閑話休題 「明日を信じる力」 | 婦人科備忘録

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ある婦人科医の独り言です

ネタ提供ありがとうございます。

 

以前もご紹介した

「夜と霧」の一節にとても興味深い記述があります。

 

第二次世界大戦中、

100万人と言われる無辜の民が

ヨーロッパ各地につくられた

強制収容所で命を落としましたね。

「夜と霧」の筆者もユダヤ系の精神科医

悪名高いアウシュビッツ強制収容所に入れられて

九死に一生を得ているのだけれど

彼が「生き延びる人の特徴」として挙げているのが

「明日をなんの疑問もなく

 信じる心を持っている」です。

 

劣悪な環境で人が支配されるとき、

誰が生き延びるのかという命題の答えは

性別、能力、体の強さ、幸運不運それぞれに

要素はあると思うのですが

彼は、

「自分で自分の限界をこれ、と決めてしまうと

 その限界まで来たとき精神が崩壊し

 それが死につながる」

と言及しております。

 

実に興味深く、実に深い記述です。

 

>これまで悲しいケースを沢山見てこられたでしょう。

 逆に喜ばしいケースも。
 私は後者のモデルケースになりたいです。

 

以前、肝臓がんStageⅣの治療中、

妊娠された患者さんと

関わったことがあります。

 

彼女はアラフォー

確定診断が下ってからもう5年以上治療中。

せっかく授かった命だけれど

今は、一人分でも生きるのが結構大変だから、と

辛い決断をされたときにお会いしたマダムでした。

 

前もって言われてなければ

彼女が肝臓がんを患っていて

肝臓の8割が腫瘍に置き換わり

肺にも腎臓にも無数に転移があるなんて

推測すらできないほどお元気、かつ

はつらつと健康そうに見えました。

 

病歴からはそれはもう、不自然なほどに。

 

若かった私。

それはそれは美しかった彼女に

うっかり、その美の秘訣はなんですかとお尋ね。

マダムは驚いたように目を見張って、

それから、にこっと笑って

「私の明日を諦めないことかな。」

とおっしゃったんです。

 

当時、若すぎ、バカすぎ、

かつ無神経すぎた私。

その言葉の重さが全く理解できなくて

へ?

とか返しちゃったよねえ。どんだけ

マダムは失礼千万こかれても、にこにこしながら

「今にわかるよ、今にね」

 

私のばかばかおたんこなす

 

マダム、今ようやく

あなたの言葉のほんとうの意味が

分かるように成長しましたよ。

遅くなってすみません。

 

「明日をなんの疑問もなく信じる心」

 

一度とんでもない不幸に見舞われたあなたが

この境地に達することの、尊さと貴重さを。

あなたが何を克服し、何を乗り越えてきたか、を。

 

20年以上経った今も彼女を鮮やかに思い出します。

 

大事な大事な、私の記憶です。