活字読書に入門する際の通過点は
推理小説である場合が
多いのではないでしょうか?
僕の場合も
シャーロックホームズからでした。
「緋色の研究」に感動して
同じ年のいとこに教え
いとこと交互にポプラ社の
ホームズシリーズを買い交換し
読んでいきました。
いとこは速読で展開が早く
次の江戸川乱歩氏のポプラ社の
少年探偵団シリーズにいきました。
ぼくは必死に追いすがり
いとこは二十面相を
ぼくは改名して四十面相に
なってからのを担当しました。
月刊誌「少年」にも
連載されていた記憶があります。
昔は子供用の月刊誌が
花盛りでした。
「少年画報」「冒険王」
「少年ブック」「少年」
「ぼくら」
少年月刊誌については
また次回に…。
推理小説はやがてルパンに行き
エドガーアランポー氏に
行きつきます。
ほとんどいとこと一緒でした。
いとこは小樽の中でも都会住まい
ぼくはちょっと外れで
いとことは学校も違いました。
ぼくの同級生も推理小説好きは
多かったのですが
いとこのおかげで僕が一歩
先んじていました。
中でもポーは独特でした。
怪奇ものと推理ものが別個に
存在しています。
怪奇、不可思議、不条理という
謎の提示があり
これが推理小説の根幹です。
この謎に道筋をつける
カタルシスが推理小説の醍醐味です。
本来物語というのは
謎というのが展開のための
原動力になっています。
平石貴樹さんの
「だれもがポーを愛していた」
(創元社推理文庫)は
まさにそこをポー氏の
「アッシャー家」や「黒猫」を使い
推理小説に仕立てた作品です。
推理物と怪奇物は
切り離し難い二輪のように思います。