(物語)プロバンスのパン屋さんで 31
この物語は、
友人の心ない言葉と、
無責任な大人の行動で人間不信になり、
不登校になった夢見る中学3年生、竹下唯(たけしたゆい)と、
憧れの定年退職後の楽しいはずの時間が、
1本の電話によりはかなく崩れ去った、
元小学校教師深海航(しんかいわたる)の、
偶然の出会いから始まる激動の半年を綴ったお話である。
第5章 プロバンスへの道(19)
「いつも、すみません」
深海航にいつものように悪態をついていた竹下唯であったが、
面談室に入れて、1時間ほど他の支援員に数学を教えてもらい、
そのあと、様子を見に行ってみると、唯の機嫌は直っていた。
深海以外の支援員には、悪態をつけないので、
仕方なく勉強しているうちに、落ち着いてくるのだろうか。
「下手に自分が関わらない方が、唯の気持ちは安定するのか・・・」
「やっぱり、心のケアなんてできないよな」
深海は、そんな風に考えていた。
「心の問題は、我々の仕事ではない」・・・
先週の遅番の時に聞いた、教育支援室のリーダー屋敷の言葉が耳に残っている。
その後は落ち着いた様子ですごした唯が、帰り際、
「今日、まだネガティブなときに書いたんだ」
にっこり笑いながら、活動ファイルを深海に渡した。
そして母親の車に乗って、開けた窓から元気に手を振って帰って行った。
唯の見送りをしてから、支援室に戻って活動ファイルを見た。
” いつも、すみません。
めんどくさくなったら、
関わらなくてもいいです ”
いつもは、感想欄びっちりにその日の様子を書いている唯であるが、
3行だけ書いていた。
何か、深海の心の中を見透かしているようだった。
11月中旬の期末テストが終わった次の週、
11時ころやってきた唯は、実習室に荷物を置くとすぐに、
エレベータの窓のところに行って、外を眺めていた。
「また今日もご機嫌斜めだな・・・」
深海はそう思って、さっそく空いていた第二面談室に唯を連れて行った。
一緒に入ると、
「邪魔だから、行って!」
と、廊下の方を指さされた。
12時半も過ぎ、昼ご飯を食べ終えただろうなと思い、様子を見に行くと、
「集中できないから、来ないで!」
と、また追い出された。深海は何も言わずに部屋を出た。
唯ひとりの第二面談室は静かだった。
突然、唯は、少しやりかけていた問題集や教科書を床にぶちまけた。
筆箱も消しゴムもペンも全部、テーブルから払い落とした。
この心の中のイライラ感、どうしようもない不安感、そして絶望感・・・。
勉強なんて、テストなんて、高校受験なんて・・・。
涙がいっぱい出てきた。
時間がたった。
何十分したろう。
・・・深海がやってきた。
部屋の惨状を見て、
「おやおや、どうした唯・・・」
深海は、散乱している勉強道具を拾って、一つ一つテーブルにのせた。
そして、
「ほらっ」
まだ涙がいっぱいの唯に、ティッシュペーパーを渡した。
続きます
この作品は創作された物語です。
登場する人物、団体、名称等は、実在のものとは一切関係はありません。
また、物語の中の写真はすべてイメージです。