こんなことがありました。
あるお見合いでのこと。
その日、女性は、少し前から風邪を引いていて体調があまりすぐれなかったのですが、お見合いの席ということもあり、無理をして出かけることにしました。
何とかお見合いも無事に終わって事なきを得、二人は、次に会う約束をして別れました。
ところが、会う約束をした当日も、風邪が治り切らず、それでも彼女は、少し無理をして出かけました。
風邪が治っていない彼女を見た男性は、
「そんなに無理しなくてもいいのに、大丈夫?」
と相手に理解を示す言葉を掛けることなく、いきなり、
「ひょっとして、体弱い?」
と、彼女の状態を評価する言葉を掛けたのです。
結果、この二人は、うまくは行きませんでした。
さて、みなさんは、この男性の対応に関して、どのような感想を持たれたでしょうか。
「相手への思いやりのない冷たい人」。
そう思われたかもしれません。
しかし、実際にあった話では、男性と女性の立場は逆でした。
つまり、男性が風邪を引いていて、女性が、
「ひょっとして、体が弱いですか?」
と尋ねたのです。
この場合、女性の方なら、
「女性が、男性の健康面を気にするのは理解できる」
と言われるかもしれません。
相手を評価するとは常に、相手に対する敵対心の表れです。
それは、相手との競争を意味しています。
それゆえ、人は、他人から評価される言葉を掛けられると、反発を感じます。
これに対して、相手を理解するとは常に、相手との協力を意味しています。
それゆえ、人は、他人から理解を示す言葉を掛けられると、相手との間に信頼関係を築くことができるようになります。
『人は、評価するのではなく、理解する』。
そうは言っても、私自身、気づけば相手を評価していることが多々あります。
常に、この言葉を肝に銘じ、忘れないようにしたいものです。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
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